Part30「邂逅Ⅱ」
ライラック・タワー五十階にある大会議室にはノイマン・アジア社の役員全員と管理職クラスの上級社員、ノエル、そして会長令嬢であるロッテの姿があった。
「そして彼は……アダム=ユリウスと名乗っていました。それと加えて、自分は『欧州解放戦線』の指導者だとも言っていました」
「──つまり、四年前に死んだ、あのアダム=ユリウスが、お嬢様を襲撃したと?」
重役の一人が信じられない、と言った顔で確認する。
ロッテの返事を待たずして、役員の一人が割り込むように声を上げた。
「まってくれ。偽物じゃないのか? 仮に生きていたとしても、その青年は若すぎる。私がその名前を知ったのは、もう十年も前になるぞ」
「生存説は未だ、あちこちで囁かれていますよ。それに彼が『顔のない傭兵』と呼ばれていたのは有名な話でしょう。その正体が少年兵だって不思議ではないと思いますが」
役員に対して、情報部の首席分析官が反論する。
「だとしても、アダム=ユリウスたちラティスボナの傭兵とは、大戦で共に戦った仲じゃないか。なぜ我々を攻撃する。敵はカルロス・アヴリル──つまりは今のIPASの方で──国連や欧州連邦だろう」
「それより、お嬢様を狙われたことの方が問題だろう」
どこから情報が漏れたのか? どうやって国連都市に侵入したのか? 疑問は様々ある。しかし、ここで最も重要なのは、会長令嬢が狙われたこと、そして何もせずに立ち去ったことの方だった。
「ええ。それに加えて、アダム=ユリウスの『目的』も問題です。イェシュケ上等兵を負傷させましたが、お嬢様には指一本触れていない。暗殺や誘拐を狙ったわけでは無かったのでしょうか」
情報部長を務める女性の声で、役員たちの視線が一斉にロッテの方へと向いた。
「アダム=ユリウスは『四年前に捨てた使命を果たせ』と、それだけ言って立ち去りました。やろうと思えば、私もイェシュケも殺せたはず。おそらく今回はノイマンに対する警告だったのだと思います……」
沈黙が室内を覆う中、元軍人の警備部長が重たい声で呟いた。
「それはつまり、我々にまた、欧州連邦と戦えと言う事か」
「なんだと! バカげている!」
「そうだ! 戦争は終わったんだぞ!」
室内にいる皆が皆、興奮した様子だった。無理もないだろう……とロッテはどこか達観した思いで、その様子を眺め続ける。
この四年で忘れ去ろうとしていた、戦争の亡霊が地獄の底から戻ってきたのだ。
***
四年前、第三次世界大戦末期。
南ドイツは『最後の戦場』と呼ばれていた。
都市国家ミュンヘン共和国を盟主とした南独都市連盟は、西ヨーロッパの統一を掲げて侵攻してきた欧州連邦と、長い、長い、戦争をしていたのだ。
『第四次シュヴァーベン戦争』と呼ばれた一連の戦いは世界大戦最後の年、西暦2048年に終わった。南ドイツ側の敗戦だった。それから約一か月後、今度は戦争に参加していた傭兵がラティスボナという都市で反乱を起こした。その反乱の指導者こそ『アダム=ユリウス』である。
カルロス・アヴリル率いる国連軍の介入部隊が相手という圧倒的に不利な情勢下で、傭兵たちはアダム=ユリウスを含め全員が戦死した。しかし、その命を代償に国連軍を壊滅状態にまで追い込んだことで、現在では『英雄』などと呼ばれ、崇拝されるようにさえなっていた。
そして、彼ら反乱傭兵の意思を継いで作られたのが敗戦国の軍人からなる『欧州解放戦線』という反欧州連邦・反国連を掲げる抵抗運動組織であった。
戦時中、ノイマン重工は軍産複合体としてミュンヘン共和国軍や傭兵たちに武器や装備を売っていたが、南ドイツ側の敗北が近づくと秘密裏に敵である欧州連邦と接触して、戦後を見据えて金銭や情報を『提供』していた。
敗戦後もノイマン重工が解体されなかったのは、この裏取引があったからだ。
これを知ってか知らずか、終戦後も欧州連邦と戦う道を選んだ者たちからすれば、体制に順応していったノイマンは裏切者に見えるだろう。
ノイマン側も自分たちが恨まれていることは知っているようで、ノイマン重工会長のミヒャエル・ノイマンが娘を連れて遠く東アジアの地に渡ったのは、欧州解放戦線による報復を恐れたから、という話が社内で広がるぐらいだった。
ロッテはその真相が異なることを良く知っているが、それでもそんな噂が広がってしまうのも無理はないと考えていた。
***
「全員落ち着け」
それまで黙り込んでいたノエルが口を開くと、一瞬で会議場は静まり返り空気が変わった。
「自称アダム=ユリウスの真偽は分からない。しかし、我々にとってミヒャエルから託された一人娘、会長令嬢の安全は何よりも重要だ。その点について議論の余地はないだろう」
「……何が言いたいの?」
ロッテはその意味ぐらい分かっていたが、それでも呟いていた。
「帰国だ。ミュンヘンに帰るんだ。誰であれ危害を加える意志を持つ『敵』が侵入した以上、札幌は安全な場所ではない。本社のあるミュンヘンの方がよほど安全だ」
「そんなっ!」
「身分を隠して高校に通うのはもう無理だ。危険すぎる」
「で、でも……」
身を乗り出して反論するが、すぐにノエルがかき消した。
「下手をすれば君は暗殺されていたんだぞ!」
ノエルは珍しく感情を露わにさせ、苛立たし気に言った。
「正体を隠すために身辺警護をイェシュケしか付けられなかった。それでどうだ? 彼は病院送りだ。ロッテ、もうローマの休日ごっこは終わりだ。帰国したら前のギムナジウムに戻れ。あそこなら安全だ」
それがこの会議の結論だった。
役員たちが退席して、最後には椅子にへたり込むロッテと警護室長のヴォルフが残された。
ロッテは呆然としたまま、立ち上がることができずにいた。
「お嬢。イェシュケの代わりに、俺が家まで送ります」
顔に大きな傷のある鋭い目つきの男、エルマー・ヴォルフ大尉がそっと声を掛けてくる。彼はその外見に反してとても優しい人だ。でも、今日はその落ち着いた声が、今日はいつになく残酷なものに聞こえた。
「リーナちゃんは元気? 札幌には馴染めてる?」
「ええ、おかげさまで、妻も娘も元気ですよ。そういえば最近、日本人の友達ができたそうです。すごいですね、子供というのは」
「そうだね。本当に……」
心の底から嫌だった。
令嬢に戻る事よりも、友達と離れ離れになる事が。
ミュンヘンのギムナジウムでは心を許せる相手ができなかった。だから、札幌では正体を隠して、みんなに自然になじめるように日本語だって覚えた。
でも奪われることは、ずっと怖い。大切な友達を巻き込みたくない。
母は隣町との紛争に巻き込まれて死んだ。殺された。
母のように、もう誰一人として失いたくない。
波木正多が撃たれるところなど、絶対に、ぜったいに……想像したくない。




