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25 準備するエルメス

 さて、戦争の準備をしよう。

 エルメスはとりあえず騎士団の御手並みを拝見することにした。

「そんな余裕があると思ってるのか?」

 襟首をつかまれて、エイルによって演習台の椅子に座らされたエルメスであった。


 さて、今回の魔王討伐、あるいは封印作戦において、名目上の目的はどうなっているのか。

 それは「魔境から魔物が大量に溢れた状況を想定した、大規模演習」となっている。

 以前に魔物が増加したのは事実だし、ダンジョンらしきものの痕跡があったのも事実だ。

 大規模な魔物の氾濫があると仮定して、それに対処するというのはおかしくはない訓練内容だ。


 最初の段階では、騎士団から伝令が魔境の周辺の村に向かい、避難を促す。

 この時大切なのは、必要最低限の物資だけを持ち出すということだ。なお万一火事場泥棒のようなことがあれば、ある程度は国から補填する。

 騎士団の物資から、余剰分を供出してもいい。今回の作戦は例外だが、騎士団の食料物資は、だいたい毎年残って貧民区での炊き出しなどに使われたりする。

 また今回のような大規模な訓練を言い訳にして、残りの訓練を短縮する用意もある。

 実際のところは、多大な犠牲が出て、軍の再編に大変なことになるだろうが。




 演習台の上には魔境の近隣地図が乗っていた。

 既に伝令は出て、村落からの避難を行っているはずだ。

 中にはこっそりと残る村人もいるかもしれないが、それはもう考えない。

 訓練と侮る人間は、本番でも死ぬのだ。

 今回は本番が訓練と偽られているわけだが。


 エルメスが口を出すまでもなく、優秀な騎士たちは魔境に対する布陣を考えていた。

 それは緻密でありながらも柔軟性に富み、普段から戦場の研究を欠かしていないことを示している。

 惜しむべきは彼らの想定する魔物の力がが、あまりに過小に評価されていることだった。


 軽く視線を送ってきたエイルに、エルメスはかすかに首を横に振った。

「よし、では魔物の戦力をさらに増やした状況で考えよう」

 エイルの指示に、騎士たちは素直に頷いた。机上の演習とはいえ、相手の戦力が変われば、採用する選択肢も変わるものだ。

 これも一種の訓練だと、強弁するまでもなく受け入れられる。


 エイルの指示する魔物の戦力は、どんどんと上がっていった。

 幕僚たちもさすがにワールの街の軍だけでは対処出来ないと気付き始める。

 それでも魔境からの氾濫を阻止するという命令を果たそうとするなら、精神論に話題は移行する。


 古来より精神力のみに頼った軍隊が勝った例はない。

 装備や練度、それがあった上で、精神力に上回った者が勝つのだ。

 だがここで消極論を唱えるのは、軍人としてはなかなか難しいのだ。

 戦争に慣れた国家であれば、そういった観念的な脳筋は、すぐに前線で淘汰される。

 しかしワールの街の騎士団は、騎士道精神に溢れ、激しい訓練を行ってはいても、現実認識が足りない。

 ちらちらとエイルが目配せをしてくるので、エルメスは仕方がなく立ち上がった。本当に仕方がない。




「よろしいでしょうか」

 それまで無言を貫いてきたエルメスの発言は、騎士たちの沈黙を招いた。

 突然団長が連れて来た若い魔術師には、それなりの注意が集まる。

「先ほどまでの皆様の作戦、非常に戦意に富んだ、意欲的なものでした。何よりどんどん状況が悪くなるにもかかわらず、鋼鉄のごとき戦意を失わないのは素晴らしい」

 素晴らしくアホたれである。

「ですがこの数の魔物となると、常備兵だけではなく、冒険者や志願兵も動員せざるをえないでしょう。彼らに皆様のような獅子奮迅の活躍を求めるのは酷というものです」


 エルメスの言葉は、ある程度本心である。

 騎士たちは己の命を賭けることに、全く恐怖を感じていない。それは単に、想像力が欠如しているからだが。

 かつては若さゆえに苦い経験をしたエルメスであるが、さすがにもうこういう輩との付き合いは分かってきている。

 それにいざとなれば暴力で制圧すればいい。まさか騎士様ともあろうかたが、魔術師に肉弾戦で敗れたことを、口に出来るはずもない。


 物騒なことを考えながらも、エルメスは作戦案を出した。

 それは村落を放棄した後、ワールの街まで足跡の罠を設置し、出来れば砦を築いて遅滞戦闘を行い、本命は篭城というものである。

 もちろんワールから軍団でも徒歩四日の西にあるフィジー駐屯地や、徒歩二日の北にあるフィギ駐屯地からの援軍を考えたものだ。

「促成栽培の兵などには、とても魔物の相手は務まりません。しかしながら農民であれば、即席の罠を作成したり、簡単な障害物を作ることは出来るでしょう」

 エルメスの作戦は地味であるが、実行可能という点で、完全に騎士たちの作戦よりも優れていた。


 なおこれは、最悪の事態になった場合の話である。

「極めて消極的だが、最悪の場合ならこの作戦を採用するしかないな」

 エイルは笑顔で言った。裏では全く笑っていなかったろうが。

「もちろんこれは極端な例だ。今回は通常通り、魔物の駆除を行う。だがそれに目途がつかなければ、最悪の状況になったと想定を変えて、撤退を速やかに行うように」

 見事だ。


 あくまでも最悪を意識させた、しかしながら建前では安全な訓練。

 本当の危機が目の前に現れれば、おそらく恐怖で硬直してしまうだろう。だがそれはない。

 悪魔達が出現した時点で、魔道具による連絡が伝わるからだ。

「そうだな。撤退が一番早く出来た隊には、酒でも奢ろうか」

 エイルの提案に、室内の雰囲気が弛緩した。




 この中で魔王の脅威を知っている者は、エルメスとエイルしかいない。

 それも、本当の意味で魔王と悪魔の軍団の脅威を分かっているのは、エルメスだけだ。


 常識的に考えれば、おそらく魔王の軍団との戦いで、ワールの街は蹂躙されるだろう。

 都市をそのまま覆うような結界があるし、高い防壁も持っているが、それで悪魔や、まして魔王の力に対抗出来るわけではない。


 ワールの街を犠牲にして、魔王の軍団を北と東から挟み撃ちにする。

 南は海であり、西は山岳地帯だ。

 これぞ包囲殲滅陣!


 頭の隅で馬鹿なことを考えながらも、エルメスは優先順位をはっきりとさせていた。

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