23 団長と代官
ワールの街は王家直轄領であり、その領主は名目的には王であり、実際は王族が代官として派遣されている。
現在の代官は現王の弟であり、ごく普通な王族的王族であった。
そんな王族に対して、エイルはごく妥当な作戦を提示していた。
「村落の避難訓練と、魔境への対応訓練か。なぜこの時期に正規の訓練を逸脱して、こんな訓練を行う必要があるのだ?」
ごく平均的な王族は、まず変化を嫌う。
自分たちが社会構造上のピラミッドにあるのだから、それは当然のことだ。
だから話の持っていきかたとしては、それをしなければ社会が不安定になるという方向にしなければいけない。
「先日のダンジョン騒動のことはご存知かと思いますが」
代官の眉がぴくりと動いた。関心自体はあるのか、それともあまりに荒唐無稽な話に、エイルの話自体にうさんくささを覚えたか。
「あんな確度の低い話を、今更どうしろと?」
既に解決している問題を持ち出して、何が言いたいのか。
王族というのは頭の仕組みも我儘なので、順序を間違えて説明すると、気分を害してくる。
エイルには勝算があった。もっともその内容も、エルメスが示したものだったが。
「閣下のような選良とは違い、平民というのはあやふやな噂話を信じやすい性質なのです」
「ふむ」
おべっかを使いつつ、平民に対する自分の見方に同調させる。
「だから何かを形にして見せることで、その不安を取り除いてやる。閣下の威厳を高めると共に、統治においては良い手段だと思われます」
「確かに、それはそうだな」
代官は馬鹿ではない。
単純に、自分よりも身分が下の人間を、能力が低いと決め付けている。
だから自分を褒め称えると共に意見が出されれば、その内容に流されやすくなる。
「元々魔境付近の村からの民衆の避難は、いずれ訓練計画として行う機会を考えていました。今なら魔物の脅威が増していたことにより、こちらの指示に素直に従うでしょう」
民衆も馬鹿ではない。
そして馬鹿ではない以上に、愚かである。
愚かと言うのが酷であれば、目先のことしか考えていない。
日常の生活を守ることは考えても、非日常から身を守ることに対しては楽観的だ。
魔境からの魔物の襲来に対して、ある程度は対策を考えている。だがその中に村を放棄するという選択はない。
村人達の財産というのは、村の中にしかないのだ。それを捨てることは自殺と同様だ。
だが今回の場合は違う。軍が行うのは避難訓練だ。実際に村を放棄するわけではない。
数日間の食料を持った上で、国の護衛の下に移動する。農作業に及ぼす影響も、それほど大きくはないだろう。
害獣対策などが出来なくなる点もあるが、避難訓練と騎士団の対応訓練は同時になされる。つまり村人がいない間は、騎士たちが村を守るのである。
心理的な拒否感は軽減され、速やかな避難がなされるだろう。
「まあ、平民達に対することとしては分かった。だが騎士団までも動かす必要があるのか?」
軍隊というものは金くい虫である。
ごく一部の工兵の作業を除いて、軍隊が何かを生産するということは極めて少ない。
訓練にしても武器や防具は消耗するし、携帯して行く食料などは、普通の物よりも高い。
これが根拠地である騎士団本部近くの訓練の場合、野営にかかる費用なども抑えられる。予算とは常に限られているものなのだ。
「むしろ現在の訓練を何度も行うより、遠征の訓練を行った方がいいのでは、と」
訓練というものは当然、実戦を意識して行われる。
しかし現在行っている訓練は、戦闘の訓練であって戦争の訓練ではない。
内乱さえもほとんどないパガン王国なので、遠征というものの必要性を感じること自体が少ない。
しかしエイルが考えるに、騎士団が身近で必要されるという事態は、魔境の魔物対策が一番大きいだろう。
今回のダンジョン騒動でも、騎士団の動員について考えてみたが、兵站の問題が大きいと感じた。
今のままの訓練では、訓練のための訓練でしかなく、本物の戦闘に堪えるのか疑問である。
魔境での討伐は、今までも騎士団で行うことはあった。
しかしそれを大規模にすることによって、騎士団の運用を実戦レベルまで高められるのではないか。
そのエイルの話を聞いても、代官は顔をしかめる。
その内心は分かる。
単にめんどくさいのだ。
貴族や王族というのは、命じるのが仕事である。人を使うことが、己の責務と思っている。
だからこういって、自分でなければ出来ない仕事でさえ、忌避してしまう精神構造となっている。
代官を釣るには、まだ餌がいる。
「こういった軍の運用は、これまでに行われていませんでした。まあ国内が平和になってようやく、こういった訓練が行えるようになったというのも皮肉ですが」
ささやかなユーモアは、上司に対しては必要なものだ。
「魔境を近くに持つワールの騎士団でなければ行えないことです。この運用を確立し、王都に報告すれば、かなり評価されるのではないでしょうか」
代官の目が輝いた。
王族の仕事というのは、究極的には権力闘争である。
統治などといったものは、その闘争の結果として存在するだけだ。
ワールの街でしか出来ないことをやり、それを王国の騎士団の模範とする。
実際に出来るかどうかはともかく、そういった動きを行うことは、自分の仕事の評価へとつながるだろう。
代官は心からの、つまりは自分の利益に笑みを浮かべた。
エイルは己の仕事が終わったことを確信した。
ここまでは騎士団団長としての義務である。エルメスがリックを通して要望したことが、これで達成できた。
あとはエルメスからの、個人的な希望となる。
「ところで――」
さりげなくエイルは話を変えた。代官の頭脳を占めるのは、既にこの訓練に関する己の権益である。
「その魔王騒動で、市井の魔術師を一人収監しているとのことですが」
エイルは己の責務を果たすために、少しでも体勢を整えておきたい。
エルメスという魔術師の存在は、リックの話半分に聞いても、かなり重要な要素となりそうだ。
エルメスがなぜ捕まっているのか、エイルは事前に調べてある。
罪状は騒乱罪だ。ようするに社会不安となるような言動を流布させたということである。
だが実際の調べにおいては、ギルドや学院が上げてきたのと同じ内容しか喋っていない。
……まあ悪魔と交流しているというだけで、危険だという見方もあるのだが。
これが学院の魔術師や、どこかのお抱えの魔術師であったら、特に問題にはならなかっただろう。
代官はエルメスのことをそもそも知りもせず、重要視しなかった。
あとはエイルが直接に、自分の権限でエルメスを自由にするだけである。
牢屋に入れられていると、普通の人間は消耗するものである。
なにしろ死ななければそれでいいというのが普通なので、住環境としては最悪だ。
水や食事も大したものではないし、隅に置かれた便壺の臭いは、仕方なくても耐え難いものがある。
そんなところから出てきたというのに、エイルの目に映ったエルメスは、さほど消耗しているようには見えなかった。
無精髭が生えているのは仕方がないだろうが、騎士団に帯同する魔術師たちと比べても、精悍な印象がする。
「お前がエルメスか」
「ひょっとして騎士団団長本人ですか?」
「……てっきり知っていると思ってたんだが?」
「……いえ、いるのが信じられなくて」
もちろんエルメスは知らなかった。
牢屋に入れられるまでは脳筋の騎士団などには、その付属の魔術兵団も含めて興味がなかった。
全ては牢屋から知ったことであったのだが、それを言ってしまえば、どうして魔術師が結界の中からそれを知れるのかという話になる。
エルメスがされた対処は最悪の一つ前であったが、そこからの巻き返しはかなり上手くいっている。
騎士団という軍の力は、集団戦においては冒険者よりも強い。
それに職業軍人だ。戦死しても遺族には年金がいく。
つまるところ悪魔と戦って死んでも、比較的エルメスは心を痛めないで済む。
もちろんそんなことをエルメスは言いはしない。
「魔王復活の詳細、話してもらうぞ」
「それはもちろん」
戦いは近い。




