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『三国志に転生したら死に戻りRPGだった件  〜寿命14年、武将ガチャで天下統一を目指す40代独身営業マン〜』  作者: ライディーンたけ


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第27話 知恵袋の宿題



――前回のあらすじ――


黒幕の正体は、荊州の知恵袋・蒯越だった。荊州の平らかさを守るため、名を上げはじめた俺を芽のうちに摘もうとした男。だが俺は、その刃を、彼自身に向け返した。名を明かさず、密告にもせず、ただ「同じものを守る味方だ」と証明してみせた。蒯越の固い芯――荊州への想いに突くのではなく、寄り添うことで触れた。敵が一人減り、味方が一人増えた。荊州でいちばん太いかもしれない、その糸が思いがけず早く、動きはじめる。


―――――――――――――――――


 蒯越と会ってから、十日が過ぎた。


 あの日以来、李家への不穏な影はぴたりと止んでいた。黄申は、二度と、姿を見せない。賊の噂も、聞かなくなった。蒯越が、約束を、守ってくれたのだ。


 俺はようやく、肩の力を抜くことができた。


 久しぶりに、何も、起きない朝だった。井戸端で顔を洗い、母の作った粥をすすり、商いの帳面に目を通す。当たり前の、日常。それが、こんなにも、ありがたいものだとは。


 前世の俺は平穏を、退屈だと思っていた。刺激のない毎日に、うんざりしていた。営業の数字に追われ、休日も取引先の顔色を気にして、いつもどこか遠くに、もっと面白い人生があるはずだと思っていた。だから三国志のゲームに、逃げ込んでいた。


 だが命を賭けた綱引きをくぐり抜けた今、俺は知っている。平穏とは、誰かが命がけで守ったものの上にしか成り立たない。退屈な日常こそ、いちばんの贅沢なのだ。それに気づくのに、俺は二度の人生を要した。


「子徹さま」


 お春が一通の文を運んできた。


「使いの方が。……蒯越さまからです」


―――


 文は、短かった。


 達筆な、けれどどこか気難しさの滲む字だった。


「李子徹どの。一つ、宿題を、出す。三日のうちに、答えを、持って参られよ。――宜城に、もう一つ、水路を作るとして。その費えを馬季にも欒にも役所にも一切、出させずに賄う策やいかに。蒯越」


 俺は、思わず、笑ってしまった。


 宿題。伊籍が最初に俺に、出したのと、同じ言葉だ。荊州の賢者たちはどうやら、若者を宿題で試すのが好きらしい。


 だがこれは伊籍の宿題より、ずっと意地が悪い。


 水路を、作る。費えは、かかる。だが馬季にも欒にも役所にも出させるな、という。当事者の誰からも銭を取らずにどうやって、工事を賄うのか。


 ふつうに、考えれば、無理だ。


 誰も出さないなら、銭は湧いてこない。だが蒯越がわざわざ、無理難題を出してくるはずがない。これは、解ける、宿題だ。解き方が、ある。


 俺は文を机に置き、腕を、組んだ。


―――


 その日の夕方。


 俺が縁側で唸っていると綾が本を抱えて、やってきた。


「兄さま、また、こわい顔してる。でも今日のはこわいんじゃなくて……うんうん唸ってる顔だ」


「よく、見てるな」俺は苦笑した。「ちょっと難しい宿題を、もらってな」


「宿題? 兄さま、もう、おとなでしょ」


「おとなにも宿題はあるんだよ」俺は文を見せた。「これがな、なかなか手ごわい」


 綾はちょこんと隣に座り、文をのぞき込んだ。十二歳の妹は、字を読むのがはやい。しばらく唇を動かしてから、首を傾げた。


「お金を出さないで、お金のかかることするの? むり、じゃない?」


「だよなあ」俺は頷いた。「ふつうはそう思う」


 だが俺はふと、思った。


 この子に説明してみよう。難しい話を十二歳にわかるように話せたら、それはたぶん、自分の頭も整理できる。前世でも、そうだった。新人に教えながら、自分の理解が深まることがよくあった。難しい案件ほど、口に出して噛み砕いて説明すると、自分でも気づいていなかった糸口が、ふっと見えてくる。


 いちばん賢い勉強法は、人に教えることだ。それも、その道の素人に。玄人同士なら、専門の言葉でわかった気になって流してしまう。だが、何も知らない相手に教えるには、言葉をいちばん易しいところまでほどかねばならない。そのほどく作業の中にこそ、本質がある。


「綾。お金ってのはな」俺は、地面の小石を三つ拾った。「世の中には、お金を出したい人と出したくない人がいる。この宿題はな、出したくない人――馬季とか欒とか役所――からは取るな、って言ってる」


「うん」


「でも、世の中には出したくない人だけじゃない。中には、お金を出してでも欲しいものがある人がいるんだ」


 綾の目が、きらりと光った。


「……あ。じゃあ、その人からもらえばいいの?」


「そういうことだ」俺はにやりと笑った。「問題は、誰がその「出したい人」なのか、だ。新しい水路ができて、いちばん得をするのは誰だと思う?」


 綾は小石を見つめて、一生懸命考えた。


「えっと……田んぼにお水がいく人?」


「それは馬季と欒だな。でもその二人からは取れない」


「うーん……」綾は頬をふくらませた。「じゃあ、ほかにだれがうれしいの? お水が増えて、うれしい人……」


―――


 俺はその様子を眺めながら、自分でも考え続けていた。


 新しい水路で、得をする者。馬季と欒、以外で。


 水が増えれば、田が潤う。田が潤えば、米が増える。米が増えれば――。


 はっとした。


 米が増えれば、それを売り買いする商人が、儲かる。米問屋だ。宜城の米を買い集めて、よそで売る商人にとって、米の収穫が増えるのは、願ったり叶ったりだ。


 いや、それだけじゃない。


 工事には、人手がいる。人足が集まれば、その人足が飯を食う。宿に泊まる。酒を飲む。宜城の飯屋や宿屋や酒屋が、潤う。工事そのものが、町に銭を落とす。


 つまり――水路を作る費えは、水路によって潤う者たちから少しずつ集めればいい。


 米問屋から。飯屋から。宿屋から。「この水路ができれば、あなたの商売はもっと儲かりますよ。だから少し、出資しませんか」と。


「綾」俺は思わず、声を上げた。「わかったぞ」


「えっ、なになに?」


「水路で得をするのは、田んぼの持ち主だけじゃない。米を売る人、人足に飯を出す人、泊める人――町の商売してる、みんなが得をするんだ。だから、そのみんなからちょっとずつ出してもらう。そうすれば、馬季からも欒からも役所からも、取らずに済む」


 綾はぽかんと口を開けてから、ぱっと顔を輝かせた。


「すごい! じゃあ、だれも損しないんだ!」


「いや」俺は笑った。「みんな、ちょっとずつお金を出す。少しは損する。でも――」


「でも?」


「でも、出したお金よりずっとたくさん儲かるなら、それは損じゃないだろ? 百出して二百戻ってくるなら、誰だって出すさ」


「……あ、そっか!」綾は手をぱちんと叩いた。「百が二百になるなら、出したくなる!」


「そういうことだ」俺は妹の頭を撫でた。「お前、商売の才能あるな」


―――


 俺はその夜、策を紙に書き起こした。


 ただ「出資を募る」だけでは、絵に描いた餅だ。前世の営業で叩き込まれた。いい話には、必ず「で、誰が、いくら、いつ出すのか」という、具体が要る。それがなければ、どんな立派な構想も、ただの夢物語だ。


 俺は、宜城の商人を、一人ずつ、思い浮かべながら、数字を、当てていった。米問屋は、収穫が二割増えれば、扱う米も二割増える。ならば、その儲けの何分の一かを、先に出させても、すぐ取り返せる。飯屋と宿屋は、工事の人足相手の商売で潤う。酒屋も同じだ。そうやって、得をする者ごとに、出せる額を、見積もっていく。


 さらに、ひと工夫を加えた。出資した者の名を、新しい水路のほとりの石碑に、刻む。「この水路は、誰それの志によって作られた」と。銭だけでなく、名誉も返す。商人は、銭で動くが、名でも動く。前世の、企業の寄付と、同じ理屈だ。


 書きながら、改めて感心した。蒯越の宿題は、ただの意地悪ではなかった。


 馬季や欒から取れば、彼らはまた不満を抱く。役所から取れば、税が重くなり、民が苦しむ。当事者から銭を取る策は、必ずどこかに恨みを残す。


 だが、得をする者から出資を募れば、恨みは生まれない。みな、自分の得のために喜んで銭を出す。そして、町は潤い、人は繋がる。


 蒯越はたぶん、こう問うていた。


 お前は、銭を誰かから奪うやり方しか知らないのか。それとも、誰も傷つけずに銭を生み出すやり方を知っているのか。


 それは――荊州をどう治めるか、という問いと同じだった。


 民から絞り取って平らかさを保つのか。民を潤して平らかさを保つのか。蒯越は、銭の糸で人を縛ってきた。だが、心のどこかで別のやり方を求めていた。だからこそ、この宿題を俺に出したのだ。


 俺は筆を置いた。


 蒯越は、俺を試している。だが、それはもう敵としての試しじゃない。後継ぎを見定める、師の目だ。


―――


 三日後。俺は蒯越の屋敷を訪れた。


 蒯越は文机の前に座り、書を読んでいた。俺が入っていくと、顔も上げずに言った。


「答えは」


「得をする者から募ります」俺は、書き起こした策を差し出した。「米問屋、飯屋、宿屋――水路で潤う町の商人たちから出資を募り、それで費えを賄います。当事者からは一銭も取りません」


 蒯越の書を繰る手が、止まった。


 彼はゆっくりと顔を上げ、俺の差し出した紙に目を落とした。長いこと、それを読んでいた。


 やがて、ふっと息を吐いた。


「……出資を募る、か」蒯越は呟いた。「奪うのではなく、生み出す。誰も傷つけずに」


「はい」


「わしは」蒯越は紙を置いた。「六十年、奪うやり方しか知らなんだ。弱みを握り、借りを作らせ、銭で人を縛る。そのほうが確かだと、思うていた。……だが、そなたはその逆をやる。人を潤して、人を動かす」


 蒯越はしばらく、宙を見つめた。遠い昔をたぐるような目だった。


「わしも若いころは、信じておった。人は善きものを示せば、善きほうへ動く、と。だが、裏切られた。何度も。信じた者に足を掬われ、助けた者に刃を向けられた。……そのたびにわしは、人を信じる心を、一枚ずつ脱いでいった。最後に残ったのが、銭と弱みだった。それだけは裏切らぬ、と」


「裏切らない代わりに」俺は静かに言った。「誰も、心からは味方になってくれない」


 蒯越の目が、俺を見た。


 その目に、もうあの底の見えない暗さはなかった。代わりに、何かまぶしいものを見るような色があった。


「李子徹。一つ、聞く」蒯越は言った。「そなた、わしの後を継ぐ気はないか」


―――


 俺は息を呑んだ。


 蒯越の後を継ぐ。それは、荊州の知恵袋の座を譲られるということだ。劉表の右腕の地位。荊州の政の中枢。前世なら、考えられない出世だ。


 第一段階――荊州実権掌握。そのゴールが突然、目の前に差し出された。


 だが。


 俺は、劉表に仕官を誘われたときと同じことを考えた。蒯越の後を継げば、俺は、荊州の政に深く縛られる。蒯越のやり方を引き継ぎ、蒯越の敵を引き継ぎ、蒯越のしがらみを引き継ぐ。


 それは、俺の求める道とは違う。


「ありがたい、お話です」俺は頭を下げた。「ですが――今しばらく、お待ちいただけませんか」


 蒯越の眉が上がった。


「ほう。劉景升の誘いも断ったと、聞いたが。わしの誘いも、断るか」


「断るのではありません」俺は言った。「ただ、まだその器にないのです。俺は宜城一つ、宜城の水路一つをどうにかするのが精一杯。荊州、一州を背負うには、あまりに未熟です。……もう少し小さなことを積み重ねて、力をつけてから。そのときは、こちらからお願いに参ります」


 蒯越はしばらく、俺を見つめた。


 それから、声を上げて、笑った。乾いた、けれどどこか晴れやかな笑いだった。


「……欲がないのか。それとも、欲が大きすぎるのか」蒯越は言った。「目の前に差し出された荊州の中枢を、いらぬと言う。そなたの目は、もっと遠くを見ているのだろうな」


 俺は答えなかった。


 答えられるはずがない。俺の目が見ているのは、天下統一の、その先。現代日本への帰還。そんなことを言えば、狂人だ。


 だが蒯越は、それ以上問わなかった。


「よかろう」蒯越は頷いた。「ならば、これからは宿題を出す。一つずつ。そなたが荊州を背負える器になるまで。……いつか、わしの座を継ぐ日のために」


 胸の奥で、システムが静かに告げた。


【蒯越 信頼度:64 → 79】


 協力的の、いちばん上。配下化の、一歩手前。


 荊州の知恵袋が、俺を後継ぎと見定めはじめた。


―――


 屋敷を出ると、空が高く晴れていた。


 俺はゆっくりと、息を吸い込んだ。


 黒幕だった男が、師になった。敵だった糸が、いちばん太い味方の糸に変わった。荊州実権掌握への道が、はっきりと見えてきた。


 家に帰ると、綾が門の前で待っていた。


「兄さま! 宿題、どうだった?」


「百点、もらった」俺は笑った。「お前のおかげだ」


「えっ、わたし?」


「ああ。お前が「百が二百になるなら出したくなる」って言っただろ。あれが答えだったんだ」


 綾の顔が、ぱっと明るくなった。


「やっぱり、わたし、戦力だ!」


「ああ。立派な戦力だよ」


 俺は妹の頭に手を置いた。


 夕暮れの光が、二人を包んでいた。穏やかで温かい、いつもの夕暮れ。だがもう、ただの商家の次男坊の夕暮れではなかった。


 俺はふと、思った。


 難しいことを、十二歳にわかるように話す。それができたとき、俺自身の頭も晴れた。賢さとは、難しいことを難しいまま語ることではない。難しいことを、誰にでもわかるようにほどくこと。……それが、本当の賢さだ。


 蒯越もいつか、そうなればいい。銭の糸をほどいて、人の信頼の糸で荊州を結び直せれば。


 その手伝いを俺がするのも、悪くない。


 ありがてぇ、と俺は夕陽に、呟いた。


 明日もまた、糸を、手繰る。今度は、奪う糸では、なく。生み出す、糸を。


(第27話・了)


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