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『三国志に転生したら死に戻りRPGだった件  〜寿命14年、武将ガチャで天下統一を目指す40代独身営業マン〜』  作者: ライディーンたけ


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第25話 南郡からの客



――前回のあらすじ――


裴牛の証言から、俺は見えない敵の輪郭を手繰りはじめた。襲撃を仕組んだのは、左頬に刀傷のある、絹を扱わぬ絹商人。その男が払いに使った手形は、南郡の商家「豊隆号」のものだった。糸は確かに、奥へと伸びている。俺はこの謎を、最も信頼できる目――伊籍に託した。だが、その糸の先に何があるのか、まだ誰も知らない。そして、こちらが手繰る糸を、向こうもまた、手繰り返してきていた。


――登場人物紹介――


【李家とその縁者】

李明リ・メイ/字・子徹シ・テツ……本作の主人公。中身は四十二歳の独身営業マン・田中健一。死に戻りのRPGシステムを抱えて荊州襄陽の商家に転生した。残された寿命は十四年。

李潤リ・ジュン……明の父。李家の当主。信頼度94。

陳氏チン・シ……明の母。信頼度88。

李澄リ・チョウ……明の兄、二十二歳。剣を習い、近ごろ腕を上げている。信頼度92。

李綾リ・リョウ……明の妹、十二歳。メインヒロイン。本を愛し、兄を誰より見ている。信頼度100・完全解放。

・おハル……李家の侍女、十七歳。信頼度75。


【配下の者たち】

黄忠コウ・チュウ……弓の名手。Sレア。信頼度100・完全解放。

徐庶ジョ・ショ……軍師。Aレア。信頼度100・完全解放。

趙累チョウ・ルイ……組織化の名手。Aレア。信頼度96。

石韜セキ・トウ……知略型で酒好き。Aレア。信頼度91。

霍峻カク・シュン……守城の名将。Aレア。信頼度83。

文聘ブン・ペイ……武人。Bレア。信頼度84。

陳大チン・ダイ……元官軍の兵士。Bレア。信頼度80。

張小六チョウ・ショウロク……明の最初の配下。Dレア。信頼度90。

裴牛ハイ・ギュウ……元黄巾の猛将、八尺の巨体に大斧。仲間の命を背負う男。Sレア相当。信頼度88。砕かれた膝が癒えるのを待つ身。


【荊州の人々】

劉表リュウ・ヒョウ/字・景升ケイショウ……荊州牧。守りの名君。明の器を認め、仕官を誘った。信頼度51。

伊籍イセキ/字・機伯キハク……劉表配下、人材登用の名手。明に難題を与え、その知略を見込んだ。今は黒幕の糸を共に追う。信頼度91。


―――――――――――――――――


 その客が李家を訪れたのは、よく晴れた昼下がりのことだった。


 お春が慌てた様子で、客間に駆け込んできた。


「子徹さま。お客さまです。それも……南郡から、と」


 南郡。


 俺の手が、帳面を繰る動きを止めた。


 豊隆号のある郡。伊籍に内々に調べてもらっている、その当の場所から、客が来た。


「名は」


「黄申、と名乗っておられます。南郡の商人だ、と」


 黄申。聞かない名だ。だが、この時機に南郡から来た商人。偶然と片づけるには、できすぎている。こちらが糸を手繰りはじめた矢先に、向こうから糸の出どころが訪ねてくる。


 罠か。それとも、探りか。


「お通ししろ」俺は帳面を閉じた。「丁重にな」


―――


 客間に現れた男は、人好きのする笑顔を浮かべていた。


 四十がらみ。恰幅がよく、上等な絹をまとっている。商人らしい揉み手の物腰。だが、その目だけは笑っていなかった。値踏みの目。伊籍と似た目つきだが、伊籍のそれが「人を活かす」目なら、この男のは「人を使い潰す」目だった。


「李子徹どの。お初にお目にかかります。南郡で絹や薬種を商っております、黄申と申します」


「李明です。遠路、ようこそ」俺は頭を下げた。「南郡から、わざわざ。何の御用でしょう」


「いやいや、商いの話です」黄申は笑った。「襄陽の李家の若旦那が、たいそうな切れ者だと、噂で聞きましてな。一度お会いして、よしみを結びたいと」


 よしみ。


 俺は内心で構えた。


 商いの話、と言いながら、この男は商品の一つも持ってきていない。手土産すら、ない。本当に商いがしたい商人は、まず品を見せる。だが、この男は品ではなく、言葉だけを並べている。


 探りに来たんだ。こちらがどこまで知っているかを。


「ありがたいお話です」俺はにこやかに応じた。「ですが、うちはしがない商家。南郡の大店さんと、よしみを結ぶほどの器では」


「ご謙遜を」黄申の目が、ふっと鋭くなった。「賊を戦わずして退け、宜城の水争いを見事に収め、荊州牧さまにまで召された。……それを、しがない商家とは言いますまい」


 俺は笑顔を保った。


 だが、背筋は冷えていた。


 この男は、俺のことを調べ上げている。宜城のことも、劉表のことも。商いの噂だけで、ここまで知るはずがない。やはり、ただの商人ではない。


―――


 茶を運んできたお春が下がると、黄申は少し声を落とした。


「ときに、李どの。妙なことをお尋ねしますが」黄申は笑顔のまま言った。「最近、南郡の商いについて、何かお調べになっておられるとか。……手前どもの豊隆号の名も、出ていると、小耳に挟みましてな」


 来た。


 俺の心臓が、ひとつ跳ねた。


 この男は、豊隆号の人間だ。あるいは、豊隆号と深く繋がっている。そして、こちらが豊隆号を調べていることを、すでに知っている。


 つまり――こちらの調査は、もう漏れている。


 趙累が宿場で聞き込みをした。その動きが、どこかで伝わったのだろう。見えない敵は、思っていたより、ずっと耳が早い。


 ここで、どう答えるか。


 とぼけることはできる。「はて、何のことやら」と。だが、この男はすでに知っている。とぼければ、こちらが隠そうとしていることが、ばれる。隠す、ということは、後ろ暗いことがあると、白状するに等しい。


 逆だ。


 隠すな。むしろ堂々と認めろ。営業で何度も使った手だ。相手が握っているとわかっている情報は、こちらから先に開く。そうすれば、主導権は握れる。


「ええ、調べています」俺はあっさりと認めた。


 黄申の笑顔が、一瞬固まった。


 予想外の答えだったのだろう。とぼけるか、慌てるか。そのどちらかを想定して、来たはずだ。まさか、平然と認めるとは。


「……ほう。何を、また」


「うちが先日、賊に襲われましてね」俺は穏やかに言った。「その賊が、妙にいい武器を持っていた。誰かが用意したものだ。それを辿っていったら、南郡の豊隆号さんの手形に行き当たった。……それだけのことです」


「それは、異な事を」黄申はすぐに笑顔を立て直した。「手前どもの手形が、賊の手に? それは何かの間違いか――あるいは、手形を騙った者がおりましょうな。豊隆号の名は広く知られておりますゆえ、悪用する不届き者もおるのです」


 うまい言い逃れだ。


 俺は感心した。手形を騙った何者か、に罪をなすりつける。これなら、豊隆号は傷つかない。この男は、頭が回る。


 だが――その滑らかさが、かえって怪しい。


 本当に身に覚えがなければ、人はもっと戸惑う。驚き、憤り、問い返す。だが、この男は間髪を入れず、きれいな言い逃れを差し出した。まるで、その質問が来るとわかっていたかのように。


 用意してきたんだ。この答えを。


―――


「なるほど。手形を騙った者が」俺は頷いてみせた。「では、その不届き者を、共に探しませんか」


「は」


「豊隆号さんの名を騙って、賊に武器を渡した者がいる。それは豊隆号さんにとっても、迷惑な話でしょう。うちは襲われた被害者。豊隆号さんは名を騙られた被害者。……被害者同士、手を組んで、真の悪党を探す。いい話だと思いませんか」


 黄申の笑顔が、また固まった。


 俺は内心で、ひゅう、と口笛を吹いた。


 これは切り返しだ。向こうが「手形を騙った者がいる」と逃げた。ならば、その逃げ道に乗ってやる。乗った上で「では一緒に探そう」と持ちかける。もし黄申が本当に無関係なら、断る理由はない。喜んで協力するはずだ。


 だが、黄申が黒幕側の人間なら――この申し出は、断れない。断れば怪しまれる。受ければ、自分で自分の首を絞めることになる。


 俺は相手の逃げ口上を、そのまま罠に変えた。


 黄申はしばらく、俺を見つめていた。


 その目から、もう笑みは消えていた。値踏みの目が、今やはっきりとした警戒の目に変わっている。


「……李どのは」黄申は低く言った。「噂に違わぬ、お方だ」


「お互いさまでしょう」俺は微笑んだ。「黄申どのも噂に違わず、お話のわかる方だ」


 二人の笑顔が、火花を散らした。


 表向きは、和やかな商人同士の会話。だが、その下では、刃を抜き合っている。前世でも、こういう商談があった。にこやかに茶を飲みながら、互いの腹を探り合う。一言の重みが、契約の何千万を左右する。あの緊張に、よく似ていた。違うのは、ここでは、銭ではなく、命が、賭かっていることだ。


 俺は、この男から、できる限りのものを、引き出そうとした。逆に、この男も、俺から、引き出そうとしている。どちらが、より多く、相手の手の内を、読み切るか。その勝負だった。


―――


 黄申は結局、何も確かなことは言わずに帰っていった。


 帰りぎわ、彼は戸口で一度振り返り、こう言った。


「李どの。一つ、年長者として忠告を」黄申の声は穏やかだったが、底に冷たいものがあった。「荊州は平らかな、よい州です。その平らかさは、余計なことを詮索せぬ者にこそ与えられる。……賢い若者は、知らずともよいことを知ろうとは、しないものですよ」


 脅しだ。


 はっきりとした脅しだった。これ以上、嗅ぎ回るな、と。


 俺は戸口に立つその背に、穏やかに声をかけた。


「ご忠告、痛み入ります。ですが、黄申どの」


 黄申が足を止めた。


「俺は商人です。商人は損得で動く。詮索をやめる損得と、続ける損得を天秤にかけて――続けるほうが得だと踏んだら、続けます。それだけのことです」


 黄申は振り返らなかった。


 ただ、ほんの少し肩をこわばらせて、そのまま去っていった。


―――


 黄申が去った後。


 徐庶が客間に入ってきた。襖の陰で、やり取りを聞いていたのだ。その顔は、緊張で青ざめていた。


「子徹どの。……敵に、こちらの動きが完全に知られております。それも、あれだけの使いを寄越すとは。相手は、こちらが思うより、ずっと大きい」


「ああ」俺は頷いた。「だが、収穫もあった」


「収穫?」


「あの男は豊隆号の人間だ。それも相当、上の。下っ端なら、あんな脅しはできない」俺は言った。「つまり豊隆号は、間違いなく襲撃に噛んでる。あの滑らかすぎる言い逃れが、証拠だ。やましくなきゃ、あんな答えは用意してこない」


 徐庶がはっとした。


「わざと認めさせたのですか。こちらが調べていることを。……相手の反応を、見るために」


「そういうことだ」俺は笑った。「とぼけてもよかった。だが、それじゃ相手の本性が見えない。だから、わざと手の内を見せて、向こうの出方を引き出した。……黄申は、思った以上にはっきり、尻尾を出してくれたよ」


 徐庶はしばらく、俺を見つめていた。


 それから深く息を吐いて、首を振った。


「あなたという人は……敵が脅しに来たのを、情報を引き出す好機に変えてしまう」


「ピンチはチャンスだよ」俺は肩をすくめた。「前世の商売の、合言葉だ」


 徐庶は、聞き慣れぬ言葉を、また聞き流した。それから、声を落として言った。


「ですが子徹どの。一つ、気がかりが」軍師の目が、鋭くなった。「あの黄申、最後に『荊州は平らかな州』と申しました。賊に武器を渡し、人を襲わせる者が、平らかさを、口にする。……奇妙だとは、思いませんか」


「思う」俺は頷いた。「あの男――いや、あの男の背後にいる『御方』は、たぶん、本気で、荊州の平和を、守ろうとしている。自分なりのやり方で」


「賊を使ってでも、ですか」


「ああ。きっと、こう考えてる。荊州の平らかさを乱す芽は、小さいうちに、摘んでおくべきだ、と」俺は、嫌な予感を、声にした。「だとすれば――黒幕にとって、名を上げはじめた李家は、摘むべき『芽』に見えてるのかもしれない。劉表さまの平和を、揺るがしかねない、新しい力として」


 徐庶の顔が、こわばった。


「では、相手は、悪意ではなく――」


「正義のつもりで、動いてる。いちばん、厄介なやつだ」俺は、息を吐いた。「悪人は、損得で動く。だから、説き伏せられる。だが、正義を信じてる者は、損得じゃ、動かない。……あの男の背後の芯が、もし、歪んだ正義だとしたら。俺は、それを、どう崩せばいいのか、まだ、わからない」


―――


 その夜、俺は伊籍に文を送った。


 黄申という男が訪ねてきたこと。豊隆号の名を出してきたこと。そして、明らかな脅しを残して帰ったこと。すべてを書いた。


 糸は、向こうからも手繰られている。もう、悠長には構えていられない。


 文を書き終えて、筆を置いたとき。


 ふと、人の気配がした。


 顔を上げると、戸口に綾が立っていた。寝間着姿で、眠そうに目をこすっている。


「兄さま、まだ起きてるの」


「ああ。ちょっと文をな」俺は筆を片づけた。「お前こそ、もう寝る時間だろう」


「のどが渇いて」綾はとことこと入ってきて、俺の隣に座った。「……昼間のおじさん、こわい人だった」


 見ていたのか。


「お前、会ったのか」


「ううん。お庭から、ちょっと見ただけ。でも、わかるもの」綾は膝を抱えた。「あのおじさん、笑ってるのに、目が笑ってなかった。兄さまと、おんなじ顔してた」


 俺は、どきりとした。


「……俺と、おんなじ?」


「うん。商売の顔。兄さまが、お客さんと話すときの顔。にこにこしてるけど、頭はぜんぜん別のこと考えてる顔」綾はこともなげに言った。「でも、あのおじさんのは、もっとこわい。兄さまのは人を助ける顔だけど、あのおじさんのは、人を踏む顔だった」


 俺は、言葉を失った。


 十二歳の妹が、たった一目で黄申の本質を見抜いていた。笑顔の奥の冷たさを。人を踏む者の目を。


 この子の観察眼は、もしかすると伊籍にも引けを取らないかもしれない。本ばかり読んでいる、と思っていたが――本を読む者は、人の心の機微にも聡くなる。


「綾」俺は妹の頭に手を置いた。「お前、すごいな」


「えへへ」綾は照れて笑った。「でも、兄さま。あのおじさんと、戦うの?」


「……たぶんな」


「だいじょうぶ?」


「だいじょうぶだ」俺は言った。「だって、俺にはお前っていう、すごい目利きがついてる。あのおじさんが人を踏む顔だって、教えてくれただろ。それだけで、もう半分、勝ってるんだ」


 綾の顔が、ぱっと明るくなった。


「じゃあ、わたしも戦力だね」


「ああ。立派な戦力だ」


 俺は笑った。


 水を飲んで満足した綾を寝床まで送り、俺はもう一度、夜空を見上げた。


 黒幕の影は、はっきりとこちらに伸びてきた。脅しまでかけてきた。事態は急を告げている。


 だが、不思議と、恐怖は薄れていた。


 なぜなら、俺はもう、敵の顔を見たからだ。黄申という、笑顔の奥に冷たい目を持つ男。見えなかった敵が、ひとつ見えるものになった。


 見えれば、戦える。


 糸の先のいちばん奥にいる「ある御方」も、いつか必ず顔を見せる。そのときまでに、俺は一本ずつ、確かに糸を手繰り続ける。


 やれやれ、と俺は呟いた。


 平穏な商家の次男坊の暮らしは、どうやら、もう戻ってこないらしい。


 だが――悪くない。前世の俺は、こんなにも必死に、何かを守ろうとしたことが、あっただろうか。


 ありがてぇ、と俺は星に呟いた。


 明日も、また糸を手繰る。今度は、向こうも手繰り返してくる、その綱引きを。


(第25話・了)

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