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36 エルメスの弱点

ちょっと少しの間不定期投下になります。

週二回のパースは最低でも守れると思います。

 魔王アスモデウスは、地獄の実力者である。

 その姿は鳥に似た下半身に、人間の上半身、顔は狼というものだ。

 肉体は巨大ではない。せいぜい長身の人間程度だ。だがその小柄な体からは想像できない膂力と、絶大な俊敏さを持っている。


 そんなアスモデウスは、もちろん自分の配下である悪魔達の消滅に気付いていた。

 伊達に千年以上を生きているわけではない。肉体の能力が高い悪魔でありながら、その魔術の力も人間の魔術師など全く足元にも及ばないほどのものだ。

 ただ、そんな彼もエルメスのことには気付いていなかったが。


 配下の悪魔のうち数体と、彼は五感を共有していた。

 そしてその部下達が、恐怖を覚える間もなく息絶えたことを知った。

 つながっていたことによる、五感への影響はある。だが彼はそれより先に、得た情報から正しい判断を下さなければいけない。


 しかし得た情報とは……。

 遠距離からの圧倒的な威力の魔術により、叩き潰されたということだ。現地にいたのならばともかく、断片的な情報だけで、全てを理解することは出来ない。

 そもそもあれが個人のものなのか、それとも人間が作り出した兵器なのか。

 個人であるとは考えにくいが、二つの場所で使われた以上、移動できる兵器だとしても脅威だ。


 アスモデウスがワールの街を最初の目標としたのは、幾つかの理由がある。

 まず他のパガン王国の立地だ。パガン王国は西に大陸があるパガン半島の国だが、長年大陸国家とは均衡状態にあり、強大な軍備は備えていない。

 世界的には極東と言える位置にあり、悪魔がこの国を征服したとしても、他の人間国家から攻め込んでくるのはかなりの時間がかかる。


 そしてその中でもワールの街を選んだのは、交通、人口、あとは都市の防衛機能あたりが理由だ。

 首都や旧都は強力な魔術装置に守られており、悪魔の大軍であっても攻略には手間がかかるだろう。

 商都はそこまでではないが、あまりにも交通の要所であるため、すぐさま国内の軍が集まる。

 さらに西の西都となると、海を挟んでいるとは言え大陸に近く、かなり大規模な軍事基地が近くにある。

 北都は首都から近く、最も強大な軍事駐屯地に囲まれており、問題外だ。

 そこで貧弱な防御機能しかなく、それでいて海に面して移動も容易であり、人口もそれなりに多いワールの街を選んだのだが。


 明らかに異常事態だ。

 ワールの軍は多くなく、王都や北辺の軍と比べれば、精鋭とまでは言えない。

 にもかかわらず街へ迫った軍は壊滅し、東へ放った軍も消え去った。


 こういった事態が起こることを、アスモデウスは知っている。

 強大な魔王が好きなままに力を振るった結果に似ている。


 だが、なぜか。

 人間の中にそんな存在がいるのか。

 いるとしたらそれは、人間の姿をした人間ではないものだ。

「傲慢な者たちが、戯れにやってきたか」

 凍えるようなその声に、側近の悪魔達は戦慄した。


 アスモデウスは戦闘を好む。

 殺戮を好み、それに愉悦を覚える。

 しかしながら冷酷であり、それ以上に冷徹であった。

 今の事態が異常であると、はっきりと分かっている。


 彼が人間であったなら、撤退の選択を採ったであろう。

 だが彼は悪魔であり、撤退に必要な魔力は膨大なものだ。

 無事に地獄に帰還しても、そこを他の魔王に攻め込まれれば、不滅の魔王と言えども、封印ぐらいはされるかもしれない。

 無限に生きる魔王であるが、それだけに封印の退屈は恐ろしいものだ。

 

 逃げるか?


 そう思考した瞬間、アスモデウスの感情は爆発した。

 人間相手に逃げる? たとえ神が何か画策していようが、そんなことが許されるはずはない。

 それは魔王としての存在に反している。

 人が人を食う以上に、それは悪魔にとって嫌悪すべきものだった。


 アスモデウスはワールの街への侵攻を再開した。




 正直、しんどかった。

 エルメスは短く言って、ずるずるとソファーに座り込んだ。

 そんな彼の様子を見ても、誰も文句は言わない。

 文句は言わないが、報告はしてもらう必要があった。


「それで、東はどうなった?」

 エイルが問うと、エルメスはアヘ顔でダブルピースを極めて見せた。

「街道がえらいことになっていましたが、悪魔の軍は壊滅させました。数体は逃げたかもしれませんが、それはまた後日に」

 えらいことになったのではなく、えらいことにしてしまったエルメスであるのが正しいのだが。


 その報告を聞いて司令部の人間の多くは思った。

 もう、こいつ一人で大丈夫なんじゃないかと。

「あの、いくらなんでも私一人で残りを片付けるのは無理ですからね」

 エルメスは念のためにそう言った。


 エルメスは強い。

 魔王と戦っても、魔力では互角か上回り、攻撃力でも防御力でも遜色はないだろう。

 だが圧倒的に魔王に比べて劣っている部分がある。

 そこを突かれてしまえば、一撃で命を失う。

 そう、一撃で。

 悪魔達と違い、エルメスはいかに人間離れしていようと、本物の人間なのだ。

 人間がどれだけ強化しようと、心臓を潰されたり、頭を潰されたりすれば死ぬ。

 エルメスがどれだけ優位に戦闘を進めても、ただ一撃のラッキーパンチがあっただけで、逆転してしまうのだ。


 まあそれは今までの悪魔とも変わりはない。エルメスの肉体は、まあ人間としては当然なのだが、脆弱なのだ。

 少しは鍛えておけばよかったかな、と今更思っても仕方がない。




 とにかく重要なのは、魔王との決戦においては、どのようなミスも一度で命取りである。

 そもそも魔王の攻撃がエルメスの防御を打ち破ったら、そこで試合終了である。諦めろ。

 なので集中力を取り戻すべく、エルメスは眠りに落ちた。


 司令部のソファーの上で、だらしなく。

 しかしここが一番安全な場所ではあるので、それも仕方がない。

 今ここにいる司令部の人間は、全員がエルメスの実力を認めていた。

 本当にこいつは人間なのだろうかと、そんな疑問さえ浮かべていた。


 だが確かなことは一つだ。エルメスの力が魔王に及ばなければ、ワールの街は壊滅するだろう。

 パガン王国全体でも、どれだけの被害が出るか分からない。王都や旧都の時限の違う防衛機構を別にすれば、魔王を退けられると確信をもって言えるものはない。

 エルメスを守る。

 ワールの街の実力者たち全員が、その重要性を認識していた。

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