37 対決する両者
ひょっとして今期、アニメむちゃくちゃ当たり多い?
パガン王国の首脳部は混乱していた。
ワールの街への悪魔の大軍の侵攻、そしてその攻防。
悪魔を包囲しようとしていたら、逆に迎撃されて二個軍団が壊滅した。
ワールの街も北の城壁が破壊され、悪魔の侵入を許した。
そんな悪い状況が、まずまとめられた。
そして次からがよく分からない。
ワールの街を攻撃していた悪魔達は壊滅した。
東からそれに合流しようとしていた悪魔も壊滅した。
そして今、北から迫る悪魔に備えているという。
劣勢ではなかったのか? 何が優勢になった原因だ?
首脳部を混乱させたのは、それがはっきりしないからだ。
単に魔術師の戦力により、こちらが優勢になったと伝えられた。
ではなぜ最初に劣勢になったのか。いや、さすがに最初に悪魔に対処出来たかというのは難しいのだろうが。
問題はエルメスである。
エルメスが強いということは、知っている人間であれば知っていた。
おそらくワールの街のみならず、パガン王国全体で見ても、そうそうはいないであろうものだろうと。
完全に間違いである。
エルメスの強さは……控え目に言って、神話に残るレベルである。
ワールの街を攻撃した悪魔も、東の軍を壊滅させた悪魔も、魔王直属の最精鋭ではないが、上級の悪魔が一体もいなかったわけではない。
上級の悪魔など、一体が相手でも、ワールの街で最高の冒険者パーティーが挑むような存在だ。
それをエルメスは草を刈るような容易さで、殲滅してしまったのだ。
誰がこれを信じるというのだろう。
それでも首都の首脳部は、さらなる援軍を出すことを決定した。
ワールの街もそうだが、居留地の軍も壊滅しているのだ。
逃げた悪魔を追討するためにも、ある程度の戦力は必要であった。
ワールの街の司令部に付属した施設。そこには指揮官級の人間の仮眠所も設置されていた。
エルメスは目覚めると、ベッドの脇の棚に、水差しと水の張った盥が置かれているのに気付いた。
ありがたいことである。水分を補給したエルメスは顔を洗い、手拭いでしっかり首周りなども拭いた。
出来れば浴場にまで行きたいところだが、さすがにこの事態では閉鎖されているだろう。
部屋の外には衛兵が二人も立っており、随分と厳重だなと感じさせる。
エルメスが部屋から出るとその背筋は伸び、表情には緊張感があった。
「お疲れ様です」
軽く会釈するエルメスだったが、衛兵が最敬礼するのには驚いた。なんだかとっても偉い人になった気分である。
司令部への短い間にも、何度も会釈された。小心者というか度の過ぎた人間不信のエルメスは、何か背後にあるのではと考えたものだ。
だが結局のところ、現実が法則を捻じ曲げたのだと解釈した。
つまり悪魔への恐怖が、神の信仰を駆逐したというわけだ。
実際にスキルがないエルメスがこれだけ強ければ、認めざるをえないのだろう。
現金なものであるが、人間とはそういうものだろう。
司令室に入ったエルメスを、エイルが両手を広げて迎えた。
「起きたか。体調はどうだ?」
「回復はしました」
エルメスは司令室の中に、笑みを浮かべた魔術兵団の長の姿を見つけた。
何度か顔は合わせていたが、笑顔を向けられたのは初めてだった。
理由はすぐに分かった。この初老の男は、机の上にマナポーションを置いたのだ。
「魔術兵団で確保してある上級のマナポーションだ。魔力枯渇も防げるだろう」
総員体制で悪魔との対決をしているのだが、マナポーションはおそらくまだ温存していたのだろう。
彼としては最大限の好意を示しているのだろうが、エルメスには必要なかった。
「いえ、自前でマナポーションは用意してあるので、魔術兵団で使ってください。それと団長、調剤スキルなどを持っていない人間が作ったポーションを、軍などに提供することは問題になりますか?」
ポーションは薬である。
普通に怪我を癒してくれるものであるが、下手に作ると痕が残ったりする。
なので免許制になっている。自分で使うのは自己責任だが、販売するわけにはいかない。
さて、ではそんな無認可のポーションが提供されたとして、軍はそれを使うだろうか。
いや、そもそもそういったものを使っても良いという許可は誰が出すのであろうか。
基本的には国家の首脳部である。
だが前線にあっては、指揮官の裁量が大きいだろう。エイルは軍規を思い出していたが……ポーションの扱いは薬品に準じていいのだろうか?
仕方ない、か?
「まず支給品のポーションを使った上で、足りなくなったら使うとしよう。どれぐらいある?」
エルメスは司令所の地図が置かれた大きなテーブルに手を広げた。
そこにぽんぽんとポーションを出していく。あっという間もなく机上はポーションの瓶で埋まった。
「暇にあかせて作ったので、おそらく1000個以上は」
呆気に取られる一同であるが、気を取り直したのは魔術兵団の長であった。
「武器や防具はどうか? 軍事用の戦闘に特化した杖を用意するぞ。防御力の高いローブとか」
エルメスは感動していた。
他者から気を遣われるというのは、嬉しいものだ。たとえ打算があったとしても。
しかしエルメスは自分の杖を、そっと長に渡した。
「鑑定してください」
簡易鑑定なら隠蔽する程度の術は施してあるが、それでも軍用の一級品よりは上だろう。
魔術兵団の長に相応しいであろう魔術師は、その杖の真の性能に気付いたようだった。
「これ、これは、ま、なんで?」
「どうした?」
エイルには分からないだろうが、エルメスの杖は国宝に近いほどの逸品である。
神々が作ったとかいう、現在ではまともに作れないレベルの品物だ。
そしてエルメスが本気で使うなら、隠蔽するためのリソースまでも使用した、本物の杖となる。
「これは、まさか、国宝に近い。いや、だが、どこでこれを?」
「自作です」
杖を作るには、魔術師や錬金術師、そして加工職人の協力がいる。
そしてせっかく作った高性能の杖でも、使う人間に合った物だとは限らない。
よってエルメスは自作したわけである。素材がもっといい物ならば、さらに高性能の物が作れただろうが。
かくしてエルメスは関係者の度肝を抜き、決戦に備えるのであった。
北から悪魔がやってくる。
魔力による探知などしなくても、たとえ気配に敏感でない一般人でさえも、それには気付いていた。
力を隠そうとしない魔王の存在など、威圧感の塊でしかない。
数はおよそ500。
「う~ん……」
自ら作った第二城壁とも言える土壁の上で、エルメスは魔王軍を眺めていた。
横にはエイルや魔術兵団長など、遠くからの一撃でも死にそうにない面々がいる。
遠景では魔王軍は、やはり個体差の大きい集団であるが、それなりに隊列を組んでいる。
奥には巨大な魔王アスモデウスの姿があった。
「本とかで書いてある通り、アスモデウスですね」
「そうだな」
エルメスは密かに感動していた。
魔王の姿を実際に見るなど、いくら非常識な彼でも行えることではない。
そういえば魔王を倒せば、魔力結晶が残るのであろうか。
あるいはその肉体を構成する物質は。
これから決戦であろうというのに、エルメスの頭には知的好奇心が満ちている。
「おおお……恐ろしい。なんという魔力だ……」
長は震え慄いているが、エルメスは平気である。
魔力だけならエルメスの方が大きい。
果たしてそんな自分が人間であるのかどうか、またしても不審になるエルメスである。
さて、どうする?
「さて、どうする?」
エルメスが考えていたことをエイルが口にした。
人間や魔物を想定した軍の攻撃では、悪魔には対処出来ないだろう。
だが全くの無策というわけにもいかない。それでは軍の存在価値がない。
「とりあえず、各個撃破で。魔術兵団は、儀式魔術ででかいのを食らわせてください」
エルメスの言葉にエイルは視線をやり、長はそれに頷いた。
かくして決戦が始まった。




