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39 神速の戦い

 この世界においても最も速いのは、光の速度である。

 転移の魔術などはあるが、あれは空間を捻じ曲げているだけで、光よりも速いわけではない。

 そして重要なことだが、ありえないことだが、光と同じ速さで動けても、光の攻撃を避けられるわけではない。

 光速の攻撃とはつまり、見える速度と同じ攻撃だからだ。つまり見える前に避けなければいけない。


 そんなエルメスの先制攻撃を、アスモデウスはあっさりと弾いた。

「マジか」

 生まれてから今まで、緊張はしても苦戦はしたことがないエルメスは、正直予想外だった。

 だが前世では経験がある。自失の時間は一瞬であり、迫るアスモデウスを迎撃する。


 アスモデウスの移動速度は、幸いにも光速はおろか音速程度であった。

 それでも普通の人間なら反応できないが、エルメスはそれを想定して思考を加速している。


 エルメスに回避されたアスモデウスは、そこから急上昇した。

 およそ数秒で雲を割り、衝撃波が大地を叩く。

 それだけでワールの街の家が幾つか倒壊した。


 エルメスは戦場の不利を悟る。

 自分がここにいては、アスモデウスの攻撃の余波から、周囲の損害を気にして戦わなければいけない。

 ならば当然移動する。


 飛行魔術。エルメスのそれは、飛竜よりも速い。

 しかしアスモデウスの飛行は、それよりもさらに速かった。


 音速。それはエルメスの加速した反応速度でも、対応するのは難しい。

 時速にして1225km。トッププロテニスプレイヤーのサーブの4倍ほどか。

 そしてアスモデウス自身の肉体の攻撃を回避しても、その衝撃波は空気を破壊する。俗に言う衝撃波だ。

 エルメスの魔力防壁は耐えた。だが何度も試してみたいものではない。


 空中戦は圧倒的に不利。それを悟ったエルメスは城壁を越えて東の大地に立つ。

 この距離ならアスモデウスとの戦闘の余波で、ひどい被害が出ることは避けられるだろう。

 逆に悪魔の軍に関しては、他の者たちに任せるしかないが。




 高空からゆったりと舞い降り、エルメスを見下してくるアスモデウス。

 その態度の通り、本当に油断してくれているなら、正直逆に嬉しいのだが。


 エルメスは謎の空間から杖を取り出し、地面に突き刺す。

 一本ではない。その数は――と数えるうちにどんどん増えていく。

 そしてわずかな時間差で、超高温の熱球が、熱線となってアスモデウスを襲った。


 使い捨ての必殺兵器である。牛鬼との戦いでエルメスが切り札としていたその2である。

 あまりの熱量により、その軌道周辺はプラズマ化する。

 その熱線攻撃を、アスモデウスは回避した。


 この攻撃は光速の攻撃ではない。だから回避出来ることに不思議はない。

 いや、もちろん普通の反射神経と肉体能力なら、それも不可能なのだが。

 それより大事なのは、アスモデウスが回避を選んだということだ。この攻撃は、どうやら魔王にも効果があるらしい。

 杖による鉄壁の防御魔術と、使い捨ての超強力攻撃魔術。

 しかも熱線は追尾機能付きだ。アスモデウスならば直前でかわしてしまうが、とりあえず思考の時間が稼げる。


 エルメスは移動を開始した。

 剣などの肉弾戦の攻撃と違い、魔術は発動すれば基本的に止めることは出来ない。

 エルメスなら相殺や吸収も出来るが、アスモデウスを相手に片手間に出来ることではない。

 つまりこの距離では、まだワールの街が近すぎる。

 エルメスは強化された肉体で移動を開始した。

 ワールの街が地平線で見えなくなるまで。時間にすればそれほどでもない。

 しかしエルメスの熱線の杖は在庫を全て吐き出し、障壁の杖は二本を使い切った。


 アスモデウスは強い。

 攻撃力、機動力、耐久力、全てが人間の対抗出来る範囲を超えている。

 他の悪魔と比べても異常な強さだ。神話によると魔王は72体いるらしいが、こんなのが一度でも地上に出てきたら、単体で人間を食らい尽くすのではないだろうか。

 いや、人間の絶滅は悪魔の目的ではないが。


 ああ、なるほど。

 エルメスは理解した。

 神話とは、本当にあった出来事なのだ。

 あの中で悪魔と、魔王と戦うのは神か、その使徒とも呼ぶべき英雄達だ。

 たとえば、大神の恩寵を受けたような。

 ならばエルメス以外には挑むことすら出来ないのも理解出来る。


(それにしても、ちょっと手強すぎないか?)

 アスモデウスは飛行に魔力を使っているが、その莫大な量に比べれば微々たるものだろう。

 一方のエルメスもまた、自身の魔力はほとんど使っていない。

 この俺TSUEEEくせに慎重すぎる男は、暇と物があれば、戦略級の魔術兵器を作っていた。

 社会に阻害されながら、一撃で都を破壊する兵器を自作する男。

 明らかに病んでいる。


 だが、この時は、その病的な習性が存分に活かされている。

 無駄に高度な魔術を作っていた趣味が、こんなところで活用されるとは。

 ちなみにこんな強力な杖の自作は、免許無しでは違法である。

 もちろんエルメスは免許など持っていない。

 スキルがないから。




 さて、とエルメスはアスモデウスの動きを追った。

 魔王は自由自在に飛び回り、不規則にエルメスの魔術防壁を攻撃していた。

 地底にある地獄では、さぞこれほど自由に飛び回ることは出来なかったのだろう。魔王様、ノリノリである。


 エルメスは考えることは二つである。

 アスモデウスに殺されないこと。アスモデウスを殺すこと。

 現段階のアスモデウスの攻撃は、エルメスの防壁を破れない。

 だがこれは、魔王にとっては通常攻撃だろう。悪魔が強力な魔術を使えないはずはない。

 そしてアスモデウスを殺すために、確実に当たり、しかもその肉体を消滅させるだけの魔術が必要となる。


 前者は微妙だ。アスモデウスの攻撃がいまだに単純なためその上限が分からない。

 だが後者は、ちゃんと考えがある。

 以前に自分の魔術でどれだけの破壊力が出せるのか、考えたことがある。

 実験するには危険すぎたため、計算だけで終わったものだ。

 だが、破壊力という点ではおそらくあれで魔王も倒せるだろう。

 周囲への被害も考えなくてはいけないが、それはアスモデウスに魔術を当てる手段と同一で扱える。


 まとめると、アスモデウスがこちらの防壁を突破する前に、確実に倒せる魔術を当てる、ということだ。

 エルメスは手順を考えながら、またも杖を取り出した。

エルメス「うちの娘のためなら、俺はもしかしたら魔王さえ倒せるかもしれない!」

と一人暮らしの寂しい男が言っております。どうやら幻覚が見えているようです。末期ですね。

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