35 一方的に攻撃するエルメス
遅くなりました。
悪魔達の思考がどういうものであるのか、ある程度エルメスは知っている。
それは牛鬼という悪魔と、ゴンベスという悪魔の二人を知っているからだ。
牛鬼は恐ろしい悪魔であった。まさに人々の恐怖を体現した、圧倒的な暴力の塊であった。エルメスの前には鎧袖一触であったが。
ゴンベスは賢い悪魔であった。エルメスと会話し、お互いに理解者を得られた。
つまるところ悪魔と言っても、個体による差が大きいのだ。
猫と虎を同じ猫科に分けているようなものだろうか。
そんなエルメスにとってワールの街を攻めている今の悪魔たちは、正直かなり下の方のものである。
いくらエルメスの魔術が強力であっても、一撃で落ちるのはさすがに情けない。貧弱貧弱ぅと煽りたくなるレベルである。
だからエルメスの計算も、三段階の内の二つ目までは十二分に勝算がある。
あとは魔王と、上位の悪魔の存在だけが問題だ。
牛鬼やゴンベスの力と比べて、エルメスは圧倒的に強い。
特に牛鬼と戦った時と違って、今度はエルメスを縛るものは何もない。本当に全力が出せる。
考えてみればエルメスは生まれてから今まで、本気で戦ったことがない。魔力が枯渇したこともない。
前世という特異な事情がある故に、いつもある程度の安全マージンを保って戦ってきた。
この戦いにしても、空から攻めてきた悪魔に対抗するのに、一割の魔力も消費することはなかった。
どれだけエルメスが慎重なのかと言うより、どれだけこの世界の強さの上限が低いかということである。
だがさすがに悪魔、その中でも魔王は別格だろう。
エルメスに寵愛を与えたエルクレントは神である。五大神に匹敵するとも言われる大神であり、この世界の魔術や魔法を司るとも言われている。
悪魔と神は、乱暴な言い方をすれば本質的には同じものである。その中でも大神に匹敵するだろう魔王は、エルメスが今までに経験したことのない領域だ。
才能だけで渡ってきたエルメスにとって、魔王との対決は出来れば避けたい。
だがさすがに今回は、見捨てられないものが多すぎる。
エルメスのようなボッチにとって、新たな土地で新たな生活を送るというのは、あまりにもハードルが高いのだ。
天才にありがちなことに、彼はコミュ障であった。
半壊した北の城壁の上に、一人の人間が立った。
自前の魔法で土壁を作りながら前進していた悪魔達は、最初それを気にもとめなかった。
一人の人間が何をするのかは不自然に思ったが、戦争をしている自分たちにとって、脅威でないならどうでもいい。
悪魔達はごく当然の常識として、人間が弱いことを知っている。
それは事実であるし、多くの人間はそうなのだ。
だが例外というのは「稀にではあるがよくある」ことだ。
このどこか諧謔すら含んだ言葉は、確かにこの時においては正しかった。
かつて魔法王と呼ばれた男は、地上に顕現した魔王を相手取り、その力をもって再び地獄へ追放した。
歴史よりは神話に近い出来事であるが、そういった人間が本当にいたことを、悪魔達の古参は知っている。
だがそんな極端な例外が、よりにもよって目先の場所にいるとは思っていなかった。
エルメスは爆裂火球の魔術を連射した。
平野部などで広域を殲滅するのに適した魔術だが、エルメスのそれは悪魔の作った魔術の土壁をも簡単に破壊する。
爆散した土塊と共に、悪魔達の肉体も挽肉になっていった。
ワールの街に攻め込んだ悪魔は、質よりも量である。
それが分かったエルメスは、とにかく数を減らすことを優先した。
もちろん後で本軍と合流されてもたまらない。
半壊状態で休眠していたゴーレムを再起動させ、悪魔達を包囲させる。
少しでも逃げるのが遅れれば、エルメスの持つ特殊スキル「超遠距離戦闘」のいい的である。
これまで検証としてしか使ったことがなかったこのスキルが、極めて高い効果を発揮した。
爆裂火球で広範囲を壊滅させ、追尾矢で逃げる悪魔を屠る。
エルメスの魔力で増幅させた追尾矢は、本来の術式によるそれよりも、はるかに威力が高くなっている。
冒険者であればランク4クラスの者がようやく相手をする悪魔達が、踏み潰される蟻のように消えていく。
半刻も経たないうちにまともな戦力はなくなり、それに向けてワールの街から一般兵力が出て、掃討戦を行う。
人間も悪魔も、逃げるときが最も無防備であることに変わりはないだろう。
次々と討たれる悪魔を遠望し、エルメスは東に向けて飛び立った。
東からはパガン王国の軍を退けた悪魔の軍が接近してきていた。
魔王軍は少なくとも、愚かではない。ワールの街を占領すれば、人間という食料が大量に手に入り、海路を使えば陸路よりも広範囲に、その兵力を動かせるからだ。
そのためにワールの街への援軍を叩いておくというのは、間違ってはいない。パガン王国の軍は少なくとも、悪魔を攻撃するつもりではあっても、ワール近郊までに攻撃を受けるとは思っていなかったのだから。
進軍していたというのも、軍の損害を大きくした。
軍隊というのは陣形を整えければ、その戦闘力を発揮することは出来ない。まして相手が悪魔であれば。
個人の武勇は多少振るわれたかもしれないが、悪魔の戦闘力は個体ごとの強さが違う。大概の人間は悪魔には手が出なかった。
これが北と東の援軍が壊滅した理由である。
それに対してエルメスはどうか。
エルメスの存在を、東方から向かってくる悪魔達は知らない。知っていても先の戦勝で、人間を侮っているだろう。
だがエルメスは軍隊ではない。
個人としての力だけで一軍を圧倒する、人間と称するのもおかしなほどの超越者だ。
メンタルに弱いところはあるし、社会のシステムに反攻することも出来ないが、単純に戦力として考えた場合、一軍を戦える程度の力はある。
そんなエルメスが、完全に勝利に油断し、だらだらと街道を歩いてくる悪魔達に向かって、一方的な先制攻撃を、超遠距離からしかけたのだ。
西から光の槍が届くたびに、悪魔達の周辺で爆発が起き、その肉体を四散させていた。
悪魔の中には探知能力に優れた個体もいただろうが、エルメスの存在を知ったとしても、対応する手段などない。
相手の射程外からの一方的な攻撃とは、古来戦闘において当然の優位を占めた原則である。
エルメスの隠されたスキルは、それを存分にフォローした。
街道は悲惨なまでに破壊されたが、悪魔達の惨状はそれ以上であった。
耐久力が自慢の敏捷さに欠けた悪魔は、エルメスの攻撃を防ぎきることは出来なかった。
過剰かな、と自分でも思うぐらいにエルメスは、光熱系の魔術を遠距離から使った。
距離による減衰も考えたが、それでもエルメスの攻撃は強力であった。
悪魔達は一刻もせずに、完全にその統制を失った。
かくして悪魔達はその分割した戦力のうち、二つを失ったのであった。
ダンベル何キロ持てる? が電波すぎてやばい




