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青春!探偵!ひとだすけ部!  作者: 北極鳥ユキ
第Ⅴ話「事件の始まり」
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Part35「史家の決意」

 正多から電話がかかってきたのは、日曜の夜だった。


「──は? なんだって?」


 布団の上であぐらをかきながら電話に出た史家は、思わず困惑の声を漏らす。

 何もかも突然のことで、正多の言っていることを飲み込むのに、やや時間を要した。電話越しの声はかすれていた。泣いた後なのだろう。息もやや乱れているのが分かる。


 史家が知る限り、波木正多は、感情をそれほど大げさに出すタイプではない。

 呆れとか、困惑とかそういう基本的な感情は出すけれど、それこそ涙みたいな、自分の弱みになるような姿は決してさらさない。つまるところ、強がりさんなのだ。

 そんな奴が泣きながら電話をかけてきているのだから、これはただ事ではないと、すぐに理解できた。


「だから……だから、ロッテがどこかに行くかもしれないんだ。でも、でも、どうしたらいいのか分からなくて……」


 史家は眉をひそめた。あるある展開──ヒロインの転校騒動にしたって今は四月の下旬で、まだ二人が転校してきてからまだ一か月と経っていない。流石に早すぎるというものだ。


「本当なのか。何か確証は」

「嫌な予感がするんだ。連絡も付かないし、帰国しちゃうんじゃないかって……」

「そうか。心配だな」


 史家は、ロッテが唐突に別れを告げてどこかに行ってしまうようには思えなかった。彼女は学校に馴染んでいたし、正多のことだってかなり好意的に思っていたはずだ。ということは、本人にはコントロールできない事情──例えば親や家族の事情があったのではないか、と推測できる。


「もし仮にそうだとしたら、追いかけないとな」

「追いかける?」

「え、あ、え? 追いかけないの? この流れで?」


 正多の不意を突かれたような声に、史家の方まで、あっけに取られた。


 どう考えてもこれはアレだ。

 ヒロインを追いかけるラブコメのクライマックスでは擦りつくされたぐらい定番のアレ。

 ていうか、逆にこの流れで追いかけない奴いるか? ラブコメが百作品あったら、百作品の主人公がヒロインを追いかけるために孤軍奮闘するだろう。

 追いかけなかったら、それはそれで前代未聞だ。


「どこに行けばいいか分からない。何か聞いたわけじゃないし」

「だとしても、上手いこと探し出すんだよ。ドイツに帰るんだろ? だったら空港なり、駅なり、港なり、そういう場所に走っていってさ、それで『まってくれ!』って、引き留めるんだ」


 あるある展開だけど、現実にそうなった際に、どうすればよいのか分からないのは史家も同じだった。何か応用できないかと思い、漫画の内容を思い出してみる……。


「あっ、よし、決めたぞ。明日の朝一番にシュミット先生を問い詰めに行こう。転校とかでどこかに行くんだったら、担任の先生なら流石に知っているはずだ。んで、分かったら追いかける。いいか、追いかけるんだ」


 大事な事なので念押ししておいた。


「追いかけていいのか」

「はぁ?」

「だって、俺なんかが……」


 少し呆れながらも、史家はこれを何とかするのが自分の役割だと思った。

 本当は勝手に決めて、勝手に追いかけに行って、気が付いたら付き合っているぐらいの展開でいいと思う。ラブコメなら、だいたいそうだろう。周りの友人は蚊帳の外で、世界は主人公とヒロインだけで回っていく。そういうものだ。


 でもまあ、世の中そう上手く言う訳じゃないから、背中を押す友人枠だって必要だ。


「それでも会いたいんだろ? お前は」

「会いたいさ! でも、俺には不釣り合いなんだよ。平凡で、何の才能も無い俺は、あの子の隣に居るなんて無理だ。前に言ってただろ、分不相応だって。その通りだよ」

「なんでお前は、ロッテちゃんがどこかに行くって気が付いた? 俺は全く何も知らなかったんだぞ? この役割はお前にしかできない。ヒロインを、追いかけに行けるのはお前だけだ。だって、お前とロッテちゃんは……」


「違う!」


 正多は強い口調で割り込んできた。


「俺は……違う。そんなんじゃない。ロッテにとって俺は、何でもないただの友達だ……。平凡な俺は、ロッテの隣に居ちゃいけないんだ」


 荒い呼吸を整えながら続ける。


「それに、何かが起きてるんだ。たぶん、大きな事が」


 誇大妄想か、あるいは被害妄想ともいえる彼の言葉に、史家は思わず眉をひそめた。正多の言い分はあまりに突飛で、彼の過剰な心配の生んだ幻影にしか思えなかった。

 しかし、多少は彼の言い分が分からない訳でもない。意中の相手から急に「さよなら」を言われるなんて、思春期男子からすれば、それは世界の終わりにだって等しいのだ。


「何かってなんだよ」

「分からない。でも、ロッテがそれに関わってるんだ。さよならだって、きっとそのせいだ」

「あぁ……そうか」

「たぶん、それは平凡な高校生なんかが関わっちゃいけないことで、俺にロッテを引き留める資格なんてないんだよ……」


 正多の言い分は、相変わらず突飛なものだった。

 まるで数年前に再人気(リブレーク)を果たしたセカイ系小説みたいな話だ。まあ、あれはフィクションであって、普通に考えればそんなこと現実には起こりえない。いくら金髪碧眼の美少女とかいうフィクション属性があったとしても、まさか彼女の存在が世界の運命を握っているとは思えない。


 彼は余程興奮していて、冷静さを欠いているのだろう。


 史家はゆっくりとした口調で、正多に落ち着くように促した。


「落ち着けって。引き留めるのに資格の有無なんて関係ないさ。そもそも、漫画の主人公ってのは平凡なパターンの方が多いだろ? 大抵はそこから成長してくパターンでさ──」


「俺は主人公なんかじゃない!」


 またしても、正多の強い言葉が割り込んできた。


「俺は……俺は、何の才能も無い人間だ。天才とか呼ばれてるお前とは違う。どうせ俺の気持ちなんて分からないだろ。誰かに憧れて、見苦しく嫉妬して、どれだけ伸ばしても手が届かなくて、それで、苦しいって感じたことなんてないだろ!」

「いま俺の話は関係ないだろ! 俺のことなんて何も知らないくせに!」


 まともに話を聞いてくれない正多の態度にイライラしてきたところに、急に矛先が向いて来たものだから、史家はカチンと頭にきて、ついつい強い口調で言ってしまった。


「このバカ! あほ! あんぽんたん! 朴念仁! んな風だから、ロッテちゃんがどっか行くんだろうが!」


 ぷつり、と通話はそこで途切れた。


 しんとした部屋で、史家は一人ため息をつく。

 今のは流石に言い過ぎた。心の弱っている正多には余りにも過剰な罵倒だった。


 少しすると、再び電話がかかって来たので慌てて通話に出る。

 言い過ぎたって謝ろう。


「すまん正多。頭に血が上った……」

「え?」


 デバイスの向こうから聞こえてきたのは、少女の声だった。


「千崎ミソラだけど」

「あれ? 千崎? 何の用だ、いま忙しいんだよ。……ってか、なんで俺の番号知ってるんだ?」

「ロッテから聞いたの。夜中だし端的にまとめるけど、ロッテが帰国することになったの」

「え? なんだって?」


 驚いてすぐに聞き返す。それはロッテの帰国が正多の妄想ではないことと、何故かそれをミソラが知っていることの二つに対しての驚きだった。


「詳しい事情は明日話すけど、録達にはやってほしいことがあるの」

「なんだよ、藪から棒に」

「もしも波木正多がロッテの帰国を止めようとしたら、それを阻止して欲しい」

「はい? 何言ってるんだ。なんで俺がそんなことしなくちゃいけない」

「勝手な推測だけど、彼はロッテのことが……」

「んなの分かってるって。そこじゃなくって、なんで正多のことを止めなくちゃいけないんだ。どう考えても逆だ。後押しをしてやるべきだろ」

「別に二人の仲を引き裂きたいわけじゃない。ただ、ロッテはすこし不味い状態にあるの。それで、友達の為を想って帰国を決めたのよ。せっかく決心したのに、それを揺らがせるようなことはしたくない」

「お前は何か事情を知ってるんだな? んで、その事情のために正多の気持ちは無視しろと」


 正多との会話を思い出す。

 口ではああ言っていたけど、それは本心じゃないはずだ。だって、正多は泣いていたんだ。心では諦めたくないと思ってるに決まってる。追いかけたいと思っているはず。


「詳しくは言えない。けど、それがみんなのためになるからロッテは選んだの。だからお願い」


 明らかに、ミソラは何かを知っているような口ぶりだった。

 史家は心の中で悪態をつく。

 なんだよ、どいつもこいつも、俺以外の奴らはみんなして、この世界の裏で起きている陰謀劇でも知っているというのか?


 ミソラの話を聞いた史家は、先ほどまでの正多の話がただの誇大妄想ではない気がしてきた。

 どうやら本当に自分の知らぬ世界で何かが起きていて、ロッテがそれに巻き込まれているのだろう。しかし、史家にとってそんなことはどうでも良かった。彼の中で大事なのは、大切な友人である正多とロッテの関係だけだ。


「やだね。俺は正多の背中を押してやる。ロッテちゃんを追いかけさせてやる」

「……そう、分かった。私、ロッテからの手紙を預かってるの。明日、学校で待ってるから正多を連れて来てちょうだい。その時に三人でまた話しましょう」


 通話はそこで一方的に切れた。


 史家は頭をかく。何もかもが急展開すぎて、まだ追いつけていない。

 はてさて、この騒動の中で自分はどう立ち回ったらよいのやらと困り果てる。こんなことなら、セカイ系小説をもっと読んでおくべきだった。こういう時のモブの立ち回り方が、どこかに一つぐらい書いてあるだろうに。


 とにかく、史家には今やるべきことが一つあった。

 メッセージアプリを開いて、正多に手紙の件を知らせるのだ。


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