16 護衛のエルメス
季節が過ぎ、そろそろ冬の準備をしなければいけないな、と人々が思う頃。
エルメスは薬草採取の依頼が少なくなってきたので、久しぶりに魔術師らしい依頼を受けることにした。
「というわけでー。今日は魔境に生息する魔物の、実態調査を行いまーす」
引率の教員の声を聞いて、魔術師のローブを羽織った少年少女が胡乱げな表情を浮かべる。
「エルメスさん、なんですか、これ?」
リックもまた当惑した表情を浮かべている。
「学院の魔術師たちの護衛依頼だな。導師から直接頼まれた」
学院の魔術師というのは、所謂エリートである。
軍人になるような極端な例もあるが、基本的には研究者としての面が大きい。
しかしながら実地での調査などもある程度は重要と考えるので、こういった授業があるわけだ。
そして浅い場所とはいえ魔境に入るので、護衛が必要となる。
騎士団の分隊が派遣されたりもするが、先般のダンジョン騒ぎのため訓練内容が遅れていて、上手く都合がつかなかった。
そこで傭兵や冒険者に依頼を出すことになったのだが、ギルドの仲介料を削減したいという意図があって、エルメスに直接の打診があったのだ。
もちろんエルメスとリックたちだけではない。
学院のエリート知識階級。その中には当然ながら貴族の子弟もいる。
その身柄を危険に晒さないために、魔術師たちと同じ15人の護衛がついているのだ。
ちなみに護衛の中で魔術が使えるのはエルメスだけである。
基本的に魔術師というのは特殊職で、冒険者の中には少ないのだ。
治癒魔術を使う神官ならば、少しはいるのだが。
引率の教官は当然ながら魔術師で、そして女性であった。
彼女は学生達を並ばせると、なぜかエルメスの方へ歩み寄る。
確かにエルメスは導師から話を受けていたが、護衛集団のリーダーというわけではないのだが。
「落ちぶれたものね、幻のパーフェクトとまで呼ばれた人が」
いきなりの口撃に、うんざりとするエルメスである。
幻のパーフェクト。それは敬意ではなく揶揄を込めて散々言われたものだ。
「エルメスさん、幻のパーフェクトって何しでかしたんですか?」
リックが食いついてくるが、別に面白い話でもなんでもない。
「学生時代の話だ。試験で俺が取れる限りの点数で、全部満点を取った話だな」
「けれど総合点では私に及ばなかったわね」
エルメスは天才だが、ポンコツなところもある。
今の会話において自分と彼女の間に接点があることは分かったが、どうも思い出せない。
「誰だっけ?」
女魔術師が一瞬で激昂した。
「ミーナ・テラスよ! 火系属性魔術の研究で、一緒だったでしょうが!」
「あ、あのしょーもない研究か」
エルメスは思い出したが、同時にいらない一言まで付け加えていた。
「しょ、しょーもないですって!」
「だって結局何も研究成果出せなくて、仕方がないから俺の研究してた爆裂術式をそのままチームの成果として出したよな?」
エルメスは普段、無理なものは無理とはっきり言ってしまうタイプだった。
しかしあの研究は恩師が長年力を入れていたものなので、さすがに躊躇してしまったのだ。
「あ、あれはそもそも、前から研究が進んでて……」
「その研究が行き詰っていて放置されてたよな? それを完成させて何が悪かったんだ?」
煽るエルメスである。
基本的に彼は無駄に敵を作らないタイプであるが、既に悪意を持っている相手には容赦しない。
「思い出したよ。実技訓練俺にけちょんけちょんに負けてた貴族のお嬢様だな。俺にけちょんけちょんに負ける程度の腕で、学院の教員か。ワロス」
ミーナはギギギと歯を食いしばったが、事実なので言い返せなかった。
そしてリックにはささやかな疑問が浮かぶ。
「なんでエルメスさんは、総合点で負けてたの?」
「スキルを持っていないと受けられない試験があってな。問答無用で零点だった」
「ああ……」
最近ようやくリックには分かってきた。
エルメスは天才で、とんでもない魔術師であるが、不遇なのだと。
とにかくそんな不穏な空気を孕みながらも、護衛依頼はスタートしたのであった。
魔境の実態を調査すると言っても、この季節の魔境はあまり危険がない。
冬眠前の魔物の食いだめが少し危険ではあるが、地味に危険な植物系の魔物が活動していないからだ。
護衛の冒険者が割と戦闘向けなので、指導するのは教員となる。
「先生、これってアカマムシダケですか?」
「ええ、そうですね。魔境ではこういった感じで魔素の影響を受けて、大きく変異していることがあります」
「それ、アカホシダケだぞ。普通の茸だ」
「……」
別に教育までが仕事のエルメスではないのだが、明らかに間違った知識を伝えるのは、魔術師として看過出来ない。
まあ単に意趣返しが目的でもあるのだが。
とは言っても腐っても学院の教員である。そんなにあからさまな間違いはそうそうない。
断言する前にちゃんと鑑定魔術を使っているので、さらに間違う可能性は低くなる。
エルメスの視線は冷たいが、追撃するほどの恨みはない。
太陽もかなり傾き、そろそろ帰還するかというタイミングで、魔物が現れた。
「魔物発見。北東2000歩」
「なんだと!?」
護衛のリーダーに伝えるが、そちらは視界が悪い。季節柄葉を落としたり枯れたりしている植物が多いが、それでも魔境には常緑の植物が多いのだ。
「見えんぞ?」
「魔力探知ですので間違いないです」
リーダーは怪訝な顔をするが、魔術師に関しては魔術師に聞くのが一番だと判断した。
「先生、分かりますか?」
「……私は探知系の魔術専攻ではありませんので」
魔物の魔力感知など、この距離であれば普通に出来ることである。
専門家し過ぎた魔術教育の弊害だろうか。
結局学生陣も分からず、質問がエルメスに返ってくる。
「魔物の種類は分かるか?」
「冬眠に失敗した皇帝熊じゃないですかね?」
「……冗談はよせ」
「冗談でこんなこと言いませんよ。魔力が大きいから、まず間違いないかと」
皇帝熊は魔境のこの辺りではまず見かけない、生態系でも上位の魔物である。
攻撃力と防御力に優れ、下級冒険者が敵う相手ではない。
もちろん15人いたとしても、相手に出来ない魔物である。一般的な基準としては、冒険者ランク6の戦士が一人は必要だろう。
リーダーはすぐさま判断を下した。
「リック! お前達は学生を連れて逃げろ! 他の者はここで足止めする!」
「全員で相手をした方がいいんじゃ――」
「護衛を一人もつけずにこの場から逃がすわけにもいかんだろ。最悪でも俺たちの死体で食欲は満たせるだろうしな」
冒険者の中には、護衛を放棄する場合もあったりする。
もちろんそれは契約違反なのだが、たとえば下級冒険者が竜などと遭った場合、事故として処理される。
それは極端な例だが、皇帝熊との遭遇など、かなり希少なケースには違いない。
リーダーの意見は責任感に満ちたものだったが、リックたちにはこの後の展開が分かっていた。
いくら皇帝熊が強いと言っても、ダンジョンの主である悪魔より強いはずはないのだ。
「分かりました。エルメスさん、お願いします」
リックはすぐさま学生達と共に撤退を開始する。
「私も残ります」
訳が分からないことを言い出したのはミーナである。
「相手が強力な魔物でも、魔術であれば戦いようがあります」
「いや、皇帝熊にはほとんど魔術も効かないんだが……」
「今回の依頼はあくまでも学生の護衛であって、私はその範疇に入りません」
「いや、あのね」
リーダーはなおも言い募ろうとしたが、エルメスにはなんとなく彼女の気持ちが分かる。
だが無謀だ。
「依頼に傷がつかないんですから、別にいいでしょう」
エルメスは声に感情を乗せずにそう言った。
「まあ、皇帝熊相手に、机上の魔術が役に立つとは思わないけど」
さらにミーナを煽っていくエルメスであった。
なおミーナはヒロイン候補ではありません。




