24 団長とエルメス
騎士団の本部はワールの街の領主館、あるいは代官館に隣接して存在する。
広い練兵場も併設されており、さらに大規模な訓練は、郊外の街道沿いに存在する。
ここ100年以上はなかったが、もしワールの街が攻められた場合などは、この練兵場が避難民の収容地になるはずだ。
そんな騎士団の本部にある団長室に、エイルはエルメスを連れて来た。
「よく分からないんだけど、従者とかいないんですか?」
「いる時もあるが、今日は非番だ。ちなみに私も本当は非番だ」
「個人として動いていると?」
「まさか。単に休日を返上しているだけだ」
ブラックである。まあ未開の文明ではよくあることだ。
それに軍人にまともな休日などはない。特に目の前に脅威が迫っている状況の、指揮官としては。
「リックから話は聞いているが、もっと詳しいことを聞きたい。おそらく彼には話していないことも、色々とあるだろう?」
エルメスはほっとした。
この騎士はかなりまともだ。そしてまともでない部分も、自分で制御出来るであろう。
そう思ったから、ゴンベスとの話も、それ以前のダンジョンの話も全て伝えた。
自分が前世を持っていることだけは話さなかったが。
語り終えた時、エイルは頭を抱えていた。
気持ちは分かる。エルメスはあまり空気が読めないが、人間の負の感情には通じている。それにこれは、単に悪魔の脅威度が高いだけだ。
「マジか……」
「まあ、魔王を倒す算段はついてるし、非戦闘員を避難させれば、想像の範囲内でなんとかなると思いますけど」
牢屋の中では色々と考える暇があった。魔王の戦力を計算し、それへの対策を考えた。新しい魔術も考えついた。
エルメスにとって一番難しいのは、魔王戦後の自分の立ち位置をどうするかであった。
騎士団長公認の下、騎士団と協力して戦えば、悪魔と交流していたという事実もなかったことにされる……のだろうか?
そこのところの保身が一番大事なので、エルメスはまずそれを尋ねた。
「貢献度次第だが、大丈夫だろう。そもそもお前、本気になれば私より強いんじゃないか?」
もちろん純粋な近接戦闘の技術では、エイルの勝ちは揺るがない。
しかしリックから聞いた話に加え、本人の自己申告によると、エルメスは魔王の幹部である上級の悪魔にも勝てるのだ。
「まあ、単に強さだけなら自信はあるんですが、それと生き残るのとは別ですし、あとの生活に悪影響が出ると困るので」
エイルは「そこか?」と少し不思議そうな顔をした。
エルメスの強さは、エイルには分かる。おそらく近接戦で武器を使った戦いでも、そこらの騎士には勝てるだろう。
戦場では相手のスキルを調べる暇など滅多にない。だから前線の戦士は、相手の動きからある程度の強さを測る訓練が必須なのだ。
だからエイルはエルメスの強さについて、直感スキルを持っていないにもかかわらず、全く疑っていない。
首を傾げながら、エイルは問いかける。
「魔術兵団なら即採用ぐらいの強さはあるだろう?」
軍人はあまり自分に向いていないと思うエルメスであるが、底辺冒険者よりはもちろんいい待遇だ。
「だから、その魔術兵団の採用条件に、スキルの有無があったからですよ」
「あ……」
エイルは納得した。
そもそも騎士団においても、騎士やその他の要員について、スキルの有無が絶対条件となっている場合がある。
だが平民から騎士団長にまで昇進したエイルは、例外的な措置を知っている。
「騎士団長の推薦は、スキル関係なく採用されるぞ」
「マジで!?」
エルメスはクネクネと変な動きをした。
スキルに支配された世界というのは、ある意味歪ではあるが、平等な世界でもある。
たとえどれだけ高い身分に生まれていようと、スキルを獲得していなかったら、高い地位には就けないのだ。
たとえば高位貴族のボンボンが軍や官僚の高い地位に就こうと思っても、スキルが高くなければ無理なのだ。
スキルレベルが同じであれば融通は利くが、スキルレベルに1でも差があれば、それが覆ることはない。
実際のところ、スキルの有無ではなく家柄などによる伝手などで、スキル以上の能力を発揮する人間はいる。
だがそういった人間には、交渉や調停などといったスキルが付くのだ。
それでも本当にどうしようもない人間は、スキルがあっても左遷されるのだ。地位の上では昇進であっても。
そんな訳でエルメスは、騎士団に付随する魔術兵団に就職することになった。
「まあそれでも出世するには、スキルがないとしんどいけどな。だがスキルの有無に関係なく昇進する手段がある」
エルメスはあくまで、平の隊員として魔術兵となるだけである。それでも安定した高い給与は保証されるのだが。
「それは功績だ。近くの魔王復活のことを考えると、戦果と言ってもいい」
なるほどそれは分かりやすい。
そしてエルメスにとって、実戦で功績を上げるというのは、とても簡単なことであった。
かくしてエルメスは生まれて初めて、魔術を活かせる職業に就いたのであった。
だが喜ぶのはまだ早い。
「まあこれは臨時採用扱いだ。勝手に定数以上の魔術師を正規採用するわけにはいかないからな」
ですよねー。
エイルは騎士団長であるが、だからと言ってその人事権までをも手にしているわけではない。
彼の勝手が通るのは、せいぜい配属を決めるまでだ。
エルメスを推薦すれば、確かにそれは通るだろう。だがそれを確定させるのはエイルの力だけでは無理なのだ。
この世界はスキルが評価の基本となる。だが完全にスキルだけを絶対にするならば、たとえば競技を行う場合、先にスキルだけで強者を選別すればいいとなる。
だが実際は、あるスキルには劣っていても、他のスキルと組み合わせることで、上位のスキル持ちに勝利するということがある。
だからスキルのないエルメスであっても、誰が診ても分かる戦果を上げれば、スキルとは別の能力の証明となるのだ。
あと、もしも本当に今回、魔王の軍勢が復活するとなれば、騎士も魔術師も戦死者が出て定員割れとなるだろう。
だからそこに実戦経験と功績のあるエルメスが潜り込むのは、不自然なことではない。
しかし正直、エルメスがそれ以上に出世するかというと、また厳しい話となる。
平時においてはスキルの有無で能力を評価するのが、確かに簡単ではあるのだ。
実績を上げていても、その実績が実力以外の要素で達成されている場合などもある。
だがエルメスにとって、とりあえず出世についてはどうでもいい。
彼が欲するのは公務員である魔術兵団の兵という職と、その高い給与である。
借金さえ返せるなら、最悪そこまで働き、また冒険者に戻るというもありだ。
死蔵している様々な魔物の素材なども、身元が確かであれば適正価格で処分出来るだろう。
エルメスはそのため、全力で魔王に対策する気になった。
全ては借金を清算した綺麗な身となるために!
彼は学院卒業以来、最高のモチベーションで、魔王と戦うことを決意した。
臨時とは言え、ついに就職に成功したエルメス。
目前に迫るのは史上例を見ない魔王の脅威。
人はこれを普通、ブラックと呼ぶ。




