30 死とエルメス
悪魔達が動き出した。
その進行方向は、真っ直ぐにワールの街を目指していた……が、途中で川やちょっとした森があったりして、普通に迂回に時間がかかっていた。
どうやら偵察をしたにしても、地理要因までは調べていなかったらしい。
いや、調べる必要を感じなかったのか、とエルメスは考えた。
ゴンベスによると地獄とは、つまり地底だ。物理的なだけでなく、魔術的にも封印された空間だ。
惑星の地殻は意外と分厚く、生命体が生息できる空間を用意する余裕はある。
だがそれでもその領域は、地上と比べたらはるかに狭いだろう。
ようするに悪魔達は田舎から出てきたおのぼりさん状態で、地上を迷っていたのだ。
この時間に人間側は、部隊を再編成し、迎撃の準備を整えることが出来た。
討ち洩らした魔物は多いが、とりあえずこちらに来ていない魔物より、接近する悪魔への対策を優先する。
悪魔との戦闘。これがエルメスだけでなく、他の魔術師や飛竜による偵察で明らかになった時、司令部はこれまでにない緊張に包まれた。
エイルは泰然自若とした態度を変えず、首都へと報告をする。あちらからの返答は、近辺の居留地から、最低限の戦力を除き、全ての軍事力をワールに向けて動員するとのことであった。
パガン王国の軍制は、それなりに整っている。だがこちらからの遠征ではなく、前情報があった侵攻でもなく、噂程度の情報しかなかった悪魔の軍団への対処など、すぐに出来るはずもなかった。
そもそも敵戦力が正確には測れないため、最悪を見通した動員を行ってくれた国軍本部は、少なくとも愚かではない。
だが実際のところ、近隣の二軍はともかく、それ以上は決戦には間に合わないだろう。
それでも戦後の状態回復には寄与するであろうから、無駄なものではないのだが。
多少の時間は稼いでくれたが、即席の防御陣地に作られた罠では、悪魔の戦力を削ることは出来なかった。
むしろ無軌道に動いた魔物の方が、悪魔の進軍を遅らせてくれたと言ってもいいだろう。
もっとも魔物の動きは、他の軍の動きを妨げたりもしたのだが。
悪魔のワールの街までの到達は二日。
他の二軍の援軍到着は三日から四日。
つまり丸一日は、ワールの街の戦力だけで、悪魔の軍団と戦う必要がある。
「それで、お前の切り札はどうなんだ?」
司令部が猥雑な雰囲気に落ちても、エイルとエルメスは冷静だった。
エイルはエルメスに対する信頼ゆえに。エルメスは見知らぬ他人の被害を切り捨てたがゆえに。
「ゴーレムは全部壊滅しました」
「……相手に与えた被害は?」
「……無しです」
エイルのエルメスに対する信頼は地に落ちた。
ワールの戦力は、正確には全てがエイルの指揮下にあるわけではない。
街の治安にそのまま貢献する警備兵などは、代官の直轄によるものだ。
もちろんこのような事態にあってが、戦力として数えるに決まっている。
だがエイルの元に指揮系統を統一させるのは難しいし、戦力的な価値が完全に発揮できるかも怪しい。
実際エイルは、警備兵は治安維持と、避難誘導などを任せることに代官と話し合っていた。
エイルの旗下の軍団は、あくまで魔王と悪魔の撃滅に使用されることになる。
また警備兵は城壁の上にある兵器の運搬なども手伝ってくれた。
ワールの街の戦力が、集結している。
相手は魔王の軍団ということで、戦闘ではなく戦争を意識している。
つまり集団戦だ。
だがもちろん、個の武勇に優れた冒険者も、戦力としては数えられている。
相手の悪魔を単独で引き離した場合など、遊撃の冒険者がそれを引き受ければいいのだ。
「まあ悪魔はそもそも集団戦はしないんですけどね」
エルメスがゴンベスに聞いた限りにおいてはそうだ。
悪魔は個体ごとの性能や形態が違いすぎて、集団戦を行うのはせいぜいパーティーレベルなのだという。
それを相手に人間側は、何度もの同種族間での戦いで蓄積された、集団戦のノウハウを使って戦う。
強大な魔物を相手にした戦闘も行っているので、悪魔もそれの延長上で対処出来るだろう。
一番悪魔が厄介なのは、魔術を使ってくるという点だ。
それに関しても戦争で魔術が使われる前提の軍は、充分に対処出来るだろう。理論的には。
実際には悪魔が強力すぎて、あちこちで部隊は壊滅していくだろうが。
それは正しかった。
悪魔が割と簡単にワールの街に到達する。
城壁を利用して、悪魔と人間の戦いが始まった。
「うわああああぁっ!」
悪魔の魔術の一撃が、城壁の鋸壁を破壊し、身を隠していた兵士ごと粉砕する。
純粋な破壊力の前に、人間用の城壁の防御力は不充分だ。
投石器と同じ程度の破壊力は、悪魔の使う魔術は満たしていた。
一方人間からの応戦も、悪魔へ届いていた。
同じく投石器。そして超大型のバリスタ。
魔物をも一撃で葬るそれは、確かに悪魔にも通用した。
「いけるぞ!」
歓声が沸いた。
悪魔の特徴として、肉体的な防御力も高く、生命力に富んでいることも知られている。
だが人間の兵器によりその肉体が破壊される場合、一撃で致命傷となる場合が多く、人間が個人で使用するような兵器しか知らない悪魔たちには、実のところ衝撃を与えていた。
しかし驚愕の後、すぐに対策は取られる。
悪魔というのは明らかに、人間以上の知能は持っているのだ。
対処は二種類に分かれていた。
一つは魔術により防御力を強化し、運動エネルギーや質量エネルギーと対決する手段。
もう一つはその二つのエネルギーを上手く使わせない手段である。
悪魔は飛行出来る個体が多い。
人間にも飛竜兵という特殊な兵科はあるが、基本的には強力な火力は持たない。
しかし飛行出来る悪魔の火力は、比較してはるかに高く、防壁の意味を全く無視して、都市内へ攻撃が行われた。
飛行する悪魔による攻撃。
それは確かに脅威ではあったのだが、脅威の内容は一つではない。
飛行することによって、城壁を突破する悪魔。
それは城壁内の中枢区画への攻撃を可能とした。
もちろん攻城兵器を想定し、ワールの街の司令部は、堅牢な造りとなっている。
しかし悪魔がそこに至ることが可能というのが、既に脅威なのだ。
また城壁内への無差別な攻撃により、非戦闘員の被害が遂に出ていた。
「飛竜兵での対処は無理なのか!?」
「準備完了次第、すぐに飛ばせます!」
エイルの命令に、兵が伝令となって駆けて行く。
エルメスはその対応があまり有効ではないと分かっていたが、止めようとはしなかった。
「魔術やバリスタによる迎撃はどうか!?」
「魔術はともかく、バリスタでは狙いがつけられません!」
バリスタなど下手に使えば、街の中に矢が落ちる。悪魔に当てるのは難しい。
魔術を使うにしても、位置エネルギーの関係でその威力は大きく減衰するし、同じく市街へ着弾すれば、逆に被害が出てしまうだろう。
命中精度も考えると、この選択はあまり効果がないだろう。
「バリスタも魔術も、城壁外に集中した方がいい」
そう言ったエルメスが立ち上がったので、エイルは視線で問いかける。
「飛び回る悪魔は、私が処理する」
かくして遂に、エルメスの力が衆知されることとなる。




