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第三話 お泊り戦争⑤

「ど、どうしてここにいるのかな、君たちは」


 桃地ヶ丘邸の前で待つこと三時間半。桃地ヶ丘さんと食事から戻って来た波之良氏は俺たちに気づくと困惑を浮かべた。


「あらぁ? 二人とも帰ったんじゃなかったのぉ?」


「おかえり、一檎さん。俺たちは少し用事があって席を外していただけだ」


「ずいぶんゆっくりしてきたんだね。全速力で戻ってきた意味全くなかったよ……」


 波之良氏はわざわざ一歩前に出た後、不快感を表すように表情を歪めた。そりゃ桃地ヶ丘さんには見せられないだろうな、と思えるほどに悪意に満ちた顔である。


「待て、君たち。ザンギ屋でワタシが呼び出しておいた益華と会ったはずだよな?」


「ああ、会ったとも」


「真実聞いちゃいましたよ! あなたの卑劣な計画をね!」


「卑劣とはずいぶんな言い草だな。誰かと関係を持つというのは、誰かを蹴落とすということだろうに。しかし、益華のやつ……結晶の製作者が現れたら自分に任せろと息巻いておいて全くの無傷とは、一体どういうつもりだ……?」


 何やら不満なことがあるようだが、「まあいい。自分で何とかするさ」と言うと、波之良氏はパンパンと手を叩く。その瞬間、近くの生垣やら路地の角、電信柱の陰から親衛隊たちが姿を現した。


「お前たち、今度こそ本当にお帰りだそうだ。丁重に、家までしっかり送って差し上げろ」


 親衛隊たちの手には黒い球体が握られている。あれが『嫉妬の波動結晶』だ。

 波之良氏は余裕綽々とした態度で勝ち誇っているかのようだが、しかし俺たちはこうなることを予想していた。相乃と目配せすると、俺たちは前へと踏み出す。


「なにっ――!?」


 波之良氏は俺たちの行動に驚き、一歩身を退く。

 しかし、俺たちの狙いは彼女ではない。波之良氏の横をすり抜けると、最短で桃地ヶ丘さんへと迫った。


「ねえ、もっちー! 私ももっちーが寂しくならないようにお泊りするよ! ね、いいでしょ? ね、ね!?」


「ぜひ俺も仲間に入れてくれ! お礼に例の飴細工を食べさせてあげるぞ!」


 魂胆に気づいた波之良氏が「待て、お前たち!」と止めに入るが、もう遅い。桃地ヶ丘さんはぱっと顔を輝かせ、「いいわねぇ!」と口にしていた。


「みんなでお泊り会、すっごく楽しそう! しかもお土産もあるなんて……じゅる……さ、早く家に上がりましょう!」


「待つんだ、一檎! せっかく二人で絆を深め合ってきたというのに、いきなり部外者を入れるのか!? しかも一人は男だぞ! 何されるか分かったものじゃないっ!」


「大丈夫よぉ、二人とも信頼できる人たちだからぁ。きっと仲良くなれるわよぉ」


「そ、そういうことではなくて――!」


 波之良氏は必死に説得を試みるが、桃地ヶ丘さんは意に返さず、というかお土産のことで頭がいっぱいらしく、「すぐにお茶入れるわねぇ!」とスキップしそうなほどルンルン気分で家へと入って行った。


「フン、何をするのか分からないのは波之良氏も同じだろうが」


「そうだ、そうだ! 私たちがいるからにはもっちーのおっぱいは揉めないと思ってくださいね!」


 波之良氏はギリッと歯噛みし、「くっ、家主が認めた以上、君たちを帰すわけにはいかない……ということか」と悔しそうに俺たちを睨みつけてきた。


「それでもやるというならやればいい。が、しかし突然俺たちがいなくなったら桃地ヶ丘さんは不審に思うだろうなぁ」


「それに『波動結晶』を食べられなくなったと分かったら、非常にがっかりすると思いますよぉ? おあずけ食らったもっちーは全てのことに手がつかなくなるから、相手してもらえなくなりますよぉ?」


「ぐぬぬっ……なかなかの策士じゃないか。だが、この家の中では長く暮らしたワタシの方が有利! 好きにはさせんぞ!」


 俺たちは一度睨み合うと、いち早く桃地ヶ丘さんの傍へ行くため駆け出した。俺たちが先に玄関を突破するが、鬼の形相の波之良氏はすぐに追いつき、ほぼ三人同時にリビングへと突入する。


「一檎ォ! ワタシがお茶汲みを手伝おうッ!」


「いやいや先輩ッ、私がやりますのでどうぞ座っていてくださいッ!」


「一檎さん! すまないが、持って来た飴細工は少し特殊で、食べるために一手間必要なのだ! ここで用意するから、相乃たちと遊んでいるといい!」


 二人より前に出て言うと、「あらそうなのぉ?」と彼女は俺の話に耳を傾けた。


「それじゃあ、私は布団の準備をしようかなぁ。ふふ、今日は一緒にリビングで寝ましょうねぇ。枕投げして、お話して、そしてお菓子を食べるのぉ!」


 ぱたぱたと楽しそうな足音を鳴らして桃地ヶ丘さんはリビングを出て行く。波之良氏が心底悔しそうにしている様子に、俺たちはニヤリと笑った。


「よし、今のところは順調だな。相乃、この調子で波之良氏のセクハラを阻止してくれ。俺は桃地ヶ丘さんが楽しみにしている『波動結晶』を作る」


「合点承知! もっちーが喜ぶ美味しいやつ、お願いね!」


 睨み合いつつ寝転ぶスペースを作り始めた二人を傍目に、俺はどんな形に仕上げようかと自分の内へと意識を集中する。こんなタイミングで、こんなに騒がしいところで告白するつもりはないので、やはり愛の量は調整しなければならない。となると、やはり俺と桃地ヶ丘さんを繋いだビキニパンツをもう一度再現するのがベストか? 昼間あれだけ喜んでくれていたしな。うむ、パンツか。パンツだな。


「まなみーん、クロりーん、布団運ぶの手伝ってぇ」


「よーし、そういうのはワタシに任せろ! これはここで……ここは、こうして……よし、これでいいな! ここがワタシでこっちが一檎だ!」


「ちょっと、何で先輩がもっちーの横なのよ!」


「何か文句でも? 君と彼はまるで恋仲のように仲が良いから配慮してあげたんだぞ?」


「こ、恋仲じゃありませんってば! ただの知り合いです!」


「ただの知り合いにしてはずっと一緒じゃないか。一緒にでかけて、一緒に戻ってきて」


「そうやって誤解を招くような言い方しても無意味ですよ! そのやりとりはとっくに済ませましたので! ていうか話し逸らさないでください! もっちーの隣は話し合って決めましょう! ねっ、その方がいいよね、もっちー!?」


「私は誰でもどこでもいいよぉ。それにしても、ふふ、二人はもう仲良しさんなのねぇ。今晩は楽しくなりそうだわぁ。あ、お風呂入れてこなくっちゃ」


「ちょ、もっちー? 場所決めが終わってないんだけど!?」


「クク、まるで自分こそとでも思っていたようだが、隣は君じゃなくてもいいそうだぞ? やはりここは、慣れ親しんだこのワタシが横に寝るべきだ。彼女の快眠のためにな」


「慣れ親しんだって……も、もしかして、これまでも一緒に寝てたってこと!?」


「ああそうだワタシはこの一週間ぴったりと……そしてねっとりと! あの子に寄り添って寝ていたッ!」


「寄り添ってですって!? ということは、体を密着し放題!?」


「ああ、その通りだ! そして……触り放題!」


「触り放題……! 一体どこを!」


「決まっているだろう! それは……ここだァ!」


「あ、ちょ、どこ触って……ひぇあぁぁぁああぁあああ!?」


 必死に愛を制御してふわふわ食感を出そうと頑張っているというのに、「ほう、君の乳房もなかなか良い形をしているではないか!」「ぎぃやぁぁぁあ!! やめてえええ!! 変態エロ女ぁあああ‼」と何だか騒がしい。

 まったく何をやっているのやら……。俺は目をつぶり、手の平に集中する。前回と同じく感謝の気持ちを思い描き、心の内より湧き出た愛を寄せ集める。それを細く細く引き絞り編んでいった。

 よし完成だ、と手応えを感じ、俺は目を開ける。

 すると、手の中にはモザイクをかけて欲しいほどに立派な乳房が二つ収まっていた。


「おおい、相乃ォ! 騒がしくてイメージが崩れてしまったではないか! さっきから何をやって――」


 振り返り、俺は思わず言葉を飲み込んでしまう。

 並べられた布団の上に相乃が組み伏せられており、乳房をこれでもかというぐらい揉みしだかれていた。「あっ、待っ……ああっ!」と妙に色っぽい声を出し、乱れた髪は汗によって頬に張り付いており……どう見ても濡れ場である。


「ほらほら、こういうのはどうだ?」


「ひぇぁあ!? な、何なんですかその手つき!? あ、ああ、もう駄目っ! 愛多知君、何とかしてっ!」


「お、おう! 今助けるぞ!」


「あ、でも待って……この手はもっちーのおっぱいを揉んだ手……ということは、私は今、間接的にもっちーのおっぱいでおっぱいを揉まれている!?」


「それはエロを通り越して不気味だぞ。君、実は楽しんでるのか? しばらく放っておこうか?」


「いやほんとに助けて!! 手つき凄すぎて頭がどうにかなりそうなのっ!!」


 凄すぎ、ってやはり楽しんでるのではないか……? と思ったのだが、相乃の目に涙が浮かんできた。さすがに止めるべきかと近づくと、波之良氏はさっと身を退く。


「ふっ、このぐらいにしておいてやろう。これ以上やったら廃人になってしまうからな」


「おい大丈夫か、相乃。ずっとビクビク震えているが」


 呼びかけると、「うぅ、辱められたぁ……! もうお嫁にいけないよぉぉ……!」と聞こえてくるのでおそらく大丈夫だろう。


「安心しろ。しょっちゅう全裸になってるのだ、この程度なんてことないさ」


「それが一番問題だよね!? 慰めるならもっと上手に慰めてくれない!?」


「いつまでも落ち込んでないで、早く立つのだ。これから風呂らしいから、君には無防備な桃地ヶ丘さんを守ってもらわなければならないのだぞ」


「ま、守るって、一緒に入るわけじゃあるまいし……」


「いや、どうにかして入ってもらわなければならない! 見ろ、波之良氏を! どこからともなくタオルを二枚も取り出したぞ!」


「し、しかも下卑た笑みをこっちに向けてる……あ、あれは確かに二人だけで入る気ね!」


「だから桃地ヶ丘さんが戻って来たらすぐさま言うのだ! 一緒に入ろうと!」


「え、ええ!? そ、そんなことできないよ! いくら友だちだからって、そんなにべたべたしたら嫌がられるよ!」


「しかし波之良氏は風呂場で何かいやらしいことをするつもりだぞ! 見ろ相乃、舌なめずりして手をわきわきさせてやがる!」


「うぅ、どうしよう、どうしよう! 一緒に入ろうだなんてハレンチだよぉ……!」


 などと言いあっていると、「お風呂入ったよぉ。誰から入るぅ?」と桃地ヶ丘さんが戻って来た。

 そこへすかさず波之良氏が迫り、


「はいはい、一檎! ワタシと一緒に入ろうじゃないかッ!」


「うん、いいよぉ。でもイタズラはほどほどにねぇ」


 あっさりと決まってしまった。勝ち誇る波之良氏。俺たちは「しまった!」と焦る。

 が、そこで桃地ヶ丘さんはこちらに振り向き、


「そうだ、せっかくだしまなみんも一緒に入ろう!」


「えっ……あっ、私も!?」


「なっ、一檎!? さすがに三人は狭いだろう! 先にワタシたちだけで入るべきだ!」


「ぎりぎり大丈夫よぉ。男の子の愛多知君にはごめんねだけど、ね? 三人で入ろぉ!」


 相乃はふらりと倒れそうになり、たたらを踏んでどうにか持ち直すと、桃地ヶ丘さんに背を向けてこっそり俺に訊ねてきた。


「……い、今のってまさか……プロポーズ?」


「……馬鹿も大概にしろ。何をどう受け取ったらそうなるのだ」


「……どうしよう、興奮で鼻血出そう! そしてそんな自分が嫌! すぐエッチなこと考えて真っ赤になって、これじゃあ愛多知君並みの変態だよ!」


「……おい誰が変態だ」


「……私ってふしだらな女なのかな。こんなんじゃ波之良先輩を悪く言えないよぉ……」


「……まあ落ち着け。愛と性は密接な関係にあるから、好きな相手に性的魅力を感じてしまうことは自然なことではある。今は波之良氏の凶行を阻止することを考えろ」


「……でも、私のは度が過ぎてる気がする……はぁ……私なんかがもっちーに恋するなんて、おこがましい気がしてきた……恥ずかしくて顔から火を噴きそう……」


 見る見るうちに相乃の目から生気が失われていき、背中を丸めて気だるそうに息を吐いた。爆弾みたいに元気で頭の中が濃厚ピンクな彼女にしてはらしくない姿だ。


「……この反応は――ぬぁっ、首筋に『波動痕』が! 相乃、少しじっとしてろ!」


「……え、じっとって――なっ!? 何いきなり、んふっ! くすぐったいって、あひゃひゃひゃひゃ!」


 力のスイッチを切り、相乃の首筋につけられた『波動痕』を擦っていると、「そっかぁ、まなみんは一人風呂派なのかぁ」「ああ、見ての通りすごく嫌みたいだ。残念だけど二人で入ろうな」と会話が聞こえ、波之良氏と桃地ヶ丘さんがリビングを出て行くのが見えた。


「まずい、止めなければ! おい相乃、早く元に戻れ!」


「あっはっは――ハッ! な、何か急に頭がすっきりした!」


「ならば行くぞ! 何としてでも桃地ヶ丘さんを守るのだ!」


 二人を追いかけ廊下に飛び出すのだが、姿が見えない。廊下の奥の脱衣所に入ってしまったようだ。慌てて突入しようとする俺たちだったが、その寸前、どこからともなく現れた波之良親衛隊に阻まれてしまう。


「ここから先は立ち入り禁止」


「今は波之良様の大事な性欲……いえ、入浴時間」


「波之良様の邪魔は誰にもさせない」


「それでも入ろうとするならば」


「わたしたちは服を脱ぎましょう」


「そして外に出てこう叫びます。『いやぁぁぁあっ!! ドスケベ短小包茎野郎に犯されるうぅぅうう!! ぎぃぇあああああああっ!!』」


「誰が短小包茎だッ!! サイズは平均的だし、寒がりだからタートルネックを着ているだけだッ!!」


「い、いらないからそんな情報っ! てかどこに怒ってるのよっ!」


「す、すまん、男としてのプライドが反応してしまって……」


 そんな間抜けなやりとりをしていると、「どれどれ、お尻の方はどうかな?」「やだぁクロりんったらぁ! すぐ触るんだからぁ!」と聞こえてくる。

 我に返った俺たちは突入を再度試みようとするが、親衛隊たちはブレザーを脱ぎ捨てボタンに手をかけた。本当に脱ぐ覚悟を決めているらしい。それなら、と相乃が単独で突撃をかけたのだが、「うにゃああっ!?」体中のツボというツボを指圧されて投げ出された。


「お、おい、生きてるか? 君、さっきから散々だな……」


 床に倒れ込んで痙攣していた相乃は、「フフ、フフフ……」と笑い始める。

 そしてゆらりと立ち上がると、据わった目を俺に向けて来た。


「待て、なぜ俺を見据える」


「愛多知君……こうなったら、やるしかないよ」


「や、やるとは何だ? 何を考えている?」


 その質問の答えるかのように相乃は爆発的に愛を迸らせた。

 そして両腕を広げ、腰を低く落とすと、


「まさか爆発するつもりか!? やめたまえっ、この家が吹っ飛んでしまってしまうぞ!」


 危険を感じ取った俺は下がろうとするのだが、相乃より放たれた愛が俺の体を包み込み、手足を縛って来た。


「なにぃ!? 動けないだと!? しかもどういうことだ、力のスイッチが切れないッ!! や、やはり君も何か特殊な力があるだろ!?」


「行くよ、愛多知君! 家が吹っ飛ばないようにどうにか調整して!」


「無茶言うな! 一旦落ち着け! 他の方法を考えるのだ!」


 しかし相乃は聞く耳持たず、床を蹴った。

 そのフォームはどこぞの国民栄誉賞を授与されたレスリング選手のようで――


「やめろおおおおおおおおあああああああああ――――ッ!! あふっ――」


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