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午後。カイは王都の中央区画にある魔術士免許試験場にいた。
準一級魔術士免許の試験は、通常は数ヶ月の準備期間を経て受けるものだった。年に二度しか実施されず、合格率は一割を切る。魔術院の卒業生ですら落ちる試験だった。
だが、臨時受験の制度があった。王立魔術法務団の上席魔術師の推薦があれば、随時受験が認められる。レオンがディアナに一枚の推薦状を書かせ、カイに持たせた。「午後に行って来い。落ちたら帰ってくるな」とだけ言った。
試験は三部構成だった。術式理論の筆記、魔術法規の筆記、外部マナ制御の実技。筆記は昨日の午後に魔術院の図書室で読んだばかりの内容だった。ページが頭の中にそのまま残っている。ペンが止まることはなかった。
実技は、試験官の前で指定された術式を展開する形式だった。カイが術式を展開し終えた時、試験官は何も言わなかった。ただ、手元の採点表に何かを書き込み、それから顔を上げてカイをもう一度見た。
「……これまでの受験者の中で、最速の展開速度です」
「ありがとうございます」
「どこで訓練を?」
「独学です」
試験官はそれ以上聞かなかった。信じていないのか、信じたくないのか。どちらにしても、結果は結果だった。
試験場を出ると、手の中に準一級魔術士免許の認証板があった。カイの名前が刻まれている。他人の名前ではない。初めて、自分の名前で手に入れたものだった。
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夕方
かろうじて法務官としての体裁を整えたカイは本部を出て、王都の西区画を歩いていた。鍋底案件の書類に書かれていた依頼人の住所は、孤児院からそう遠くない場所だった。石畳が途切れ、土の道に変わる。建物が低くなり、壁の塗装が剥がれ始める。王都の東区画とは別の街のようだった。カイにとっては、こちらの方が馴染みのある景色だった。
依頼人の家は、路地の奥にある小さな工房の二階だった。木の階段を上がり、扉を叩いた。
開けたのは、30代半ばの女性だった。疲れた顔をしていたが、目は死んでいなかった。背後から、子供が覗いている。5つか6つの男の子だった。
「王立魔術法務団の者だけど」
カイは書類を見せた。女性の目が少し大きくなった。驚きと、わずかな警戒。
「……中へどうぞ」
狭い部屋だった。テーブルと椅子が二脚。壁に棚があり、工具が並んでいる。魔術具の修理を生業にしている家だった。
女性はカイに椅子を勧め、自分は立ったまま話し始めた。
名前はエルダ。夫を3年前に亡くし、息子と二人で暮らしている。夫が残した工房で魔術具の修理を続けていたが、半年前にグリッツ子爵家と契約を結んだ。子爵家が所有する魔術具の定期整備を請け負う仕事だった。安定した収入が見込めるはずだった。
「最初の3ヶ月は普通だったの。でも、途中から子爵が工房に来るようになって」
エルダの視線が一瞬だけ息子に向いた。男の子はテーブルの下で何かを描いている。聞こえていないことを確かめるように。
「相手をしろと言われた。断ったら、契約を切ると」
カイは黙って聞いていた。
「断った。そうしたら翌日に契約を解除された。それだけじゃない。他の貴族にも手を回されて、どこからも仕事がもらえなくなった」
エルダの声は淡々としていた。泣いてはいなかった。泣く段階はとうに過ぎているのだと、カイにはわかった。
「子爵家の執事に抗議したら、証拠がないと言われた。当たり前よ。二人きりの時にしか言わないんだから」
「訴えようとしたけど、相手は子爵家。誰も引き受けてくれなかった。王立魔術法務団に相談したら、鍋底案件に回されたって。つまり、誰もやりたがらないってことでしょう」
カイは何も言わなかった。否定できなかった。事実だった。
エルダが初めてカイの顔を真っ直ぐに見た。
「助けてくれるの?」
息子がテーブルの陰から顔を出していた。母親の服の裾を握っている。5つか6つの、小さな手だった。
カイはその手を見た。それから、エルダの目を見た。
「やる」
声は短かった。けれど、迷いはなかった。
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工房を出ると、夕暮れの空が橙色に染まっていた。路地の向こうに、孤児院の屋根が見えた。ミーシャがいる建物だった。
カイは懐から仕立屋の紙を取り出した。レオンの仕立屋。王都の中央区画。銀貨3枚で3着の上着を買った自分には、別の世界の場所だった。
紙をもう一度懐にしまい、歩き出した。
まだ何も解決していなかった。ミーシャの治療費も、魔術院を出ていない秘密も、ニコとの縁も。鍋底の中身はこびりついたまま、何一つ剥がれていなかった。
けれど、今日から仕事がある。
カイは夕暮れの王都を歩いた。孤児院の方角へ。




