Part31「邂逅Ⅲ」
ロッテは友達である千崎ミソラに、事情をすべて話すことにした。
なぜ彼女にだけは話すのかと言えば、なんとびっくり仰天。彼女の正体は人気のローカルアイドル『美咲ライカ』だったから。
彼女もまた、自分の正体を隠して普通の高校生を演じていたのだ。きっと秘密を抱えている人間であれば、この複雑な事情を理解してくれるはず。
ただ問題が一つあるとすれば、シャルロッテ・ブラウンのままでは千崎ミソラに会えても、美咲ライカには会うことが出来ないということだ。上手いことアイドルとしての彼女に接触して、お互いの秘密を交換しなければならない。
「ノエル、お願い。突然帰国したら、きっと友達が心配しちゃう。だから、この子にわたしのメッセージを託したいの」
「それで……このアイドルを利用すると?」
「うん。それにね、彼女、問題を抱えているみたいなの」
美咲ライカこと千崎ミソラは『ラグージ・エンターテインメント・プロダクション』という芸能事務所に所属していた。
この事務所、少々問題があるそうだ。なんでもマフィアのような組織が元締めになっていて、色々と口出しをしているらしい。しかも、所属しているアイドルなどに『手』を出されているのに、傍観しているという噂が絶えないらしい。
この事態は友達としては放っておけなかった。そもそも千崎ミソラは前に助けてくれたのだから、あの時の恩返しとして今度はこちらが助けてあげなければ。
「ノイマンが彼女と契約して、ホクシグン? とかいうマフィアから保護してあげるの」
「厄介ごとに首を突っ込んで敵を増やすつもりか?」
「彼女を保護してくれたら、わたしはおとなしく帰国するから。ね、お願い……」
頼み込んだ末に、ノエルは不承不承と言った感じで頷いた。
ロッテが帰国を嫌がっていることは誰よりも知っていたので、せめて心残りは少しでも減らしてやろうという親心からだろう。顔にこそ出さないが、彼はロッテのことを──過去に失った──娘のように大切に思っている。実際、ノイマンを起業した当初、仕事で忙しかった父に代わってロッテの面倒を見ていたのは、他でもないノエルだった。
ロッテは、そのノエルの「傷」を利用したことに罪悪感を感じつつも、今はやるべきことを優先した。さっそく事務所に美咲ライカに仕事があると話して、彼女とそのマネージャーをノイマン・アジア社まで引っ張り出したのだ。
「こんにちは。ミソラちゃん……いや、ライカさん!」
「……ロッテ?」
元気いっぱいに挨拶をしてみる。
千崎ミソラは口をこれでもかと大きく開けて、唖然としていた。
無理もない反応だ。学校で偶然出会って、友達になった外国人の女の子の正体はお嬢様でした……なんて、マンガでもない展開だろう。この状況はいわば『現実はマンガより奇なり』という訳だ。
ロッテはミソラとマネージャーに契約条件について説明した。
間髪入れずに「私はこの契約に賛成です」とマネージャーが声を上げる。
「ミソラ、こんなチャンスはそうない。ノイマン社の保護があるなら、北市軍の奴らだって手出しができない。キミは安全にアイドルを辞められる」
契約はすぐに纏まる。これで仕事は終わり、ここからは個人的なお話だ。
ロッテは帰路に着こうとしていたミソラを捕まえると、社内のカフェテリアがある階層に案内した。ちょうど人の少ない時間なので、静かに話ができそうだ。
コーヒーショップ『アイヒェルブラット』は南ドイツで主流なチェーン店。東アジアにはここしか出店していないので、そういう意味ではすごくレアなお店なのだが、簡単にいうとドイツ版スターバックスなので、日本人のミソラからしても目新しさはないみたいだった。
陣取ったのは日当たりのいい窓側の席。そこからは札幌がずっと小さく見えた。
赤らんだ西日が、二人の少女とカフェテリア全体をじんわりと温かく照らしている。席に着いたロッテは、からからとストローでアイスコーヒーの氷を混ぜながら、自分が抱えている『事情』を話し始めた。
「わたしはある日突然居なくなる。きっと心配するから……だから、その時に全部話してほしいの。帰国せざるを得なくなったことも、わたしの正体も」
「……そんなの、かわいそうだよ。突然居なくなったら、きっと悲しむ」
もちろん、そんなこと分かっていた。でも、他に方法は無かった。
二人には正体を明かしてもいいと考えたこともある。特に波木正多については、それで恩返しの一つでも……と考えたことは一度ならずあった。しかし、結局は恐怖が襲って口にはできなかった。これは千崎ミソラがアイドルという正体を隠しているのと同じだ。
知ってしまえば、関係性が何もかもが変わってしまう。
それは、ほんのちょっとのわがままだった。
彼の前では他の何者でもなく、普通の女の子でありたかったのだ。
ロッテはミソラに波木正多と録達史家のことを紹介した。二人はクラスの中ではあまり友達の多い方ではない。自分が去った後には、せっかくの機会ということで、三人で仲良くなってくれたら嬉しいと思って。




