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青春!探偵!ひとだすけ部!  作者: 北極鳥ユキ
第Ⅴ話「事件の始まり」
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Part34「雨の足音」

 正多は自室の様子を確認するため、伏見と共にアパートに向かった。


「うわ、こりゃひどいですね」


 思わず伏見が声を上げた。

 アパートの外廊下にある手すりはグニャリと歪んでいた。バールか何かでこじ開けられた部屋の扉も半開きのままで放置されている。警察が大層な突入をしたことが分かる惨状だ。

 扉には規制線が貼られていて、部屋の内外を制服警官と、修理業者がひっきりなしに出入りしている。


 その警官が言うには、突入時に破ったガラスの回収が終わっていないとのことで、正多はまだ部屋の中に入ることができなかった。そのうえ、どのぐらい室内が荒れているのかと覗き込もうとしたのだが、それすらも警官の体で阻まれる有様だった。


 ただ、荷物は好きに持って行ってもいいとのことだったので、その警官に頼んで財布などを回収してもらった。しかし、デバイスだけは探してもどこにもないと言われてしまった。

 そんな訳ない。だって、枕元にあるはずだ。そう訴えて室内を改めて探してもらったが見つからず、問い合わせてみたが警察に押収された訳でもないそうで、結局見つからないままだった。


 警察と業者の驚くべき手際の良さで翌日には、部屋の片付けと修理は終わり、部屋に戻れることになった。その日の夕食はシュミットの家で取り、二人の付き添いを受けながらアパートに向かった。


「正多くん、まだ戻らなくてもいいんじゃないですか……?」


 伏見はアパートに着いてもなお正多のことを引き留めた。

 なぜ部屋に警察の特殊部隊が突入してきたのかは、やっぱり『間違い』以上の説明を得られぬままだったので、彼女の心配する気持ちは十分に分かる。しかし、これ以上シュミットに迷惑をかける訳にもいかないので、正多は部屋に戻ることを選んでいた。


 シュミットは正多から伏見の体を引きはがすと、彼の耳元で小さくささやいた。


「私服警官が近くを見張ってるから、何かあったら頼りなさい。それが無理そうならすぐに僕か伏見に連絡するんだ。いいね?」


 正多はコクリと頷いて答える。自分が明らかに何か大きな事に巻き込まれていて、それを隠されていることぐらい分かっていたが、具体的なところが何もハッキリとしないので、ずっと気持ちの悪い感じを拭えなかった。

 それでもこのシュミットの言葉で、頼れる誰かがいることを知って、幾分かは気持ちが楽になっていた。


 久しぶりの自室は、まるで何事もなかったかのようだった。

 壊れた扉は新品と取り換えられていた。それ以外は何が壊され、どのように荒れていたのかは一切判別が付かなかった。突入時に割られたという窓ガラスも確認してみても前と同じように見えた。

 警察の後片付けというのは、意外と丁寧な仕事を心掛けているらしい。


 ベッドに座って腰を落ち着かせると、なんだか少しだけ寂しさが襲ってきて、正多は自分事ながらに驚いた。

 まさか伏見のにぎやかさが恋しくなる日が来るなんて。


 ぽつり、ぽつり。


 静かな部屋に外からの雨音が微かに響いた。

 その音につられるように、正多はカーテンを少し開けて様子を伺う。帰宅してすぐに降り始めた雨は、徐々にその勢いを増していた。


 そんな時だった。

 ピンポン、と軽やかなチャイムが部屋に響いたのだ。

 警察か、それとも先生か伏見さんだろうか。家に何か忘れ物でもしたかな、と正多はインターホンのモニターをのぞき込む。


 画面の向こうにいたのはロッテだった。

 外の雨脚がだんだん強まってきたので、とりあえずロッテを玄関の中にいれる。


「セータ君……よかった、無事で」


 その口ぶりからして連絡を取っていなかったのに事情を知っているようだった。

 そもそも、教えた覚えがないのに、なぜ住所や部屋番号を知っているのだろう。

 疑問は多くあったが、そんなことを聞く余裕はなかった。


「本当に……よかった」


 堪えられなくなったように言うと一歩近づいてきて……ぎゅっと抱きしめられた。


「ろ、ロッテ……?」

「ごめん、ごめんね……。でも、セータ君の顔を見たら、安心して……」


 耳元ではロッテの息遣いが聞こえてくる。

 正多はどうしたらよいのか分からず、腕を広げたままの姿勢になる。

 こんな風に異性に抱きしめられたのは初めてだった。


 暖かくって柔らかい、不思議な感触に包まれる。ふわりと女性らしい甘い香りがする。密着した服越しにロッテの体温を感じて、心臓がどくりと脈打った。鼓動が速くなり体がじんじんと火照る。もし許されるのなら、ずっとこのままでいたい。


 混乱、興奮、罪悪感、優越感、庇護欲。あらゆる感情が押し寄せてくる。


 そんな正多をよそに、落ち着いてきたロッテは顔を上げた。彼女の細い腕がほどけて体の距離が離れると、その体温が恋しくなった。


「びっくりさせちゃったよね……。でも、その、セータ君に何かあったことを聞いて、それでずっと心配で……」


 ロッテは赤くした目元を拭って、何とか平然を装おうとしているようだった。


「ごめんね。えと、それでわたし、これを届けに来たの」


 そういって、ポケットの中から一台のデバイスを取り出す。

 正多のデバイスだった。


「これね、学校で拾ったの。それで、届けようと思ってたら、セータ君の話を聞いて……」

「そうだったんだ。心配かけてごめん」

「ううん、大丈夫だから。わたしは大丈夫。じゃぁ、これで……」


 ロッテはくるりと背を向けてドアノブに手をかけたままの姿勢で固まる。


「あ、あのね、その……今まで色々ありがとう。わたし、セータ君に会えてよかった」


 その言葉は、まるで今生の別れを前にした時のようだった。突然のことに、自分でもまさかと思いながらも、嫌な予感がする。正体不明の点と点が繋がって、恐ろしい結果に導こうとしているような、そんな予感がする。


 正多は思わず「ロッテ」と名前を呼んで引き留めた。


「その……また明日」


 月曜になればまた学校がある。

 朝になれば、またいつも通り一緒に登校できる。

 何ら特別なことなんてない日常が続く。

 その確証が欲しくて、安心したくて、確認するように言った。

 ロッテは振り返らなかった。


「さよなら」


 一言を残して、外に飛び出す。


 扉が閉じてしまう前に、正多も素足のままで飛び出していた。


 外に出ると、ぴしゃぴしゃと音を立てて雨が降りしきっている。

 アパート二階の廊下からは階段を下ったばかりの背中が見えた。

 ロッテは道に停めてある黒いSUVに向かっていた。車の運転席から人が降りてくるのが見える。前と同じ高そうな背広を着こなす長身瘦躯の若い男。イケメンというよりはハンサムという言葉が似合う顔立ちで、栗毛の髪が雨に濡れて垂れていた。

 水も滴るなんとやら。少し崩れた髪型も端正な顔の前では様になっている。


 ぴしゃり、と雨粒が落ちる。


 男はロッテに近づくと、自分のジャケットをかけて雨を避けさせた。二人は寄り添って歩く。男は後部座席のドアを開けて、ロッテをエスコートするように乗せた。

 水たまりを撥ねながら車が走り去る。

 赤いライトの輝きが夜雨の中にじんわりと溶ける。

 正多は立ち尽くして、その様子をただ呆然と眺めていた。


 ぴしゃり、と水が流れ落ちる。


 やっぱりそうだ。


 ロッテに釣り合うのはああいう男であって、平凡な高校生などではない。

 そんなことなど最初から分かっていたはずなのに、知りたくなかった。


 ロッテとはただの友達で、そこから進展させるようなことを何もしてこなかったのに。自分は特別だと、自信過剰な勘違いをしていただけなのに。いざ目にすると、溢れてくるのは劣等感ばかり。ロッテの隣に立つあの男に、どうしようもなく嫉妬してしまう。


 そして何よりも、突然の別れの悲しさよりも、眼前に迫る嫉妬のことばかり考える自分の醜さがとにかく嫌になって、どうしようもなく涙が溢れてきた。


 ぴしゃり、ぴしゃり、ぴしゃり。


 雨音がやけにうるさい。


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