26 直前のエルメス
決戦の前に、エルメスは改めて戦力を確認した。
結論、ほとんどエルメス以外は戦力にならない。
いや、実際に戦えば悪魔に勝てる人材は多くいるのだ。
数で押しつぶすという策も、それはそれで悪くはない。
だが、事後のことを考えると問題なのだ。
エルメスにとっての勝利とは、単に魔王を討伐するなり、封印するということではない。
いくら被害が出てもいいのであれば、パガン王国の軍事力をもってすれば、魔王の軍団だろうが勝利することは間違いない。
だがそれでは駄目だ。エルメスの生活が良くならなければ、せっかくの勝利もエルメスの幸福には寄与しない。
魔術兵にいくらか損害が出なければ、正規雇用の話も流れるかもしれない。まあエイルのことだから、何か上手いこと便宜を図ってくれそうな気もするが。
とりあえずそのためには、エイルの身も守らなければ行けない。騎士団の団長が死ぬような事態では、そもそも軍全体が崩壊している気もするが。
この機会にエルメスは、自分の都合を最優先する。
まず絶対に必要なのは、戦力の増強であった。
今のままでは圧倒的に戦力が足りない。篭城という策はあるが魔物や悪魔には飛行する個体が多い。人間相手の戦争よりも、城壁の重要度は低い。
最後には駐屯地から軍が集まって、魔王軍を壊滅させるだろう。経過はともかく、決着としてはそうなるはずだ。
もちろんその被害は軽ければ軽いほど良く、エルメスは活動を開始した。
これまで貯めに貯めながらも、希少性が高すぎるために、裏社会でも換金出来なかった、大量の素材や魔石が活用されることになった。
生み出されるのは大量のゴーレム。しかも金属製の物だ。
単なるアイアンゴーレムではなく、その体の構成は、鉄というありふれた素材を、玄妙とさえ言える配合で強化してある。
これに魔物の素材の特性を活かせば、打撃による攻撃でさえも、ほとんど効果はないだろう。
もちろん魔術に対する抵抗力もばっちりだ。
エルメスはこのアイアンゴーレムを、500体用意した。
ちなみに通常のアイアンゴーレムは、ランク10の冒険者の戦士であっても、武器の相性が良くなければまともに戦えない相手である。
およそたいがいの魔物や悪魔には対抗出来るだろう。具体的に言えば、この間の牛鬼とほぼ同じ戦闘力だ。
戦力の増強と同じか、それ以上に重要なのは、敵の状況の情報である。
エルメスは無数の鳥獣を自らの目や耳とした。
普通なら大量の情報の流れに脳が破壊されるだろう。だがしかしそこはエルメスだ。
エルメスだから問題ないのだ。
かくして無害な虫や鳥に偽装された、万全の監視網が魔境をカバーしている。
魔王が復活して悪魔達があふれても、各個撃破すればいい。
騎士団がちゃんと戦ってくれることまでは疑っていないが、それが魔王軍を打倒出来るかというと、難しいと考える。
騎士たち、兵士たち軍人の死は、確定事項だ。
エルメスがもっと金と時間と物を使えれば、ほとんど被害を出さずに収めることも出来ただろう。
だが彼にそれを許さなかったのは、この世界のシステムに依存した人間社会だ。
神はエルメスを使わした。しかし人間はその恩恵を受け取らなかった。
だから人が死ぬ。
どうせならエルメスを、スキルなしというだけで見下していた連中こそ死んで欲しいものだが、そういったやつらは前に出ることはない。
どさくさにまぎれて始末してやろうかとも考えたが、そんなことにリソースを振っていたら、前線の犠牲が増えるだけだろう。
本当に、世の中はままならないものだ。
……戦後のどさくさにまぎれるのは、いけるのではないだろうか。
現実逃避をしながらも、エルメスは着々と準備を進めていた。
村人の方は既に騎士団からの連絡により、各村から一時的に避難する準備が整えられていた。
あくまで訓練なので、時間には余裕がある。後から考えたら、あまりにも都合がいい訓練の開催と、事前にあった噂話が検証されるだろうが、既に体制側に入ったエルメスには関係ない。
こんなに軽い心で戦いに挑むのは初めてだった。
もう何も怖くない。
なんとなく変なフラグを立ててる気がして、エルメスは色々と小細工をした。
ゴンベスから魔王の軍団のおおよその規模は聞いている。そしてゴンベスは、単純に戦うだけならば、魔王相手ならエルメス一人でどうにかなると言っていた。
まあ確かに、手段を選ばなければベトナムだってアメリカに戦略的な勝利を得ることが出来るのだ。ただ実際のところは、手段は選ばなければいけない。
騎士団などの軍部には、ある程度の被害を。
しかしその後の都市運営に支障を来たすほどの損害はなく。
ようするに自分が魔術兵としてちゃんと雇われる程度の被害を。
エルメスは言うまでもなく、下衆要素を持っている。
名前も知らない戦闘員が何人か死んでも、それはこの世界ではごく普通にありえることだ。
だが自分の利害に関わる人間と、自分に友好的な人間は、殺されるわけにはいかない。
人間社会から拒絶されたエルメスが己を保つためには、少数でも理解者が必要だったからだ。
その中で最も死にやすそうなのは、依頼として悪魔たちと戦うであろうリックのパーティ。
そしてその次が負傷者の治療のために前線近くまで出てくるターニャたち神殿の神官。
エイルは指揮官であるがゆえに、逆に死ににくいと思われる。
最強の戦士であるが、立場ゆえにその戦力を使えないというのは、なんとも皮肉な物である。
それとアーノルドは、絶対に死にそうにないから放っておく。
その他もろもろ、準備は必要であったが、やってやりすぎるということはない。
エルメスの個人的な収集物が消えていくが、それは必要経費と割り切る。
直前には魔力を完全に回復させ、ポーションなどの効果が薄れないように、丸一日は安静に過ごす。
……過ごそうと思ったのだが、リックやターニャがやってきた。
リックの場合は、一緒に戦ってくれという話であった。
既に戦うことは決めていると言うと、彼は納得して帰っていった。
ターニャの方はちょっと情けないものであった。
神殿もこの訓練に対応し、衛生班として郊外に出ることを準備していた。
これに参加すれば、昼と夕方の炊き出しが食べられる。
少女の好意は感謝すべきものであったが、エルメスにとっては的外れなものであった。
まあ騎士団に呼ばれて仕事があると言ったら、笑顔で良かったですねといわれたのだが。
ターニャの中のエルメスは、彼自身が思っているよりよほど貧乏らしい。
そしてその日は訪れる。
奇しくもその日、日食が起きて大地が暗くなった。
この文明において、日食は不吉の象徴とされている。単なる科学的な現象だと知る者もいるが、それは周知されていない。
下手すれば神殿が文句を言ってくるほどのものだ。
悪魔達は夜の方が強くなる。
その点から言えば、確かに今回の日食は不吉であった。
万雷の咆哮が魔境の奥から聞こえ、豪雨のような唸り声が響き、魔物たちが魔境からあふれた。
やはり藤本タツキは天才か……。




