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『三国志に転生したら死に戻りRPGだった件  〜寿命14年、武将ガチャで天下統一を目指す40代独身営業マン〜』  作者: ライディーンたけ


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第26話 黒幕の顔



――前回のあらすじ――


南郡から、黄申と名乗る商人が探りに来た。俺は調べていることをあえて認め、相手の逃げ口上を罠に変え、脅しを情報に変えた。黄申は尻尾を出した。豊隆号は、間違いなく襲撃に噛んでいる。だがその背後の「ある御方」は悪意ではなく、歪んだ正義で動いているかもしれない。損得で動かぬ相手を、どう崩すか。俺がその答えを探しあぐねていたとき、伊籍が糸の先を手繰り当ててきた。


―――――――――――――――――


 伊籍が李家に駆け込んできたのは、黄申が去ってからわずか三日後だった。


 いつも飄々としているこの男が、息を切らしていた。それだけで、ただ事ではないとわかった。


「李どの」伊籍は座るのも忘れて言った。「糸の先が、見えました」


 俺は思わず立ち上がった。


「豊隆号を洗いました。あの商家、表向きは絹と薬種の大店です。ですが帳簿の裏に、もう一つの顔がある」伊籍は声を落とした。「銭を貸している。それも、荊州じゅうの役人や豪族に。膨大な額を」


「金貸し、か」


「ええ。そして金を貸した相手の弱みを握っている。誰がいくら借りているか。誰が返せずにいるか。……荊州のお偉方の首根っこを、豊隆号は銭の糸で握っているのです」


 俺は息を呑んだ。


 なるほど。賊を雇う銭も、武器を揃える伝手も、すべてそこから来ていた。豊隆号は、ただの商家じゃない。荊州の裏の金庫であり、弱みの台帳だ。


「ではその豊隆号を、動かしている『御方』とは」


 伊籍はしばらく黙った。


 それからひとつの名を口にした。


蒯越カイ・エツどの。字は異度イド


 俺の頭の中で、ゲームの記録がめくれた。


 蒯越。荊州の名門・蒯氏の出。劉表が荊州に入ったとき、その地盤固めを支えた知恵袋。荊州を平らかに保つために、誰よりも働いてきた男。後の世で曹操が荊州を得たとき、「荊州を得たより蒯越を得たことが嬉しい」と言わしめたほどの人物だ。


 Aレア、いやSSレアに届く大物。


 その男が、黒幕。


―――


「待ってくれ」俺はこめかみを押さえた。「蒯越といえば、劉表さまの右腕だ。荊州をまとめた功臣。……なぜ、そんな男が賊を使って、うちみたいな商家を襲わせる」


「そこです」伊籍の顔が曇った。「わたしにも、最初は信じられなかった。ですが調べるほどに――蒯越どのの動きが見えてきた」


 伊籍は語った。


 蒯越は荊州の平らかさを、何より重んじる男だ。劉表と同じく。いや、劉表以上に。彼は、この州が戦乱から守られていることを、自分の生涯の功績としている。


 その彼にとって、近ごろ襄陽に現れたひとりの若者が、目障りだった。


 賊を戦わずして退け、宜城の水争いを収め、劉表に召された、商家の次男坊。


 俺だ。


「蒯越どのはおそらく、こう見ている」伊籍は言った。「この若者は、危うい、と。短い間に、人望を、集めすぎている。配下も、増えている。武人まで、抱えはじめた。……荊州の平らかさをいつか、乱す、芽になるかもしれない、と」


 俺は苦笑した。


 黄申が最後に、言った言葉。荊州は平らかな、よい州だ。その平らかさは、余計なことを詮索せぬ者に与えられる。あれは脅しであると同時に、蒯越の本心の代弁だったのだ。


「つまりあの襲撃は」


「あなたを潰すためのものでした。芽のうちに。賊に襄陽を襲わせ、李家を丸ごと消す。そうすれば誰も傷つかず――いや、李家一族は傷つきますが、蒯越どのにとっては、それは荊州の平らかさのための必要な犠牲なのでしょう」


 俺はしばらく言葉が出なかった。


 歪んだ正義。


 まさに、そのものだった。蒯越は悪人じゃない。私腹を肥やすためでも、ない。ただ荊州の平和という大きなものを守るために、李家という小さなものを切り捨てようとした。


 彼の中では、それは正しいことなのだ。


 だからこそ――いちばん厄介だった。


―――


 その夜、俺は眠れなかった。


 蒯越を、どう崩すか。


 これまでの敵は、心の芯を突けば崩せた。黄忠は、武人の誇りを。徐庶は、民への仁を。裴牛は、仲間の命を。彼らのいちばん固い芯に触れることで、俺は縁を結んできた。


 だが蒯越の芯は――荊州の平らかさ、だ。


 その芯を突いて、どうなる。蒯越は荊州を平らかに保つために、俺を消そうとしている。彼の芯と俺の存在が、真っ向からぶつかっている。芯を突けば突くほど、彼は俺を敵と見なす。


 力では勝てない。蒯越は荊州の半分を、動かせる、大物だ。


 知略でも、分が悪い。相手は荊州を、まとめた、知恵袋。年季が、違う。


 ではどうする。


 俺は闇の中で天井を見つめながら、考え続けた。前世の営業でいちばん、難しかったのはどんな、相手だったか。値切る、相手でも、ない。怒る、相手でも、ない。いちばん、難しかったのは――「お前は要らない」と信じ込んでいる、相手だ。


 商品の良し悪し、以前に「お前から、買う、理由がない」と決めている、客。


 あれを、どう、ひっくり返したか。


 俺ははっと、目を、見開いた。


 そうだ。あのときも、俺は商品を、売り込まなかった。代わりに――相手の課題を、解決して、みせたんだ。「あなたのいちばんの悩みを私が、片づけます」と。要らない、と思っていた相手がいちばん、欲しがっていた、ものを差し出す。


 蒯越のいちばんの、悩みは、何だ。


 荊州の、平らかさ。それを、脅かす、もの。蒯越は俺をその、脅威だと、思っている。


 ならば――俺がその脅威じゃないと証明すれば、いい。いやそれ以上だ。俺が荊州の平らかさを守る、味方だと蒯越自身に認めさせれば、いい。


 敵だと思っていた、相手が実はいちばんの味方だった。


 それを、見せつける。


―――


 翌朝、俺は伊籍を呼んだ。


「機伯どの。蒯越どのに、会いたい」


 伊籍はぎょっとした。


「会う、と? 正気ですか。相手はあなたを消そうとしている、御方ですぞ」


「だからこそ、だ」俺は言った。「向こうは俺を顔も見ずに危ない芽だと、決めつけてる。なら、顔を、見せてやればいい。芽じゃない、味方だとわかる、顔を」


「しかし、どうやって――」


「機伯どの。一つ、頼みがある」俺は伊籍をまっすぐ見た。「蒯越どのに、こう、伝えてほしい。『李家の次男が荊州の平らかさを乱す者の正体を、掴んだ。お引き合わせしたい』と」


 伊籍が眉を、ひそめた。


「乱す者の正体? それはいったい――」


「黄申だよ」俺はにやりと、笑った。「いや正確には黄申のような、やり方そのものだ」


 俺は頭の中で組み上げた、絵を伊籍に話した。


 聞き終えた伊籍の顔から、血の気が引き、やがてゆっくりと驚嘆の色に変わっていった。


「……あなたは」伊籍はかすれた声で言った。「蒯越どのの刃を、そのまま蒯越どのに向け返すつもりか」


「人聞きが悪いな」俺は肩をすくめた。「ただ、本当のことを見てもらうだけだ。蒯越どのがいちばん大事にしてる、荊州の平らかさ。それを本当に脅かしてるのは、誰か。……俺じゃない、ってことを」


―――


 数日後。


 俺は襄陽の、とある屋敷の客間に座っていた。


 蒯越の滞在先だった。彼は政務で、ときおり襄陽に上がる。伊籍がその機を捉えて、引き合わせの席を整えてくれた。


 向かいに座る男を、俺ははじめて見た。


 六十、近いだろうか。痩せて背が高く、白髪をきれいに結っている。穏やかな、けれど底の見えない目。劉表の深さとは、また違う。劉表が静かな湖なら、蒯越は底に刃を沈めた井戸だった。


「李子徹どの」蒯越の声は低く、落ち着いていた。「機伯から聞いた。荊州の平らかさを乱す者の正体を掴んだ、と」


「はい」俺は頭を下げた。


「ほう。聞かせてもらおう」蒯越はわずかに目を細めた。「誰だ。荊州を乱す者とは」


 来た。


 俺は深く息を吸った。ここからが、本番だ。前世のすべての商談を、この一席に注ぎ込む。


「銭で人の首根っこを握り、賊を雇い、気に入らぬ芽を闇に葬る。……そういうやり方をする者が、荊州におります」俺はまっすぐ蒯越を見た。「それが荊州の平らかさを、いちばん深く蝕んでいる。私は、そう考えます」


 蒯越の目がぴくりと動いた。


 俺が自分のことを言っていると、気づいたのだ。だが彼は表情を崩さなかった。さすが荊州の知恵袋。この程度では揺らがない。


「……ほう。して、その者の名は」


「名は申しません」俺は言った。


 蒯越の眉が、上がった。


「名を申せば、それはただの密告に、なる。私は、密告に、来たのではない」俺は続けた。「私は蒯越どのに一つ、お尋ねしたくて、参りました。荊州の平らかさとはいったい、何でできているのか、を」


―――


 蒯越はしばらく俺を見つめていた。


 それからゆっくりと言った。


「面白い、若者だ。……答えて、みよ。そなたは何でできていると思う」


「人の、信頼です」俺は即座に答えた。「平らかな、州とは民がお上を信じ、お上が民を信じている、州のことです。その信頼があるかぎり、人は刃を、取らない。……ですが、もし。お上が銭で人を縛り、賊を使って、邪魔者を消すような、ことをすれば」


 俺は声を強めた。


「その噂は、必ず漏れます。今日、私がそれを掴んだように。そして噂が広がれば――民はお上を信じなくなる。お上同士も、互いを疑い出す。荊州の平らかさは、刃で崩れるのではない。信頼が欠けた、その瞬間に内側から崩れるのです」


 蒯越は無言だった。


 だが、その底の見えない目に、はじめてかすかな揺らぎが走ったのを、俺は見逃さなかった。


「私は商家の次男です」俺は頭を下げた。「力も地位も、ありません。ですが、一つだけ得意なことがあります。人の信頼を繋ぐこと。賊を殺さず、味方に変え。争う二人を、共に立たせ。……私がやってきたのは、それだけです。荊州を乱すどころか、私は、荊州の平らかさを繋ぐ糸の一本になりたいと願っています」


 しん、と客間が静まった。


 長い、沈黙だった。


 やがて蒯越が口を開いた。


「……そなた」蒯越の声は低かった。「わしが誰か、知っておるな」


 俺は顔を上げ、まっすぐその目を見返した。


「存じております」


「知っていて、なお名を申さぬか」


「はい。なぜなら――蒯越どのは、荊州を乱す者ではないと信じたいからです」俺は言った。「あなたは荊州を平らかに保つために、生涯を捧げてこられた。そのやり方が、ときに刃を帯びることがあったとしても。その根が荊州への想いだということを、私は疑いません」


 蒯越の目が、見開かれた。


「だから私は、あなたを敵だとは思いません」俺は言った。「同じものを守りたい味方だと、思っています。……ただ、守り方が違うだけだ。あなたは、芽を摘んで守る。私は、糸を繋いで守る。それなら――一度、私の守り方を試してみては、いただけませんか」


―――


 蒯越は長いこと俺を見つめていた。


 その目から、底の見えない暗さが、少しずつ薄れていった。代わりに、何か遠い昔を懐かしむような色が、滲んだ。


「……若いころのわしを見ているようだ」蒯越はぽつりと言った。「わしもかつては、そう信じていた。人の信頼で州は保たれる、と。……だが、長く生きるうちに、わしは人を信じることに疲れた。信頼より、銭と弱みのほうが確かだと思うようになった。そのほうが、楽だった」


「疲れたのは」俺は静かに言った。「あなたが一人で荊州を背負ってこられたからです。一人で守ろうとすれば、誰も信じられなくなる。当たり前です」


「……」


「ですが、もう一人ではありません」俺は言った。「私が、います。私の配下も、います。荊州を平らかに保ちたいと願う者は、あなただけではない。荷を半分、私に預けてくださって構わないのです」


 蒯越の肩がわずかに震えた。


 六十年、誰にも預けてこなかった荷の重さが、その震えに滲んでいた。


 胸の奥で、システムが静かに告げた。


【蒯越 信頼度:8 → 64】


 警戒から、一気に協力的の領域へ。


 だが、まだ配下化には遠い。当然だ。六十年固めてきた心の鎧が、一席の話で解けるはずもない。これは、ほんの入り口にすぎない。


 それでも――敵が敵でなくなった。それだけで、十分すぎる収穫だった。


―――


 蒯越は立ち上がった。


「李子徹どの」蒯越は言った。「黄申に伝えておく。李家に二度と手を出すな、と」


 俺は深く頭を下げた。


「……一つ、聞かせろ」蒯越は戸口で足を止めた。「そなた、わしの刃が、わし自身に向くことを恐れなかったのか。一歩間違えば、そなたはこの場で消されていた」


「恐れましたよ」俺は正直に言った。「ですが、賭けました。蒯越どのが本当に荊州を想う御方なら、私の言葉が届くはずだ、と。……届かなければ、それまで。賭けに負けた私が悪い」


 蒯越はふっと笑った。


 はじめて見せた笑みだった。底の見えない井戸の水面に、一瞬光が差したような。


「……末恐ろしい若者だ」


 その言葉は、伊籍も劉表も口にした言葉だった。荊州の賢者たちが揃って俺に贈る、言葉。


 悪い気は、しなかった。


―――


 屋敷を出ると、伊籍が待っていた。


 俺の顔を見るなり、ほっと息を吐いた。生きて出てきたことに、心底安堵したらしい。


「……どう、なりました」


「敵が一人減って、味方が一人増えた」俺は笑った。「いつものことだよ」


「いつものこと、とあなたは言うが」伊籍は首を振った。「荊州の知恵袋を相手に、それをやってのける者はあなたしかおらん」


 俺たちは並んで歩いた。


 日が傾き、襄陽の町並みが夕陽に染まっていた。さっきまで命の瀬戸際にいたとは思えない、穏やかな夕暮れだった。


 俺はふと思った。


 黒幕の顔を見た。そしてその顔は――鬼でも悪鬼でもなかった。荊州を想いすぎて疲れ果てた、一人の老人の顔だった。


 敵のいちばん固い芯。蒯越のそれは、荊州への想いだった。突けばぶつかると思っていた、その芯に、俺は寄り添うことで触れた。突くのではなく、同じものを守る味方として。


 これも、一つの知略なのかもしれない。


 いや――知略、というより。


 ただ、相手をちゃんと見た。それだけだ。前世から、ずっと俺がやってきた、たった一つのこと。


「機伯どの」俺は言った。「ありがとう。あなたがいなけりゃ、蒯越どのには辿り着けなかった」


「礼を言うのはこちらです」伊籍は穏やかに言った。「あなたは荊州から、一つ争いの火種を消した。……劉表さまもお喜びになるでしょう」


 俺は空を見上げた。


 糸がまた一本、増えた。今度は、荊州でいちばん太い糸の一本かもしれない。


 ありがてぇ、と俺は夕陽に呟いた。


 やれやれ。商家の次男坊にしては、ずいぶん遠くまで来たもんだ。


(第26話・了)


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― 新着の感想 ―
三國志フリークよりも更に深い知識で登場人物を用い、GAFA関係者かと思うような営業理論で話をすすめていくところが面白い。
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