22 団長とリック
喧騒に満ちた酒場の片隅に、リックとエイルは座っていた。
「で、どういうことだ?」
エイルは脇腹を撫でている。本当なら立ち上がることすら出来ないほどの怪我を負ったのだが、もうその後遺症すらない。
リックに渡されたポーションによって、完全に治癒している。
騎士団で使っているポーションよりも、明らかに薬効が高かった。
仮面を外したリックは料理に手を付けようとして、プルプルと震える手を見つめていた。
エルメスの強化魔術があまりにも強力だったため、ポーションを飲んでも腕が回復しきっていないのだ。
全身筋肉痛であるのだが、とくに両腕がひどかった。
「はい、それでですね」
あの時――。
リックの剣はエイルの体を上下に両断するほどの威力を持っていた。
それが肋骨の破壊と、内臓のわずかな損傷にとどまったのは、エルメスのかけた魔術の手加減による。
とにかく共にポーションを飲んで回復した後、二人はこのエイル御用達の酒場に来たのだった。
リックは魔王降臨の件について話した。馬鹿にされるかと思ったが、エイルは真剣な顔で聞いてくれた。
「なるほど」
しばし考えた様子を見せて、エールを呷る。
リックは下戸なので茶を飲んでいる。
「そういった話は、実は少し聞いている」
あまりにも荒唐無稽な話なので、また流言飛語の類だと思っていたのだが。
少なくともリックは間違いなく信じているし、それを事実として動いている者がいるのも分かった。
エイルは現在貴族とは言え、元は平民の出だ。市井の情報には気を配っている。
特に彼の子飼いの諜報員が、裏社会から持ってきた突拍子もない話は、その確実性はともかく気に障るものだった。
魔王復活。
正確には魔王再臨とでも言うのだろうか。
有史以来の出来事であり、神話の中の出来事である。
時折異国ではそんな事件があったとも聞くが、詳しい情報などはないのでほぼ無視されている。
だが幾つかの筋から上がってきた話なので、無視するわけにもいかなかった。
「それで、どこが主体になって動いてるんだ?」
エイルの当然の質問に、リックは困惑の表情を浮かべた。
「君は冒険者のようだから、冒険者ギルドが主体となって動いているのかと考えたんだがな。事件の内容からしたら、裏社会や学院が主体となっていてもおかしくはないが」
そう言われたリックは、なんだか情けなさそうな顔をした。
「いやあの、この件はどの組織もまだ本気にしてないみたいです。裏社会は把握しているみたいですけど、あの連中はとりあえず静観するそうで」
リックの言葉に、エイルも困惑する。
冒険者ギルドも、学院も、裏社会も、事実をつかんでいるが動いていない。
では何がこの絵図を描いているというのか。
少なくともワール最強と言われる自分に、まだひよっこの冒険者を当てて勝たせるほどの付け足しは、何か強大な力が働いているはずなのだ。
「え~と、じゃあそもそも誰が、魔王復活の話を」
「冒険者で魔術師のエルメスさんです」
エイルの記憶野に、聞いたことがあるような名称が触れた。
「あ、ひょっとしてこの間のダンジョン騒ぎの?」
報告書を見た記憶がある。胡散臭いとは思ったが、ダンジョンの発生という大事件なだけに、一応はエイルにまで報告はいっていたのだ。
そういえばその時のパーティーのリーダーが、リックという名前だった気がする。
「そうです。結局何かの勘違いだって決めつけられて、お説教食らいましたけど」
ダンジョンの出現というのは大事件である。
未確認ではあってもその痕跡があったというだけで、エイルが知るだけの情報ではあった。
だがあくまでも確認出来たのは痕跡だけだ。ダンジョンの主は討伐された後だと聞いたし、報告した冒険者もさほど腕利きというわけでなく、色々な勘違いが重なった結果だと思われた。
「そういえば部下が、変な魔術師のことを言ってたかな……。確か「スキルなし」とか」
「エルメスさんです。確かにスキルは持ってないんですけど、明らかに高レベルのスキルを持ってるんです」
「ハッタリとか口車に乗せるとか、そういうのじゃなくてか?」
「悪魔を一人で倒したんですよ?」
ふむ、とエイルは考える。
ダンジョンの出現、魔王の復活。
それと同じぐらいありえないのが、スキルを持たない人間だ。
正直、訳が分からん。
「それで私にはどう動いてほしいんだ?」
そう問いかけられて、リックはようやくほっとした。
一応エルメスから説明は受けていたのだが、いまいち理解出来ていなかったのだ。
農村出身の冒険者の若者に、防衛体制の準備など分かるはずはなかった。
エルメスがどのようにしてかリックに届けた手紙には、エイルが求める情報の全てが書いてあった。
これから起こるであろう事。その前にしておかなければいけない事。そのために必要な事。
エイルは正直、顔をしかめた。
エルメスの指示は妥当であり、しかもエイルの権限を見事に読みきったものであったのだ。
騎士団の参謀に加えられないものかと、本気で考えた。
しかしそのエイルでも、どうにか出来ないであろうということが一つあった。
エルメスの身を自由にすることである。
リックの話を聞き、実際に戦ってみて、エルメスというのは人間の形をした何かだと、エイルは考えた。
人間と思うにはどうにも異質すぎる。
そんなエルメスを、魔王の復活の前に自由の身にする。
これがエイルには難しい。
そもそもエルメスが捕えられている理由がない。
魔王の復活が事実なら、詳しいことを聞くために身柄を抑えておく必要はある。
だからと言って魔術師を閉じ込める監獄入りはおかしいだろう。
逆に魔王の復活が嘘なら、単に何日か牢に入ってもらって、頭を冷やさせる。
その程度の対応で済ますはずなのだ。
それに関してもエルメスは、上の人々の考えを当てていた。
何かが起こった時に、責任の理由付けが必要である。
悪魔と対話したなどという市井の魔術師であれば、背後に全く何もいないので、いくらでも処分のしようがある。
スキルも持たずに魔術師を名乗る無職など、それぐらいに役立ってくれれば儲けものなのだ。
エルメスの見通しは正しいとエイルは思った。
そしてそれだけの洞察力のある人間が、自由に動くことが出来ずにいる。
「参ったな……」
エイルの職責を超えた案件だ。
しかしエルメスは彼の職責で、可能な役割も充分に振っている。
「やるしかないか」
真に騎士である精神を持つ中年は、重たい声でそう言った。




