33 転ずる軍隊
おおお……アストラの出来がかなり良くて嬉しい。どろろ終了後の栄養剤や。
エルメスはある意味、有名人である。
大神の寵愛を受けながら、スキルを何一つ持たないという、スキルだけでしか己の価値を示せない者にとっては、これ以上の都合のいい存在はない。
スキルのレベルが1でも2でも。大勢の中で、自分はたいしたことがないと知っていても。
下には下がいることで安心する者にとって、エルメスの存在は救いなのだ。それがどれだけ歪んでいようと。
そしてそんな下を見なくても済んでいたのが、魔術兵となるようなエリートだ。
エルメスの話を聞いても、変な人間もいるものだ、という程度で済ませてしまう。魔術師の本業は真理の探究のはずだが。
だが、だからこそ分かってしまった。
単にスキルだけを聞いていれば、知らないままでいれた。
しかしこの場には魔術兵の多くがいて、その大半は実戦に魔術を使うエリートだ。
騎士たちとはまた違った意味で、己の力には自信を持っている。
いや、持っていたと言うべきか。
エルメスの作り出した土壁は明らかに、魔術兵が100人集まっても作れないものだ。
圧倒的な魔力量と、それをそのまま巨大な土壁にする出力。
スキルを持っていないなどということで、この現実には立ち向かえない。
魔術師たちにとって、土壁の上でさらに加工をしていくエルメスは、神の如き存在であった。
「なんか視線を感じるんですけど……」
人の視線を避けるようにして生きてきたエルメスは、居心地が悪かった。
「お前の魔術に驚いてるんだろう」
「いや、でもさっきも空中の悪魔を落としてましたけど」
「目に見える圧倒的な質量があるからな」
エイルの言う通り、人は分かりやすいものを信じる。
エルメスの土壁は目に見え、そして常識ハズレなことに、本来の城壁よりもはるかに強度が高かった。
「これはすごい」
必要な装飾を施された土壁は、もはや土ではなく岩である。
エルメスとしてはそこそこ魔力を注ぎ込んだので、役に立ってくれないと困る。
「これは、破壊された城壁を利用して、敵を上手く分断出来るんじゃないか?」
悪魔は反撃がなくなった北の方角から侵入してくるだろう。
それに対してワールの街は、まだ東西の門を保持している。
悪魔達が北から侵入した場合、東西の門から出た兵士と、東西の城壁の上に上った兵士の攻撃により、完全に包囲して攻撃を加えられるかもしれない。
「ただ、魔王ならずとも単独で悪魔と戦える人間がいないと、いきなり戦線が崩壊する可能性もあります。確実なのは援軍を待ってからの攻撃に変わりはありませんが」
エルメスの主張は一貫している。とにかく被害を抑えたい。
エイルが保証してくれた、憧れの公務員への就職であるが、いきなりブラックな現場の片付けは遠慮したい。
まあいざそのような事態になれば、自分の代わりにゴーレムを動かすのだろうが。
就職した職場が完全にお通夜な雰囲気も遠慮したい。
だがエイルは違う判断のようだ。
「一当てしてみよう。悪魔の動きが鈍いのは気になる。防御に徹するというのは、攻撃するよりも精神の消耗が激しいしな」
言われて見れば、なるほどそういうものかと思わないでもないエルメスである。
彼はなんだかんだいって図太い。というか必死になる必要がない。
冒険者時代もこの戦いでも、必ず自分は安全だと確信できるところにいる。
だが一般の兵たちは別だろう。パガン王国の中でもワールの街に駐留する軍は、長く防衛戦すらも経験したことがない。
平和であったのはいいことであるが、実戦経験のなさは、いざその場に放り込まれたときに顕著に現れる。
訓練の一環として魔物と戦った程度はあるだろうが、それは戦争における集団戦とは違う。
どこかのおかしな半島の軍隊のように、実戦よりも厳しい訓練を行ってはいない。
「分かりました。支援魔術をたっぷりとかけます」
「……魔力は大丈夫か? いざという時のために、残しておいてほしいが」
話に聞く上位の悪魔や、それをも上回る魔王との戦いは、おそらく一般の兵が何人いても、ほとんど意味はないだろう。
エイルを含むワールの街の上澄みである戦士たちを集めて戦うだろうことは決まっている。
もちろんその中にエルメスも含まれる。
そんなエルメスの魔力は、全く問題なかった。
「こんなこともあろうかと、マナポーションを用意していましたので。ただ精神的には疲れたので、仮眠を取ってもいいですか?」
「……いいが。こんな状況で眠れるのか?」
「寝るのは得意です」
思いっきりのバフを攻勢に転ずる軍にかけて、エルメスは小部屋のベッドの上で、ゆったりと目を閉じた。
外では当然、怒号や悲鳴が飛び交っていたのだが。
守ることは攻めるよりも勇気がいる。
ただ無謀に、勝算もなく攻めるのは、緊張した状態からの逃避でしかないからだ。
ワールの街の軍はその意味では、かなり鍛えられていたと言ってもいいだろう。
エルメスの評価は、ちょっと辛い。
そんな彼らでも数日以内に援軍があると知らなければ、さすがに耐えられなかったかもしれない。
しかし今、騎士たちを囲むように訓練された常備兵が、いよいよ攻勢に転じようとしていた。
東西の門を出て、北の悪魔たちを両方から挟撃。
単純に戦術的には、悪くない策である。
もっとも悪魔の軍隊を、人間のそれと比べるのは難しいだろうが。
この攻撃部隊には、冒険者も含まれていた。
普通なら軍を相手の戦闘に、冒険者は秩序を乱すので、不安要因にしかならない。
だが普段から強力な魔物を相手にする彼らからすれば、悪魔というのもかなり強い魔物程度の認識なのだ。
魔術を使ってくる魔物など珍しいので、そのあたりは考慮にいれたほうがいいだろうが。
ともかく冒険者も一団となって、悪魔への攻撃を開始した。
それを使い魔の目を通して、こっそり見ていたのは、人間界に渡ってきていたゴンベスである。
ワールの街の人間が健闘しているのは、予想以上のものだ。だがこれには理由がある。
「伝えるべきか、伝えざるべきか。悩ましいところだ」
ワールの街の軍が健闘している理由。それは単純に、ワールの街を襲撃した悪魔の数が、予定よりも少ないからである。
なぜ予定よりも少ないのか。それには明確な理由があった。
「伝えてしまったせいで、むしろ悪魔も色々と策を巡らしたか……」
悪魔達はその勢力を三分していた。
そしてその内の二つは、こちらに向かっている人間の軍に対して、奇襲をしていたのである。
悪魔達は身軽だ。
人間のような陣形にこだわるようなこともない。
そして人間の軍は移動中であり、その防御は薄かった。
前提としていた援軍が敗退したのを、ワールの街の者はまだ知らない。




