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第一話 ふれるな危険!①

 

 第一話 ふれるな危険!



 はっ! と目が覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。

 俺が横になっていたベッドのカバーは花柄。壁際には白いタンスや棚が並んでおり、勉強机の前の椅子にはカーディガンがかけられている。

 カーテンを開けると、高いところから降り注ぐ陽光が部屋を照らし出し、地上十階はあろうかという光景が目の前に広がった。どうやらここはマンションの一室らしいが……はて、俺はどうしてここにいるのだったか?

 部屋を出るとジュウと何かを焼く音が聞こえた。音を辿ってリビングへ踏み入ると、フライパンを振る一人の姿があった。

 肩から胸にかけて垂らしたツインテール。こちらに気づいて振り向いた彼女の目はぱっちりとして大きく、溌剌とした印象を受ける。まつ毛も長く、少し幼さを残す面立ちは非常に整っていて美しい。モデルと言われても不思議に思わないほどの美少女で、思わず見惚れてしまった。


「あら、ようやく起きたの。もうお昼よ? 今日は随分と起きるのが遅かったわね」


「む、『今日は』とはどういう意味だ? 俺は君に見覚えがないのだが……それどころか俺が誰で、どうしてここにいるのかも思い出せない……」


「ふふ、まだ寝ぼけてるのね。あなたは田中太郎、そして私はあなたと同棲して一年になる最愛の恋人でしょ? さあ、お昼ご飯ができたから、一緒に食べましょう」


 あまりにも自然な態度で言われたので、「そういえばそうだったか」と俺は席に着く。

 どん、と焦げたサンマが置かれ、「ふははっ、昼食がサンマの丸コゲとは! 君はお茶目だなぁ!」などと適当に笑いながら身をほぐし、大根おろしが欲しいなぁと思いながら口にしつつテレビを点けた。


『――〇×区で起きた爆発、建物は跡形もなく消し飛んでおります。これはもぉ相当な威力があったんでしょう。ただ周囲に人はいなかったようで、死者や負傷者はゼロ。逆に言えば幸運だったのかもしれません。目撃者によると、爆発の後にピンク色の煙が立ち上っていたそうです。映像は……それじゃないですね、こちらですね。(ドンッ)え、叩いても意味ない? 時々叩いたら変わるやつもあるから……(ドンドンドンッ)』


 画面にアナウンサーの宮根屋(みやねや)誠実(せいじつ)が映り、タッチパネルと勘違いしてモニタを割らんばかりに叩きまくっていた。

 爆発? ピンクの煙? また不可思議な事件があったものだと思っていると、『それでは消し飛ぶ前の光景をもう一度見てみましょう』という宮根屋誠実の言葉を合図に映像が切り替わる。

 映されたのは、英国貴族が住んでいそうな西洋風の豪邸だった。どうやらこの建物が跡形もなく吹っ飛んだらしい。この豪邸の持ち主は今頃悶絶しているのではないだろうか。美術品のような美しさがある見事な建造物で、相当金がかかっていることが見て取れる。

 まさに俺が将来住みたいと思う家をそのまま形にしたかのようだ。最早既視感すら覚える。いや、既視感を超えて住んでいた実感すらあった。入ってすぐがホールで正面に螺旋階段があり、右手には書斎やリビング、キッチンなどがあり、左手は応接室があり――

 ……いやこれ俺のマイホーム兼事務所ではないか。


「だああああああああっ!! 思い出したぞ、貴様ぁぁああああああ!! お前のせいで我が豪邸が塵となってしまったではないかぁぁぁぁぁあああ!! 玄関の横に『無闇に触れないように』と注意書きが掛けてあったのが目に入らなかったのかぁ!?」


「ひぃぃぃぃぃぃ! ごめんなさい、ごめんなさい! 無我夢中だったせいか見落としてましたぁ! というか、あの爆発、やっぱり私のせいなんですかぁ!?」


「白を切るんじゃぬぁあぁあいっ!! 俺のもとへ来たということは、俺がどんな力を持っているか聞いたからのはずだろう!?」


「ほ、ほんとすみませんんん! 失礼な話、あなたのことは全く知らなかったんですぅぅぅ! どんな難しい恋も成就させる恋愛の神様とだけ聞いてすっ飛んできたものですから、名前すら知らなくてぇぇえ!」


「なにぃ!? たったそれだけの情報で俺のもとへ来たって言うのか!? 自分で言うのもなんだが、それだけだったら胡散臭いにもほどがあるだろう! それを信じて駆けこんで来るなんて間抜けな話があるかっ!」


「間抜けなんですぅ! 私は間抜けでお馬鹿で結構でございます! どうぞ気が済むまで罵ってください、うへへぇ!」


 卑屈な顔でヤケクソに笑うツインテールの少女。その様子を見るに、どうやら本当に何も知らず相談に来たようだ。

 ……ちっ、これ以上怒鳴っても仕方がないか。どうにか心を落ち着かせようとするが、豪邸が吹き飛んでしまったという事実が思い出される。うぅ、何て無残な……あの美しい俺の豪邸ぐぁぁぁ……!


「くぅぅぅ……なあ、我がマイホーム兼事務所が吹き飛んでからの記憶がないのだが、あのあと俺はどうしてしまったのだ? 何がどうなって俺はここへやってきた?」


「えっと……『これは夢だ! そうに違いない! イヤッホォーイ!』って叫んで踊り出したから、どうにか宥めてここへ運び込みました……」


「……そうだったのか。そんな痴態を知られたら評判に影響する。警察と救急車を呼ばずここへ連れて来てくれたその一点だけは感謝しよう」


「い、いやぁ、私は動転してただけなので……あ、あの、お怪我はありませんか? 私は不思議と無傷だったんですけど、どこか痛むところがあれば全力で介抱いたしますが」


「大丈夫だ。あの爆発は特殊だから、人体に影響を及ぼすことはない」


「は、はあ、特殊……ですか?」


「むぅ、本当に俺の力のことについて何も知らないのだな」


「え、ええ。お恥ずかしい話、性別も年齢も知らなかったぐらいでして……」


 少女は語尾を濁し顔を俯けると、ちらっと俺に視線を向けてすぐに逸らした。こういう反応は幾度か見たことがある。俺が青二才の若造だと知り、胡散臭く思っているのだろう。

 俺はその態度が気に食わず、「誰かも知らず向き合ったままなのも気持ちが悪い。自己紹介は済ませておこう」と言って立ち上がった。


「俺は『愛の伝道師 DE☆N☆MA』こと愛多知あだち伝真(でんま)だ。歳は十六だが恋愛カウンセラーとして活動している。もちろん、プロとしてだ。ひと月ほど前、女優の深田美知子が結婚したのを知っているか? 『DE☆N☆MAさんのおかげだ』と本人がインタビューで答えているから、後で調べてみるといい」


 どやぁ、結構すごい人間だろ? と彼女を窺うが、「はぁ、そうなんですか」と気のない返事をし、ちらっ、と視線を向けるとすぐさま逸らした。


「ふむ、まだ俺を信用できないと? ならそうだな、他にエピソードは――」


「あの、そうじゃなくて……さっきから言いたかったんですが……そろそろ服を着た方がよろしいのではないかと思いまして」


「む、何やら清々しいと思ったら裸ではないか。そうか、爆発で服が吹き飛んでしまったのだな。しかし安心しろ、風邪は引かんさ。なにせ俺は全裸に慣れているからな」


「そんな心配してませんよ! 服を着てくださいって言ってるんです! ていうか、枕下に服を用意しておきましたよね!? なんで着て来なかったんですか!」


「ああ、そういえば置いてあったな。しかしあれ、女性物だろう。まさか俺のためのものだとは思わなかったのだ」


「だからって全裸で出て来ますか!? どういう神経してるんですか、あなた! あっ、もしかして露出狂!?」


「断じて違う。俺を変態呼ばわりするな。そんなことより早く君も自己紹介したまえ。俺は我が豪邸を吹き飛ばした君のことが気になって仕方がないのだが」


 そんなことよりって……と、ちらちら視線を寄越してくるが、彼女は居住まいを正し(視線は横に逸らしたまま)口を開いた。


「えっと、私は相乃(あいの)愛心(まなみ)です。高校二年生の十七歳です」


「何だ、同じ学年じゃないか。落ち着かないからタメ口で構わないぞ」


「ああ、うん……それでいいなら、そうさせてもらおうかな。でも、他に紹介することなんてないよ? 私、君と違って普通の人だし」


「なら、君の恋の話でも聞かせてくれ」


 相乃は「ぶっ!」と噴き出すと、「い、いきなり何の話!?」と思い切りうろたえた。


「いきなりも何も、俺がここに座り、こうして君と話をしているのは、君が恋愛相談に来たからだろうが。正確には、呼び鈴も鳴らさず注意書きを読むこともせず不法侵入した挙句俺に触れ豪邸を吹き飛ばしたから、なのだがな」


「そ、それにつきましては本当に申し訳ありません! まさか、本当に神様みたいな超能力を持ってるなんて思わなかったんですぅ! しかも人と触れたら爆発する力だなんて!」


「待て、俺の能力が爆発を引き起こすものだと思っているのか?」


「え、違うの? その力で脅してカップルを作ってきたんじゃ……?」


「勝手に想像するな! 俺の力はもっと純粋なものなのだよ! まあ確かに人に触れると力が伝わり過ぎて爆ぜてしまうこともあるが、精々服が吹き飛ぶだけだ!」


「ああ、全裸に慣れてるってそういう……でも、昨日はどうしてあんなことに?」


「あれは君の『愛の波動』があまりにも強大だったからだ」


「『愛の波動』?」


「誰かを愛する時の感情は、桃色の靄のようなものとして体の外に放出される。俺はそれを視ることができ、触れることもできるのだ。君の波動は今まで見たことがないくらい大きく、そして強烈だった。君は意中の相手を心の底から愛しているようだな」


「あ、愛してる……って、私が?」


 真っ赤になった相乃は、「そ、そんな愛してるなんて大袈裟だよぉ! 確かに誰よりも大切に想ってる自信はあるけど、そこまでじゃないってぇ!」と手をひらひらさせる。

 そんな彼女の体から、ぶわっ、と『愛の波動』が爆発的に膨れ上がった。


「ぬわっ!?」


 俺は慌てて壁際に逃げるのだが、彼女の波動は部屋全体を包み込んでしまった。轟々と吹き荒れる激しさに、ほとんど身動きが取れない。


「あれ、何で壁に張り付いてるの? 非常口のモノマネ?」


「君の『愛の波動』から逃れようとしているのだ! 基本、火元というべき肉体に触れない限り引火したりしないが、しかし君の波動は濃度が高すぎるっ! 力のコントロールを少しでも失えばまた爆発だ!」


「え、えっ、爆発!? どうしよう、わ、私どうすればいいの!?」


「だぁぁっ、動くんじゃない! 波動がこっちに向かって吹きつけてくるではないかっ!

 ぐぬぅ、こうなったら仕方がない……勝手ながら君の『愛』を変換させてもらうぞ!」


 両手を相乃が発する『愛の波動』の中へ突き出し、集中。波動を掌へ吸い込むように集め、圧縮し、とりあえず目が合ったサンマを頭に思い描いて手を閉じていく。

 波動は粘り気を帯びスライムのような触感に変わった後、硬質化して結晶となった。


「え、ええ!? そ、そのピンク色のガラス、どこから出したの? 手の中に突然現れたように見えたけど……」


 大部分を結晶に変えたことで、相乃が放つ波動は体表に纏うぐらいに落ち着いていた。俺はふぅと安堵の息を吐き、出来上がったサンマ型のそれをテーブルに置く。


「俺は『愛の波動』を視るだけではなく、このように実体化させることができるのだ。何も考えず実体化すれば強力なエネルギーとなり、下手したら昨日のような爆発を引き起こす純粋なパワーとなるが、頭に固形化するイメージを浮かべて実体化させると、このように『波動結晶』を作ることができるのだ」


「な、何だか難しいね。結局その結晶、何がどうなって出来上がったの?」


「以前、科学者に調べてみてもらったことがあるのだが、エネルギーとなった『愛の波動』は空気中の成分の組成を変化させ物体を形成しているだとか、虚空より未知の物質を生み出しているのではないか、などと曖昧なことを言っていた。まあつまり、説明不可能な超常現象が起きているらしい」


 という説明をしている間、相乃はじっと『波動結晶』を見つめていた。摩訶不思議な物体だからということもあるだろうが、それが放つ力に魅入られているようである。


「ほら持ってみろ。どうだ、暖かいだろ?」


「なに、これ……心がぽかぽかする」


「今感じているその暖かさこそ、君の『愛』だ。自分のものだから『あったかい』という風にしか感じられないが、意中の相手には『どれだけ純粋に想われ愛されているか』がダイレクトに伝わる。人間単純なもので好きと言われたら好きになってしまうものらしいからな、この『波動結晶』を贈るという行為は告白において物凄い効果があるのだ」


「じゃあこのサンマを贈ったら私の恋が実るっていうこと!?」


「さ、さすがにサンマはやめた方がいいと思うぞ。相手のことを良く知り、相手の嗜好に合わせて作らないと効果は激減してしまう。まあとにかく、俺は相談者が放つ愛をこのように形にし、意中の相手に渡すことで縁を結んできたのだ」


 目の前で超能力を目撃したのだ。唇をわなわなとさせ、見開いた目で俺を見つめてくるのは無理もない。

 しかしあまりにも大袈裟な様子だったので、「おい、大丈夫か? まさか魂が出て行ってしまったのではないだろうな?」と俺は心配になり、目の前で手を振ってみた。

 すると突然彼女は立ち上がり、廊下へと駆けて行く。

 何だ? と驚いているとすぐに彼女は戻り、俺の目の前に札束を置いた。


「ここに、三百万円あります!」


「何であるのだ、こんな大金。高校生がぽんと用意できる額ではないだろう」


「これは小さい頃からお小遣いとお年玉を貯め、高校になってからはバイトしまくって稼いだお金です。いつかできるであろう恋人にたくさんのことをしてあげたいと思って貯めていたものですが、依頼料として君に渡します! ですので、改めて私の恋の相談に乗っていただけないでしょうか!」


「待て、幾ら何でも額が大きすぎるぞ。初めて見る超能力にテンションがおかしくなってしまっているのだ、少し頭を冷やしたまえ」


「私は冷静だよ。ただ……私の恋はとても難しいものだから、覚悟として支払わせてもらいます。無理だと判ってても、私が告白できるよう背中を押して欲しいの」


 今度は俺が驚く番だった。どんな人間でも俺の力を見れば希望に満ち溢れていたのだが、相乃は諦念まがいなことを口にし、思いつめた表情をしている。この俺の神のような力を目にしてそんな顔をするとは……一体相手はどんな人間で、どんな恋をしているのだ?

 非常に気になるが、しかし――


「悪いが、お断りさせてもらう」


「え? ええ!? なんで? 三百万円だよ!?」


「目先の利益を優先して、その後の仕事がなくなってしまっては元も子もない。流行り廃りが早い業界だから、すぐに事業を再開しなければならないのだ。あーいや、まずは暮らす家を探さなければならないな……。とにかく俺はこれから忙しくなるから、相談は落ち着いてからということで頼む」


 金を下ろせるようにするため、まず銀行に事情を説明しに行くのが先決か。

 そう考え立ち上がったところ、「ミャンミャン」と相乃が呟いた。


「む? 何だ今のは?」


「……うちのお父さん、『ミャンミャン』の編集長だよ」


「え、『ミャンミャン』て、あの有名な女性誌の?」


「……私が話を通したら広告載せてくれると思うし、もしかしたらコラムも書けるかも。あ、そうだ、ここってお父さんが一人暮らしするにあたって用意してくれたんだけど、部屋が多すぎて余ってるんだよなぁ。もし依頼を受けてくれるなら泊めてあげることも可能だし、部屋を事務所代わりに使ってもいいかなって思うんだけど……どうなのかなぁ? 私の依頼を受けるデメリットってないんじゃないかなぁ?」


 つまり俺の生活を支援するから依頼受けてくれ、ということか。こんな事態に陥ったのは相乃のせいだというのに、まったく図々しいやつめ。

 そう思うものの、俺はすぐさま相乃の手を取った。


「良かろう、君の依頼引き受けた。が、頼んだぞ? 見開き一ページの広告だからな? 今までは若さで侮られるから姿を隠してきたが、そろそろ顔も売り出していこうと思っている。だからプロのカメラマンも用意してくれよ?」


「う、うん、説得頑張ります。でも、ほんとに受けてくれるのね? まだ私、相手のことを何も説明してないけど」


「フン! 俺は今まで百件を超える依頼を受け、九十パーセント以上達成してきているのだ! 相手が誰であろうと問題ない!」


「百件以上受けて、九割も!? そ、それは本当にすごいね!」


「だからそんな思いつめた顔をせず、笑っているがいい。大船に乗ったつもりでいろ」


 ようやく相乃は安心したのか、「そう、だよね! すごく心強いよ!」と笑顔を見せた。 その言葉とその表情が心地良く自己満足に浸っていたのだが、しかし相乃は表情がどんどん曇っていく。


「おい、どうした? なぜそんな顔をする? ほら、ここにいるのは『縁結びの神様』だぞ? なぜ顔を逸らす? 心配なことがあるのなら何でも言うがいい。契約したからには威信をかけて解消してやるぞ?」


「じゃあ言わせてもらうけど……」


「おう、何だ?」


「いい加減、服を着てっ! さっきから丸見えなのっ!」


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