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『三国志に転生したら死に戻りRPGだった件  〜寿命14年、武将ガチャで天下統一を目指す40代独身営業マン〜』  作者: ライディーンたけ


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第23話 縛についた猛将



――前回のあらすじ――


俺は荊州の主・劉表に拝謁し、二つの試問をかわした。仕官の誘いは、あえて保留した。即答する野心家より、保留する慎重派を信じる――守りの名君の心を読んだ計算だった。劉表の信頼を得て、伊籍との縁も配下化の一歩手前まで深まった。荊州実権掌握への道が、人脈によって、確かに太くなっていく。だがその平穏の裏で、忘れていたはずの過去が、静かにこちらへ近づいていた。


―――――――――――――――――


 その男のことを、俺は半ば忘れかけていた。


 裴牛。


 黄巾の残党を率い、襄陽を襲った八尺の巨体に、大斧を担ぐ猛将。あの決戦で黄忠の曲射に膝を砕かれ、縄を打たれて捕らえられた男だ。あれから、ひと月あまり。裴牛は今も、李家が間借りしている町外れの古い蔵に、繋がれたままだった。


 殺すには忍びなかった。


 降った賊の多くは、もとは食い詰めた農民だった。彼らには働き口を与えた。だが裴牛だけは別だ。あの男は農民ではない。生粋の武人だ。三百の賊を率い、迷いなく刃を振るった本物の戦人だった。そういう男をどう扱うか。俺はずっと、答えを、出せずにいた。


 役所に引き渡せば、間違いなく斬首だ。


 逃がせば、また、どこかで、刃を振るう。


 そして手元に置いておくには――この男はあまりに、危険すぎた。


 俺は前世で、似たような場面に、何度も、立ち会った。優秀だが扱いの難しい人材。能力は、ずば抜けているのに、組織に、馴染まない。飼い殺しにするか、切るか、使いこなすか。たいていの会社は、面倒を嫌って切った。だが本当に惜しい人材ほど、その「扱いにくさ」の裏に、誰も、手をつけられなかった、固い芯を、持っていた。


 裴牛もきっと、そうだ。俺はそう、感じていた。だがその芯が、どこにあるのか、まだ、見えない。


「子徹どの」


 徐庶が蔵の前で俺に並んだ。


「あの男のこと、そろそろ決められたほうがいい」軍師は、静かに言った。「町の者が、ざわついております。なぜ賊の頭を生かしておくのか、と。中には、李家が賊と通じているのではないか、と疑う者まで」


「……だろうな」


 俺はため息をついた。


 名声というのは、上がれば的になる。劉表に認められ、宜城の件で名が知れ、李家への注目は、日に日に高まっている。その注目が、今裴牛という、ひとつの厄介に、集まりはじめていた。


「会ってくる」俺は言った。「あの男と、まだちゃんと話していない」


―――


 蔵の中は薄暗かった。


 光は、高い格子窓から、一筋差し込むだけ。その光の中に、裴牛は座っていた。


 縄で、後ろ手に縛られ、足にも枷をはめられている。それでも、その存在感は、衰えていなかった。八尺の巨体は、座っていてなお見上げるほどに大きい。膝は黄忠の矢で砕かれ、満足に立てないはずだ。だがその目はまったく、死んでいなかった。


 猛獣の目だ。


 檻に入れられてなお、隙あらば喉笛を食い破ろうとする目だった。膝を砕かれ、縄を打たれ、ひと月も繋がれて、なお屈していない。前世なら、こんな目をする人間には、まず出会わなかった。会社という檻の中で、人はたいてい、どこかで飼い慣らされる。だが、この男は違った。野生のままだった。


 俺が入っていくと、裴牛はゆっくりと顔を上げた。


「……商人の小僧か」


 低い、地を這うような声だった。


「殺すなら、さっさと殺せ。なぜ、生かす」


「殺したくないからだ」俺は正直に言った。「あんたを殺すのは簡単だ。だがもったいない」


「もったいない、だと」


「ああ。あんたほどの武人を、ただ斬って捨てるのは、もったいない」


 裴牛がふっと嗤った。


「飼うつもりか。猛犬を手懐けるように」


「飼うんじゃない」俺は首を振った。「あんたに、仕えてほしいと、思ってる」


 蔵の中が、しんと、静まった。


 裴牛はしばらく俺を見つめていた。それからその巨体を揺らして、声を上げて笑った。腹の底から響くような笑いだった。


「仕える? このおれが? 貴様のような青臭い小僧に?」裴牛は嗤いながら言った。「おれは、力こそすべての世で生きてきた。強い者に従い、弱い者を踏みつけてきた。……だが貴様は、弱い。剣も握れぬ。弓は、まあ多少は使うらしいが、おれの足元にも及ばぬ。そんな小僧に、なぜおれが頭を下げる」


 俺はその言葉を、黙って聞いていた。


 裴牛の「興味スイッチ」が、まだ、見えない。


 徐庶や黄忠のときは、その人間が何を大切にし、何を求めているかが、いつか、はっきりと解放された。だが裴牛は違った。この男の心の鍵が、どこにあるのか、俺には、まだ、掴めていなかった。


 力こそすべて。強い者に従う。


 ならば、力で屈服させるしかないのか。だが俺には、その力がない。黄忠を連れてくれば、力では、勝てる。だが力で屈服させた配下は、力が衰えれば離れていく。それは、配下ではない。一時の家来だ。


 俺は、別の鍵を探さなければならなかった。


―――


 その夜。


 俺はなかなか、寝つけなかった。


 裴牛のあの目が、頭から、離れなかった。力こそすべて、と嗤ったあの目。だが俺は、何かが引っかかっていた。あの男は本当に力だけを、信じているのか。


 ふと、思い出したことがあった。


 決戦のとき。裴牛は、配下の賊たちが次々と分断され、戦意を失っていく中で、最後まで、一人戦い続けた。あれは、力を信じる者の、戦い方では、なかった。負けるとわかっていて、なお退かなかった。あれは――何かを背負った者の、戦い方だ。


 俺は起き上がった。


 徐庶を叩き起こした。


「徐庶。裴牛のことを調べてほしい。あの男がなぜ、黄巾の残党などを、率いていたのか。あの男の過去を」


「過去、ですか」徐庶は、眠そうな目をこすった。「しかし、賊の頭の過去など、調べようが――」


「降った賊の中に、裴牛と長く行動を共にした者が、いるはずだ」俺は言った。「そいつらに聞いてくれ。裴牛が何のために、戦っていたのか」


―――


 三日後徐庶が調べてきた話は、俺の予想を、超えていた。


「裴牛には、村があったそうです」徐庶は、声を落として言った。「もとは、北の小さな村の出。黄巾の乱で、その村が官軍と賊の両方に、踏み荒らされた。田は焼かれ、人は殺され――生き残ったのは、裴牛を含めて、わずか数十人」


「……」


「その数十人を、裴牛は率いていたのです。賊として。略奪をしながら。けれどそれは、生きるためだった。仲間を食わせるためだった。……襄陽を襲ったのも、冬を越すための食糧が、目的だったと」


 徐庶はそこで一度、言葉を切った。


「……話を聞かせてくれた男は、泣いておりました。村が焼かれた夜、裴牛は自分の妻と子を、炎の中に置いてきたそうです。逃げ遅れた村の年寄りと子供を、先に背負って逃がすために。妻子を助けに戻る時がなかった。裴牛はそれから一度も、その話を誰にもしなかった、と」


 俺は、言葉を失った。


 裴牛はただの暴れ者では、なかった。あの男は、生き残った仲間を背負っていた。村を失った、数十人の命を。


 力こそすべて、と嗤ったのは――そう、信じなければ、仲間を、率いてこられなかったからだ。弱さを、見せれば、群れは、崩れる。だから強くあり続けた。誰よりも強く。


「その仲間たちは、今」


「降った後、子徹どのが与えた働き口で、暮らしております」徐庶は言った。「皆、裴牛のことを案じておりました。頭領はどうなるのか、と」


 俺の頭の中で、鍵が回る音がした。


 裴牛の興味スイッチ。それは、力ではない。


 仲間だ。


 あの男が本当に守りたかったもの。それは、自分の強さでも、誇りでもない。生き残った、仲間の命だ。


―――


 翌朝俺は再び蔵を、訪れた。


 今度は、一人ではなかった。


 俺の後ろには、十数人の男たちが続いていた。みな、もとは裴牛の配下だった者たちだ。降った後、宜城の水路を掘り、町で、働き、暮らしを、立てはじめた者たち。彼らの顔には、もう賊の、すさんだ影は、なかった。


 蔵の戸を開けると、裴牛が顔を上げた。


 そして男たちを見た。


 裴牛の目が、見開かれた。


「……お前たち」裴牛の声が震えた。「生きて、いたのか」


「頭領!」男の一人が、駆け寄ろうとして、足を、止めた。縄に、縛られた裴牛の姿に、言葉を、失っていた。


「皆、無事だ」俺は言った。「あんたの、仲間は、一人も、欠けていない。今は、町で、田を耕し、家を建て、暮らしている。……あんたが守ろうとした命は、ちゃんと繋がってる」


 裴牛は、男たちを見つめていた。


 その、猛獣の目から、見たことのない、ものが、滲んでいた。


「おれは」裴牛の声はかすれていた。「おれは、こいつらを、冬まで、食わせることが、できなかった。だから襄陽を、襲った。……おれの、せいだ。おれが、弱かったから」


 その言葉に、男たちが、首を、横に振った。


「頭領のせいじゃねえ!」一人が、叫んだ。「あんたがいなけりゃ、おれたちは、とっくに野垂れ死んでた。あの村が焼かれた夜、おれたちをまとめて逃がしてくれたのは、頭領だ」


 裴牛はその声を目を閉じて、聞いていた。閉じた瞼の奥が、震えていた。八尺の巨体の、どこにも、あの決戦のときの猛々しさは、なかった。ただ守れなかったと、悔いる、一人の、男がいた。


「違う」俺は言った。「あんたは、弱くない。村を失って、なお数十人を生かしてきた。それは、力じゃ、できないことだ。誰よりも強い心がなきゃ、できない」


 裴牛が俺を見た。


「あんたが信じてきた『力』ってのは、たぶん本当は、これのことだ」俺は、男たちを指した。「腕っ節じゃない。仲間を生かす、力だ。あんたは、ずっとそれを持ってた。ただ名前を、間違えてただけだ」


―――


 長い沈黙が、あった。


 やがて裴牛は深く頭を、垂れた。縛られた後ろ手のまま。砕かれた膝のまま。八尺の巨体を折り曲げて。


「小僧」裴牛は、絞り出すように言った。「名を聞かせろ」


「李明。字は子徹」


「……子徹どの」裴牛ははじめて俺をそう、呼んだ。「このおれを使ってくれ。おれの、命も、こいつらの、命も。すべて、あんたに預ける」


 胸の奥で、システムが、静かに告げた。


【裴牛 信頼度:12 → 88】


 一足飛びに配下化の、領域。


 力では、屈服しなかった男が仲間の命を、見せられて、自ら、膝を折った。


「縄を解いてやれ」俺は言った。


 張小六が慌てて、縄に手をかけた。砕かれた膝のせいで、裴牛は、すぐには立てない。それでも、自由になった両腕で男たちを抱き寄せた。


 俺は、内心で、システムの数字を、もう一度、確かめた。八十八。配下化の領域に入っている。だが、俺は、すぐに、この男を、戦に使うつもりは、なかった。膝が癒えるには、時がかかる。それに、何より――この男は、戦うために配下になったのではない。仲間を守るために、頭を下げたのだ。ならば、しばらくは仲間とともに、暮らしを立て直させてやればいい。武人としての裴牛が本当に必要になるのは、もっと先だ。


 急がない。劉表に教わったばかりの作法だった。


―――


 裴牛の縄が、解かれた。


 砕かれた膝では、まだ満足に立てない。それでも裴牛は、男たちと肩を抱き合った。八尺の巨体が、震えていた。男たちも、泣いていた。蔵の中に差し込む一筋の光が、その再会を照らしていた。


 俺は、その光景を戸口から眺めていた。


 隣に、いつのまにか、徐庶が立っていた。


「子徹どの」徐庶は感慨深げに言った。「あなたは、また誰も殺さなかった。それどころか、敵の猛将を味方に変えてしまった」


「敵じゃなかったんだよ、最初から」俺は言った。「ただ守りたいものが、ぶつかっただけだ。あの男は仲間を。俺は妹を。……立場が、逆なら、俺が襄陽を、襲ってたかもしれない」


 徐庶はしばらく黙っていた。


 それからぽつりと言った。


「あなたという人は、敵のいちばん柔らかいところを見つけるのが、上手い」


「柔らかいところじゃない」俺は首を振った。「いちばん固いところだよ。あの男が絶対に、譲れない、いちばん固い、芯。そこに触れただけだ」


―――


 だが。


 その感動の余韻が、引かぬうちに。


 俺はひとつ、引っかかっていたことを、裴牛に尋ねた。これだけは、確かめておかなければならなかった。


「裴牛。ひとつ、聞きたい」俺は声を落とした。「あんたたちが、襄陽を襲うとき。誰かが、あんたに襄陽を襲うように、そそのかさなかったか」


 裴牛の顔色が、変わった。


「……なぜ、それを」


 俺の背筋が、冷えた。


 当たってほしくない、推測だった。あの決戦のとき、裴牛の率いる賊は、ただの食い詰めた集団にしては、装備がよすぎた。新しい刀。揃いの矢。あれは、誰かが、用意したものだ。冬を越すための略奪にしては、規模も大きすぎた。


「いた」裴牛は、重い口を開いた。「冬の前に、男が訪ねてきた。商人風の男だ。……襄陽の李家を襲えば、蔵にたんまり米があると。武器も銭も、用意してやると。襲った後のことも、面倒を見てやると」


「その男の名は」


「名乗らなかった」裴牛は、首を振った。「だが別れぎわに、こう言った。『これは、ある御方の、ご意向だ』と」


 ある、御方。


 俺の頭の中で、嫌な予感が形を結びはじめた。


 裴牛たちの襲撃は、偶然ではなかった。誰かが裏で、糸を引いていた。李家を――いや名を、上げはじめた、この俺を潰そうとした、誰かが。


 宜城の件で得をしたのは、俺と欒たちだ。損をしたのは、馬季と――付け届けの旨味を失った、役所だ。


 いや。それだけでは、ない。


 俺が劉表に認められたことを、面白く思わない者が、いるとしたら。


 いや――順番が逆だ。裴牛が襄陽を襲ったのは、俺が劉表に会うより、ずっと前。冬の前のことだ。まだ俺が、ただの商家の次男坊だったころ。あのころの俺を、わざわざ潰そうとする者など、いるはずがない。


 ということは。狙いは、俺ではなかった。最初から。狙われていたのは、李家そのもの。あるいは、李家が商いで関わる、もっと大きな何か。俺はたまたま、その渦のふちに立っていただけかもしれない。


 背筋が、ぞわりとした。敵の輪郭が見えないことほど、恐ろしいものはない。前世の営業でも、いちばん怖い競合は、顔の見える相手ではなかった。どこから来るかわからない、影の相手だった。


「子徹どの」徐庶の声も緊張していた。「これは……」


「ああ」俺は、頷いた。「黄巾は、終わってなかった。終わってたのは、ただの表の戦いだけだ」


 蔵の高い格子窓から差し込む光が、すこし翳った。


 雲が、出てきたらしい。


 俺は、その翳った光を見上げながら、思った。糸は、確かに増えている。劉表、伊籍、そして裴牛。だが――その増えた糸をたぐる、こちらの手元を、誰かが、暗がりから、じっと見ている。


 その視線の主が、誰なのか。


 俺は、まだ知らない。


 だがいずれ、必ず、知ることになる。そしてそのときには――また、誰かを殺さずに済む方法を、探さなければならない。


 やれやれと、俺は、心の中で呟いた。


 平穏は、いつだって嵐の前の静けさだ。それは、前世も今も変わらない。


(第23話・了)


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