31 迎撃するエルメス
空を飛ぶ悪魔達。魔術によって飛ぶ者と、おのれの羽によって飛ぶ者との二者に分かれる。
そのうち狙いがつけやすいのは、魔術によって飛ぶ者だ。
鳥や虫などを見れば分かる通り、羽の確度を調節すれば、急な制動を取ることは、空で戦う種にとっては必須である。
それに対して魔術で飛ぶ者は、直線で動く。曲がるにしてもその曲がり方は不器用なものだ。
そんな悪魔達に対して、エルメスは攻撃を開始した。
閃刃の魔術。いや、エルメスのそれは、閃槍の魔術と言ったほうがいいのだろうか。
エネルギーの塊の光が、悪魔達を貫いた。
さらに薙ぎ払った。
回避しようとする悪魔もいたが、当然ながらその動きは光より遅い。
ごく一部の魔術に耐性のある個体を除き、全てが魔術による攻撃において死亡し、それ以外も落下した個体はその衝撃で死亡した。
わずかな直感に従った悪魔と、運良く回避できた悪魔は、慌てて上空から逃げ出した。
そしてその様子は、都市の多くの地区から、はっきりと見えたのだった。
もちろんわざわざ司令所より出てきたエイルにもそれは見えた。
「……なんかもう、お前一人で大丈夫なんじゃないか?」
「その可能性はなきにしもあらずなんだけど……」
エルメスもこの期に及んで、自分の実力を隠すつもりはない。
いや、今までも隠してきたわけではなかった。だから一部の冒険者などは、エルメスの強さを知っている。
単にこの世界のスキルシステムがあるゆえに、評価できなかっただけなのだ。
「羽持ちの、元々飛べる悪魔は、耐久力が弱いんだ。骨が軽くないと飛べないし、装甲が重くても飛べないからな」
鳥の骨の密度が薄いのと同じ理由である。
「で、魔術で飛ぶ方は、本当なら他に回せる魔力で、空を飛んでる。つまり普段なら魔力で作ってる防壁が弱くなってるわけで、これまた魔術や物理攻撃を防ぐのが困難になっている」
「なるほど、理にかなってる」
エイルも感心し、彼に従ってきた魔術兵も、一応は理屈の上では成り立つことは分かっている。
分からないのは、どうして悪魔を一撃で落とせるような魔術の威力があるかだ。
「なぜだ? 閃刃の魔術は確かに強いが、一撃で即死させるようなものではない!」
「いや、それは単に素の魔力が劣っているだけ。効率を無視して威力を重視すれば、魔術なんていくらでも威力は上げられるよ」
「そんなわけがなかろう! 許容量以上の魔力をつぎ込めば、魔術を維持することが出来ずに、魔力は霧散する」
正直エルメスは、このあたりを説明するのがめんどくさい。
悪魔をしとめるほどの魔力を使ったのだから、少しは疲れているのだ。
だがこの場にいる魔術兵ならば、将来のエルメスの上司になるのかもしれない、ならばあまり不親切な対応はすべきでないだろう。
「魔術師二人がいれば出来るでしょう? 一人は魔術の発動に、そしてもう一人は魔術の維持に。それなら許容量は大幅に増える」
「いや……それは確かにそうなんだが、一人で出来たことの説明にはなってない」
確かにそれもそうではある。
「維持する魔術を先に発動させておいて、その中で攻撃魔術を構成する。あとは実践して練習するだけですよ」
それ以上の質問はなく、魔術兵は己の頭の中でエルメスの言葉を反芻する。
エルメスは司令所に戻り、エイルもその後を追った。
「本当に、一人では勝てないのか?」
エルメスは司令部に与えられた部屋へと向かう。エイルはその背中に問う。
「いや、なんでもありで、こちらの被害も無視していいなら、そりゃあ勝てますけどね」
「なんでそれをしない?」
「悪魔と魔王を倒しても、この街が壊滅したらあんまり意味ないでしょ?」
それはエルメスの本心である。
こちらから自由に襲撃し、自由に離脱し、自由に休む。
そんな戦法を取るなら、エルメスは確かに魔王軍を倒せるだろう。
いや、魔王だけは例外かもしれないが、そこに至ってから軍の協力を求めればいい。
だがエルメスがそんな手段を取れば、おそらく悪魔達は分散してエルメスを探す。
自分に向かってきた悪魔は倒せばいいが、もし人の多い場所に悪魔がいれば。
ワールの街ならともかく、周辺の小さな農村に、悪魔と戦える戦力があるわけはない。
どれだけ犠牲が出ても、魔王を倒せば勝ちと考えるなら、それでもエルメスは勝てるだろう。
だが無垢の民衆を多数犠牲にする方法は、エルメスの勝ちとは言えない。
だからエルメスは色々と動いて、策謀を巡らす必要があったのだ。
「なるほど」
エイルも納得した。
「というわけで、休息を取ります。何かあったら知らせてください」
魔力にはまだ余裕がある。
だが魔王の実力が不明である以上、常に魔力は上限まで回復させておきたい。
「また飛行する悪魔が来るんじゃないか?」
「来るとしたら、街全域を攻撃してくるでしょう。そうなったらまた迎撃しますけど、多分それはないですよ」
「それはなぜだ?」
質問ばかりせず休ませてほしいのだが、エイルはその理由を知っておく必要があると思っているのだろう。
仕方がないことだ。
「悪魔の総数は少ない。それが空から攻撃しようとして、一気に数を減らしてしまった。空からの攻撃は慎重になるでしょう」
実のところ、これを逆に考えて、一気に空中から全力で攻撃してくる可能性もあるのだが。
それならそれで、またエルメスが出るしかない。
「分かった。何か動きがあったら教える。しばらくは休め」
ひらひらと手を振るエルメスに、エイルは部屋のドアを閉めた。
一方、魔王軍の方は騒然としていた。
空中からの攻撃が有効かと思って出した数が、ものすごく減らされて戻ってきたのだ。
単純に数を減らされただけでも問題だが、空からの攻撃が難しいというのが問題だ。
悪魔は単純に魔術を高いレベルで使えるので、飛行出来る個体が多い。
人間が堅牢に作った城壁も、空を飛ぶ魔物の前にはほぼ無力だ。
空を飛べるというのは、戦闘にとってとてつもないアドバンテージだ。それが失われた。
あるいはそれだけの攻撃魔術が使える人間は、城壁の中には少ないのかもしれない。
だが人間の戦力を測るために、悪魔を危険に晒して空から襲わせるというのは、あまりにも危険度が高かった。
悪魔は冷徹だが、それだけに数を減らされるのはまずいと考える。
ならば他に取れる手段とは何か。
堅牢な城壁を前に、悪魔の攻撃手段は変化することとなる。




