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冒険者編⑮

湖のほとり。

月光の中、三人の前に立つ存在。


それは確かに――**天使**だった。

アルマはしばらく固まっていたが、ようやく我に返る

「あ……こ、こんばんは」


普段の豪快な声ではない。

少し裏返っている。

天使は柔らかく首をかしげた。

長い金色の髪がさらりと揺れる

「邪魔してしまいましたか……?」


声は優しく、透き通っていた。

まるで水の上に落ちる光のように、静かに耳へ届く。

ノエルがぶんぶんと首を振る

「いえいえいえいえ!!!」


「とんでもない!です!」


天使はふっと微笑む

「それなら良かったです」


その笑顔は穏やかで、見ているだけで胸が静かになるような不思議な感覚があった。


その時、レオナの頭の中は大混乱だった

(待ってください)


(落ち着いてください)


(冷静に考えましょう)


理性的な思考が必死に状況を整理しようとする

(天使なんて存在は――)


否定しようとして目の前の光景を見る。

月光、白い翼、金色の輪。

湖の上に立つ存在

(……います)


(目の前に)


(います)


(え?)


(どういうことですか……?)


普段冷静な彼女の思考が珍しく完全に混乱していた。

それでもなんとか言葉を絞り出す

「あの……」


少し緊張した声

「失礼ですが……」


「天使様……ですか?」


天使はにこっと笑った。

迷いも誤魔化しもない笑顔

「はい」


小さく頷く

「天使ですよ」


そう言うと、翼をふわりと羽ばたかせた。

真っ白な羽が数枚、ふわりと舞う。

月光を受けてその羽は淡く光り始める。

そして――


ゆっくりと空中で溶けるように消えていった。

まるで光そのものだった。


アルマも、ノエルも、レオナも。

ただ見つめるしかない。

言葉が出ない。

空気そのものが少し神聖になったような気がする。

アルマがぽつりと呟く

「……すげぇ……」


それしか言えない。

天使はくすっと小さく笑う。


そして三人を見る。

目は閉じているけれど、確かに彼らを見ているのが分かった

「皆様は」


優しい声

「こちらで何を?」


「野営ですか?」


アルマが答える

「あ、ああはい」


「依頼の帰りでさ」


「ちょうど暗くなったから、ここで野営しようと思ってたんだ」


ノエルも続く

「私たち冒険者なんです!」


少し誇らしそうだ

「トリニティってパーティーで!」


天使は興味深そうに頷いた

「そうなのですね」


その言い方は、まるで人間の営みを優しく見守っているようだった。

レオナも少し落ち着きを取り戻す

「本日は鉱石採取の依頼でした」


「帰り道にこの湖を見つけまして」


天使は湖をちらりと見る。

月光が水面に揺れている

「ここは」


「とても美しい場所でしょう?」


ノエルがすぐ頷く

「はい!」


目が輝いている

「すっごく綺麗です!」


天使は少し嬉しそうに微笑んだ

「良かった」


その声には、ほんの少し安心したような響きがあった。

湖の水・月の光・滝の音・天使。


その空間は、まるで世界のどこにも属していないような静かな神聖さに包まれていた。


しばらくの間、四人はその湖のほとりで静かな雑談を交わしていた。

湖の水面は、静かに月を映している。

滝の音だけが、遠くで柔らかく響いている。


天使は湖の上に立ったまま、夜空を見上げていた。

そして穏やかに言う

「私は、美しいものが好きでして」


その声は、湖の水面に落ちる月光のように静かだった

「ここは」


「風のない満月の夜は最高なんです」


三人は思わず湖を見る。

確かに――


風がない。

水面は鏡のように静まり返っている。

月は丸く、空の中心に浮かんでいる。

ノエルは素直に頷いた

「たしかに……」


アルマも小さく呟く

「めちゃくちゃ綺麗だな……」


だがレオナの思考は別の方向へ走っていた

(……いや)


(待ってください)


頭の中で理性が働き始める

(思考が追いつきません)


彼女は天使の言葉を反芻する

(風のない満月の夜)


満月。


それは日付で予測できるが――

(風がないって)


(現地に来ないとわかりませんよね?)


レオナはゆっくり天使を見る。

その存在は湖の上で穏やかに微笑んでいる

(……なんで)


(この天使様は分かっているんですか?)


理解の枠を越えていた。

人間の理屈が通じない。

だがその疑問を口に出す前に――

天使が小さく空を見上げた

「あら」


少し残念そうな声で

「そろそろ帰らねばなりません」


ノエルが思わず声を出す

「えっ」


アルマも少し驚いた

「もう?」


天使は三人を見た。

優しい微笑み

「あなた達の旅のご無事を」


少しだけ翼を広げ

「お祈りしていますね」


にこっと笑う。

その仕草はとても自然で――

まるで昔から彼らを知っているかのようだった。


そして天使が手をふわっと動かすと眩しい光が広がった。

月の光とは違う暖かな光。

まるで春の朝日を凝縮したような柔らかい光だった。


三人は思わず目を細める。

光が湖の上に広がる。

そして――


消えた。


そこにはもう。


**天使はいなかった**


静かな湖。


月の光。


滝の音。


さっきまでの出来事が夢のようだった。

でも夢ではない。


天使が立っていた場所、湖の岸辺。

そこに――


小さな花が咲いていた。

月光の中で、淡く輝いている。

アルマはしばらく動かなかった。


ただぼーっと天使がいた場所を見つめている。

まるで魂が置いていかれたみたいだった。

ノエルがぽつりと呟く

「……なんか」


腕をさする

「山なのに寒くないね……」


夜の山は普通なら冷えるはずだった。

しかし湖の空気は、どこか柔らかい

「天使様の……」


「加護か何かなのかな……」


アルマはまだ湖を見ている

「ああ……」


「かもしれねぇな……」


レオナはしゃがんだ。

天使が消えた場所。

そこに咲く花を見つめる。

小さな白い花。

月光を受けて、淡く光っている。

そっと触れる。


花は本物だった。

暖かい。


レオナは静かに言った

「この時期に咲く花ではないようです」


指先に残る感触。

魔力のようなものは感じない。

だが――


確かに存在している。

レオナは小さく息を吐いた

「理解が……追いつきません……」


湖の上には、ただ月が揺れているだけだった。

だが三人の胸には、確かに残っていた。


**天使と出会った夜**


それは、夢でも幻でもない出来事だった。


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