冒険者編⑯
湖のほとり。
焚き火の火が、ぱちぱちと小さく弾けていた。
月明かりが湖を照らし、滝の音が静かに夜へ溶けていく。
本来なら、山の夜は冷える。
だが今夜は不思議と寒くなかった。
空気は澄んでいて、どこか柔らかい。
天使がいた場所には、まだ小さな花が咲いている。
その光景が、まるで夢の続きを見ているようだった。
しかし――
三人は眠れなかった。
アルマは仰向けに寝転び、空を見上げている。
ノエルは焚き火の近くで膝を抱え、レオナは紅茶をゆっくり飲んでいた。
静かな夜だが心は落ち着いていない。
アルマがぽつりと言う
「……すっごいいい匂いがした気がする」
腕を頭の後ろで組みながら言う
「花っつーか……春の匂いっつーか……」
ノエルがすぐに反応した
「わかる!」
身を乗り出す
「声めっちゃ綺麗だった!」
「歌、ずっと聞いてたいくらいだった!」
レオナも静かに頷いた。
カップを置く
「見た目も……」
「100点満点すぎました……」
アルマが苦笑する
「歩いただけで花が咲くとか」
湖のほうを見る
「どういう状況なんだよ」
三人はしばらく黙った。
焚き火の音、滝の音、虫の声。
それだけが聞こえる。
レオナが小さく言う
「……不思議ですね」
花を見つめる
「この湖」
湖面を見上げると月が揺れている
「自然に受け入れられている……」
少し言葉を探す
「歓迎されているようにも思えますね」
ノエルが頷く
「うん」
そして少し考えてから言った
「これさぁ」
「ギルドに報告したら絶対面倒なことになるやつだよねぇ」
アルマもすぐに想像できた
「あー……」
「なるな」
ノエルが続ける
「天使が出る湖!」
声を変えて大げさに言う
「とか言って噂広がってさ」
「観光地になってさ」
「人いっぱい来てさ」
レオナが小さくため息をつく
「この湖が好き」
天使の言葉を思い出す
「そう言ってましたからね」
湖を見渡すと今は静かだ
「天使見たさに観光地化してしまうかもしれません」
アルマが眉をひそめる
「それは……」
湖を見つめる
「なんか違うな」
「んなことなったら」
「湖汚れたりしてさ」
焚き火の火を見つめながら言う
「天使さんも気軽に遊びにこれなくなっちゃうだろ」
少し考えて言った
「俺たちだけの秘密にしない?」
ノエルが即答する
「さんせーい!」
「絶対その方がいい!」
レオナも静かに頷いた
「それが良さそうですね」
そして少し苦笑する
「特に神殿なんかは」
昼間の出来事を思い出す
「鼻息荒くして来そうですし」
アルマが笑う
「確かにな」
ノエルもくすっと笑う。
焚き火の火がゆらめく。
湖の上には月。
そして――
小さな花。
三人だけの秘密。
天使と出会った湖。
静かな夜は、ゆっくりと更けていった。
---
焚き火は、いつの間にか小さな炭だけになっていた。
夜の会話の途中で――
三人はそのまま眠ってしまったらしい。
湖のほとり、静かな夜、滝の音。
それらに包まれて、自然と意識が落ちていた。
---
鳥の声が聞こえる。
朝の光が、ゆっくりと山を照らしていた。
アルマが先に目を覚ました。
目を細める
「……ん」
体を起こすとすぐ横で、ノエルとレオナも同時に目を覚ました。
三人はしばらくぼんやりする。
そして――
湖を見る。
昨日の夜、神秘的な光景だった湖
だが今は【まったく違う顔】を見せていた。
朝の光、青い空。
湖は透明な青色に輝いている。
水面には風がわずかに波紋を作っていた。
山の緑、岩肌、流れ落ちる小さな滝。
そのすべてが、くっきりと見える。
夜の神秘とは違う――
**壮大な自然の美しさ**
ノエルがぽつりと言う
「明るいときも綺麗だね」
アルマも頷く
「だな」
湖の岸辺では、小さな鹿が水を飲んでいる。
鳥が枝から枝へ飛び移る。
さらに遠くでは――
オオカミ型の魔獣も水を飲んでいた。
だがこちらに敵意は見せない。
ただ水を飲み、森へ戻っていく。
レオナが静かにその様子を見ていた
「……」
そして小さく言う
「命の営みを感じます」
動物・魔獣・鳥。
すべてが自然の中で生きている。
アルマも腕を組んでそれを見る
「魔獣も」
「襲いかかって来る気配もないし……」
ノエルが笑う
「お腹空いてないからとか?」
アルマが吹き出す
「そんな理由かよ」
レオナもくすっと笑った
「案外、そういうものかもしれませんね」
三人はしばらく湖を見ていた。
夜の神秘。朝の自然。
同じ場所なのに、まったく違う景色だった。
やがてアルマが立ち上がる
「よし」
「帰るか」
ノエルも立つ
「うん」
レオナも荷物をまとめる。
焚き火の跡を消す。
ゴミは残さない。
湖は静かなまま残していく。
三人は最後に湖をもう一度見る。
昨日の夜、天使が立っていた場所。
そこにはまだ、小さな花が咲いていた。
レオナが小さく微笑む
「……」
何も言わない。
それでいい気がした。
アルマが山道へ歩き出す
「さ、帰ろう」
ノエルがその後ろをついていく
「ギルドで報告して」
「お金もらって」
「ご飯!」
アルマが笑う
「それだな」
レオナも二人の後ろを歩く。
トリニティの三人は、山を下り始めた。
湖は静かに輝いていた。
---
王都・冒険者ギルド。
昼過ぎの時間、ギルドの中はほどよく賑わっていた。
昼の依頼を終えた冒険者たちが戻り、報告をしている。
アルマたちもその流れの中でカウンターへ歩いていった。
アルマが袋をドンと置く
「鉱石取ってきたぞー!」
受付の女性が袋を受け取る。
中身を確認する。
鉱石の色、質、量。
ひとつずつ丁寧に見ていく。
やがて頷いた
「確認しました」
帳簿に記入する
「トリニティ様」
少し顔を上げる
「魔力異常調査の依頼が来ていますが、受けますか?」
その言葉に三人の空気がわずかに変わった。
アルマが眉を上げる
「……場所は?」
受付が地図を取り出し机の上に広げた。
指を一点に置く
「王都より少々離れた場所」
細い渓谷の印
「切り立った渓谷にある旧神殿です」
レオナの目がわずかに細くなる。
ノエルがアルマを見る
「……どうする?」
アルマは少し考えて言った
「いく」
迷いはない。
受付はすぐに頷いた
「依頼、受付けました」
書類に印を押す
「お気を付けて行ってらっしゃいませ」
三人はギルドを出た。
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王都の通り。
人の流れ、商人の声。
だが三人は少し静かだった。
しばらく歩いてからレオナがアルマを見る。
少し真面目な顔
「アルマ」
アルマがちらっと見る
「ん?」
レオナはゆっくり言う
「わかっていますね?」
声は静かだが、はっきりしていた。
アルマはすぐ理解した
「うん」
「戦わない」
レオナは小さく頷く。
ノエルも息を吐く
「うん」
「調査だけ」
アルマが肩を回す
「今回は様子見だ」
少し空を見上げる
「巨躯みたいなの出てきたら」
「全力で逃げる」
ノエルが笑う
「それがいい」
レオナも同意する
「無理をする必要はありません」
三人は南門へ向かって歩き始めた。
新しい依頼。
魔力異常。
【旧神殿】
風が少し強く吹いた。




