表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術院を出ていない俺が、王立魔術法務団のエースに拾われて法務官になった件  作者: 御蔭
魔術法務官の条件

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

1-6

 月曜の朝。カイ・レーヴェンは王立魔術法務団本部の正門前に立っていた。


 見上げた。石造りの建物は、カイが知っている王都のどの建物よりも大きかった。門柱には王家の紋章が刻まれ、朝日を受けて金色に光っている。門を出入りする法務官たちは全員が正装で、全員が胸に所属章をつけていた。カイだけが何も持っていなかった。安い麻の上着と、昨日買ったばかりのブーツ。ブーツだけは新しかったが、それ以外のすべてがこの場に合っていなかった。


 中に入ると、広い吹き抜けのロビーが広がっていた。磨き上げられた石の床に、自分の靴音だけが場違いに響く。天井は三階分の高さがあり、壁には歴代の筆頭法務官の肖像画が並んでいた。カイはそれを一枚ずつ見ながら歩いた。いつかここに自分の顔が並ぶとは、思っていなかった。ただ、ミーシャの治療費のことだけが頭にあった。


 受付で名前を告げた。制服を着た受付の法務官が名簿を繰り、眉をひそめた。


「該当する名前がありませんが」


「レオン・ヴァルクの部下として来たんだけど」


「レオン上席の……少々お待ちください」


 受付が困惑した顔で名簿を確認し直している時、後ろから声がかかった。


「レオンの新しい部下?」


 振り返ると、黒髪を肩で切り揃えた女性が立っていた。補佐官の制服をきちんと着こなし、背筋がまっすぐ伸びている。落ち着いた目元と、有能さが滲む佇まい。カイより二、三歳年上に見えた。


「……そう、だと思う」


「思う?」


「月曜に来いって言われたから」


 女性はカイの顔を見て、次に服を見て、もう一度顔に戻った。何かを判断したようだった。


「ミシェル・ヴェルデ。補佐官よ。案内するわ」


 歩き出したミシェルの後を、カイが追った。半歩後ろからミシェルの横顔を見た。切り揃えた黒髪、落ち着いた目元、背筋の伸びた歩き方。きれいな人だった。


「あのさ」


「何?」


「案内してくれるついでに、今夜の食事でもどう?」


 ミシェルは足を止めなかった。振り返りもしなかった。


「ここに来る男は全員が王立魔術院卒で、全員がそれだけで口説いてくるの。慣れてるわ」


「俺は口説いてない。感謝を示そうとしてる」


「初日に示す必要はないわ。ただの補佐官だからって、あなたの肩書に尻を振るなんて大間違いよ」


 カイの足が止まった。


「……あぁ、ごめん。確かに下心があった」


「でしょ? メモを取りながら聞いて」


 ミシェルは振り返りもせず、歩き出した。廊下を進みながら、早口だが正確に説明を始めた。上席法務官の執務室は3階の東棟、殿下の執務室は4階の中央、資料室は2階の南棟。案件の報告書は二部作成し、一部は担当上席に、一部は補佐官経由で殿下に提出する。新人が最初に覚えるべき手順と場所。


 2階の廊下を通り過ぎる時、向かい合わせの二つの扉が目に入った。片方には「魔術士免許発行室」、もう片方には「免許剥奪審査室」と刻まれている。


「免許を発行する部屋と剥奪する部屋が向かい合わせって、笑えるな」


「笑えないわ。片方から出てきた人が、そのまま向かいに入ることもあるの」


 カイは口を閉じた。


「それと、一つ伝えておくことがあるわ」


 ミシェルが歩きながら言った。


「あなたの直属の上司はレオンだけど、新人の指導はヴィクトル上席が担当してる。彼の指示にも従うように」


「ヴィクトル?」


「ヴィクトル・ゼーリヒ。レオンとは同格の上席法務官よ。教え方は厳しいけど、それは仕事に本気だから」


 カイは頷いた。同格の上席が二人。片方に雇われて、もう片方に指導される。面倒な構造だと思った。


 廊下の角を曲がった時、ミシェルが足を止めた。


「ここからは東棟。レオンの執務室は突き当たり。資料室に用がある時は——」


「2階の南棟、階段を降りて左。報告書の書式は資料室の棚の三段目。あと、補佐官の執務室は殿下の隣の小部屋で、急ぎの案件は補佐官に直接持ち込んでいいけど、通常案件は書類棚に入れておく。さっき説明してくれた通りだろ?」


 ミシェルの足が完全に止まった。振り返った。


「……一度で全部覚えたの?」


「忘れる方が難しい」


 ミシェルの目が少し大きくなった。それから、半拍遅れて眉が寄った。


「……自慢する人は好かれないわよ」


「自慢じゃない。事実だ」


 ミシェルはカイを見つめた。2秒ほど。それから、小さく笑った。笑い方に嫌味はなかった。


「面白い人ね」


 ---


 レオンの執務室に着くと、レオンはいなかった。ディアナだけがデスクの脇に立ち、書類を整理していた。


「座って待ってなさい」


「レオンは?」


「今、殿下に呼ばれてるわ」


 カイは執務室を見回した。広くはないが、整理されている部屋ではなかった。書類が積まれたデスク、壁に貼られた案件の覚書、隅に放り投げられた外套。レオンという男の輪郭が、部屋にそのまま表れていた。


 椅子に座って待った。ディアナは書類を整理しながら、カイに一言も話しかけなかった。話しかける必要がないと判断しているのか、話しかける気がないのか。どちらにしても、この女性がレオンの傍にいる理由はわかった。余計なことをしない人間だった。


 しばらくして、四階の方から声が漏れ聞こえた。壁越しだったが、空気の震えでわかった。穏やかな声ではなかった。


 ディアナの手が一瞬だけ止まった。それからまた書類に戻った。


 ---


【セレナの執務室】


 レオンが入った時、セレナは書類を手にしていた。窓辺ではなくデスクについている。顔が硬かった。


「アルシュ伯爵から抗議が来たわ」


 レオンは扉を閉めた。セレナの目が書類に落ちたままだった。


「調査報告書は偽物だったそうね。始末書は撤回された」


「結果は出ただろう。伯爵は認めた」


「認めさせたのよ。詐術で。王宮に正式な抗議文が届いてる」


 セレナが書類をデスクに置いた。紙がテーブルに触れる音が、静かな部屋に響いた。


「筆頭の話はなしよ」


 レオンの顎が引かれた。奥歯を噛み合わせた音が、自分の頭蓋骨の中だけに響いた。


「……殿下。俺を拾ってくれた恩がなければ、今日ここを出ていくところだ」


 セレナがようやく顔を上げた。目が冷たかった。穏やかさが消えた目だった。


「私はいま、あなたを空に打ち上げたい気分よ。それに、出ていくのなら、法務官免許の剥奪を申請するわ」


 沈黙が落ちた。レオンは何も言えなかった。言い返す言葉があったかもしれない。けれど、セレナの目がそれを許さなかった。


「下がりなさい」


 レオンは一礼もせずに、部屋を出た。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ