18 危機とエルメス
友人というのはどうやって出来るものだろうか。
まず最初は、腐れ縁からなるのだろう。幼少時には人間の世界は狭く、身近な同年代は皆友人となる。
エルメスだってそうだった。
小さな街の職人街には、それなりにたくさんの子供がいた。幼少時から異常な知性を持ったエルメスであっても、勉強ばかりをしていたわけではない。
やがて人間は成長し、進路が分かれていく。
エルメスの場合は魔術師として、滅多にいない知識階級と交流することになった。
ここで平民時代の友人とは疎遠になり、周囲には富裕層や貴族出身の同年代が集まった。
しかしここで、エルメスは孤立した。
全く人と交流しないわけではなかったが、あくまでもそれは通常の交流だ。必要に迫られてのものであり、好意などは発生しない。
エルメスは根本的な部分ではコミュ障だったのだ。
しかし彼を全面的に責めるのもフェアではない。
前世持ちであるエルメスにとって、子供に合わせるというのはそれなりに難しいものだ。
彼から見たら成人年齢である15歳も、明らかにまだ子供であるのだ。
しかし人間はそういった、見下した態度を敏感に感じるものである。
実際にエルメスは見下していたので、やはり彼が悪い。
そんなエルメスにとってゴンベスは、理想的な友人と言えた。
人間社会のスキル前提とした偏った価値観を持たず。
悪魔でありながら悪魔の価値観とはずれた。
奇跡のような出会いが、この一人と一体なのであった。
皇帝熊が現れるような魔境に、街の平民の普段着で現れた男。
これだけでも充分に不審ではあるのだが、エルメスはあまり気にしなかった。
「久しぶりだな。忙しかったのか?」
「ああ、と言うか現実進行形で忙しいんだが、どうしても話さなくちゃいけないことが出来てな」
そこでゴンベスはちらりと他の人間の方を見る。
友達のいないぼっちで有名なエルメスに、親しく語りかける場違いな服装の人間。
ゴンベスは軽く会釈をした後、エルメスに近づいた。
「ちょっと秘密なんだが」
エルメスも顔を近づける。
「俺の仕えてるのとは別の魔王が、地上に出ようとしている」
もしかしなくても大事件である。
「力の強い悪魔ほど、地上には出られないんじゃないのか?」
「あ~、それなんだが……」
ゴンベスにも言い辛いことはあるのだ。
「俺が昔開発した、使い捨ての封印突破装置があってな。この間のダンジョン作成で封印が弱まってるから、それを使えば封印を一時無効化出来る」
「マジか。どうしてお前、そんな危ない物、処分してなかったんだよ」
「あの頃は若かったからさ……なんとなく将来使えそうな気がして、処分できなかったんだ……」
研究者あるあるである。
「それで、俺にどうしろと?」
「いや、別にどうというわけじゃないけど、戦いに巻き込まれる前に逃げるように言いに来ただけだ」
エルメスは感動した。
悪魔、ちょーいいやつ。
「俺が本気を出したら倒せるか?」
「うん? う~ん、正直俺は、エルメスの力がどれぐらいなのか分からないからなあ」
とりあえず同格、実力的には格上であった牛鬼を倒している。
だが魔王とまで呼ばれる存在に比べたら、さすがに神の呪いを受けた人間とは言え、相手にならないだろう。
「それじゃあちょっと魔力を開放してみるから、それで判断してもらえるか?」
悪魔でさえもスキルが見えない以上、単純にそれで比べてもらうのが一番分かりやすいだろう。
「そうだな。でもさすがに魔力で悪魔に勝てるとは思わないが」
エルメスは普段から魔力を制御している。もはや無意識に行っているもので、全く魔力を無駄にしていない。
そういった操作によって、体内の魔力は循環し凝縮し、人間にはありえないものにまで成長している。
「よし」
軽く声をかけたエルメスは、魔力の制御を止めた。
その瞬間、魔境が揺れた。
強大な力を持つ魔王に仕えるゴンベスでさえも、顔が引きつった。
魔力を感知できるミーナは、既に失禁して膀胱に水分がなかったことを感謝した。そしてまた腰を抜かした。
冒険者達も圧倒的な威圧感を前に硬直するしかない。
しばらくの後、エルメスはまた魔力を制御下に置いた。
「で、今ので半分程度なんだけど」
「……お前、本当に人間か? 神から呪いを受けたってより、魔王みたいな感じなんだが」
「うるさいよ。それで、どんな感じ?」
「ああ、あの魔王なら勝てるだろうな。そもそも地獄の四大実力者に匹敵するぞ」
「マジか」
人間世界ではとことん不遇なエルメスである。
さて、エルメスが本気を出せば、とりあえず魔王には勝てると分かった。
だが、だからと言って戦うかどうかは別の問題である。
「俺以外の人間が戦った場合、どうなると思う? ちなみにあっちの方に人口20万ほどの街があるんだが」
「人間の平均を考えると、よく分からんな。それに人間は組織的に行動すると強い」
ゴンベスからしたら、他の人間はどうでもいい。しかしエルメスの考えていることは分からないでもない。
「いくらお前でもそんな大勢の足手まといを守ってると、絶対に殺されるぞ」
エルメスは沈黙せざるをえない。
ゴンベスは心の底からエルメスの身を案じている。これは悪魔としては珍しくはない。
悪魔とは己の欲望に忠実なのだ。そしてゴンベスにとってエルメスは友人である。人間である前に友人なのだ。
「別にその魔王を倒しても、ゴンベスは悪くは思わないよな?」
「むしろ潰し合ってくれた方がいいな。悪魔の世界は人間の世界と同じ程度には、争いが絶えないのだから」
ゴンベスに協力を求めるにせよ、彼は魔王が人間と戦って消耗するまでは手を出さないだろう。
いくらエルメスに友情を感じていると言っても、それとこれとは話が別だ。彼には彼の立場がある。
だから結局悪魔達と戦うならば、人間の力を借りなければいけないわけだが……。
エルメスにはごく少数だが、大切に思っている人間がいる。
あちらはどうかは分からないが、軽蔑されたり嫉妬されたりすることがほとんどのエルメスには、ごく普通の対応をしてくれるというだけで、その人間は大切なのだ。
神殿のターニャ。避難しろと言っても、聞くような少女ではない。
リックたち。冒険者は前線に駆りだされるだろう。
アーノルドは……まあどうでもいいとしても。
損害を少しでも減らし、大切な人々を危険から少しでも遠ざけるには、事前の準備が必要だ。
だがエルメスが何を訴えても、それはほとんど影響力がない。
どのような形であれ権力を持っているというのなら、ペンタスやアーノルドということになるのだが、あの辺りは自分の立場を危うくするようなことは絶対にしないだろう。
だから今ここで、つまり少しでも発言力のある者達の前で、魔王の襲撃の脅威を明らかにしなければいけない。
「ちょいとゴンベス、お耳を拝借」
「ふむ」
ミーナたちを無視して行われている、人間と悪魔の謀略。
エルメスの策を聞いたゴンベスは、それはいい顔をした。
今後週末を除いて、二日に一度程度の更新になります。




