15 悪魔とエルメス
悪魔は地獄に住む者たちの中で、知恵を持つ種族の総称である。
ちなみに何故地獄というか地下に住んでいるかというと、神話の時代に神々によって封印されたからだと伝えられている。
悪魔と直接接触した者の書いた文献もこれを否定していないので、そこのあたりは本当らしい。
とりあえずエルメスは、即座に悪魔を殺せる体勢を維持しながらも、話を聞くことにした。
もちろんいつでも殺せるという心積もりはそのままで。
「エルメスさん、まさか人間に貴方のような強者がいるとは思っていませんでしたが、直接会ってみてようやく分かりました」
ゴンベスは笑顔である。そういえばこの男の顔は、一般的には美男子のうちに入るだろう。悪魔の価値観かこの男の価値観かは分からないが、悪魔の美醜も人間に近いのだろうか。
「貴方、転生者ですね?」
エルメスの警戒レベルが上がる。
「昔からね、神の呪いを受けて生まれてくる人間には、転生者が多いんですよ。そしてそういった人たちは、英雄になるか死ぬか、世捨て人になるぐらいなのですが、中には地獄へやって来る人も多くてね」
エルメスの好奇心が刺激される。
「そんなわけで寿命の長い悪魔には、呪い持ちを許容する風土があるんですよ。どうです、エルメスさん? かなりの高待遇で迎えられますが」
エルメスは考える。
別に悪魔に恨みはない。相手が友好的に振舞うのなら、あえて戦おうとは思わない。
しかし悪魔の味方をするという選択肢はない。
「俺は悪魔は怖くないが、人間は怖い。人間単体では怖くないが、人間の社会が怖い」
エルメスは人間の悪意が怖い。怖いというのが誇張なら、嫌っていると言ってもいい。
「そんな人間の社会の中でしか生きられない、自分自身にも腹が立つ」
エルメスの本音だ。犯罪者になるにも、あるいはそれ以下の鬼畜になるにも、エルメスが関わってきた人間が多すぎる。
そんなエルメスに対して、悪魔はどうしようと言うのか。
「だいたいな、悪魔が俺にどんな報酬を用意出来るってんだ?」
「富、女、快適な生活、そんなところでしょうか」
「話にならん」
いや、快適な生活は、正直少し憧れるのだが。
「富なんてものは、使ってこそ価値があるだろうが。しかし人間の社会ってのはな、取得手段不明の金があったら、税務署が飛んでくるようになってるんだよ!」
税金。それこそ人間社会における、最大の必要悪。
エルメスにとって、借金と並ぶ二大巨悪である。
「女なんて……トラウマしかねえよ! だいたい悪魔の用意する女なんか信用出来るか!」
エルメスはもてない。
顔は悪くないし、性格も捻じれているが悪くはない。だが決定的にもてない。
なぜか?
甲斐性がないからである。
女性が男性に求めるのは、まず金銭なり権力なりによる、快適な生活。それは自分が産む子供の安全にもつながる。
どこの世界でもおおよそ女性が男性に求めるのはそういうものだ。それは生物として当然のものなのだ。
もしも本物の戦乱の時代になれば、逆にエルメスはもてるだろう。
圧倒的な暴力という現実に対して、スキルなどは将来を保証するものではないのだから。
ゴンベスは呆れたような、どこか痛々しそうな表情になった。
「分かる~」
そして同意した。
ゴンベスは地獄の実力者である。
しかし悪魔としては例外的に、暴力よりも知力でもってその地位を手に入れたものだ。
悪魔にとっての力とは単純な暴力である場合が多く、いかに智謀に優れて権力を有していても、いざという時には守ってもらえない。
ゴンベスはもちろん人間に比べればはるかに強い存在であるが、悪魔の中ではそれほどでもない。
知謀を活かした戦術などでは地獄随一を自称するが、こういった能力はむしろ、人間社会の方が評価されやすいであろう。
河原の岩に座って携帯食を食べながら、一人と一体の人間と悪魔は、現状に対する不満を述べた。
「もうね、いっそ戦争になればいいやとか思うし、戦争中の国とかの方が待遇いいかもとかも考えるんだけど、生活のレベルを考えるとこの国でかつかつの生活してた方がまだマシなんだよ」
「ああ~、人間ってあんまり戦争好きじゃないだろうしね~」
既にゴンベスの口調は、十年来の友人に対するものと同じようになっていた。
「いや、人間って戦争大好きだよ。ただ自分が戦争するのが嫌いなだけで」
「うわ、まさに悪魔の価値観www」
「自虐ネタwww」
凄まじいまでの自虐と皮肉に、一人と一体は大声で笑った。
「いや~、ここまで話が合う人間って、生まれて初めて会った気がする。あ! 人間じゃなくて悪魔か!」
「ははは! 悪魔にはあんたみたいな頭の回る人間いないから! あ、俺を除いてね!」
同じような価値観を持ち、同じような不満を抱える。
そんな二人はお互いの不満を口にして、慰めあうことが出来た。
エルメス、生涯初の、親友の誕生であった。
「で、悪魔って結局、何が目的なんだ?」
食事を終えたエルメスだが、会話を終えるつもりは全くなかった。
「一応神々の封印を破って、地上を悪魔の楽園と変えるとか言ってるけど、どうやったらいいのか分からないんだよな~」
「ほ~ん、お前みたいに地上に出てくるの、そんなに難しいの?」
「基本的に力が強い悪魔ほど、封印の拘束力を受けるからなあ。俺みたいに魔術が上手くてそれなりに強い悪魔は、まず出て来れないんだわ」
「う~ん、さすがに俺も、悪魔の封印を解くのには賛成できないしなあ」
エルメスは基本的に利己主義者だ。
そして被差別意識が強い。実際に不遇であるのは確かなのだが。
しかし悪魔の千年王国を地上に実現させるとか、そういう目的には協力するつもりはない。
そもそも悪魔の提供してくれる報酬など、エルメスには使いようがないのだ。
大きな買い物をすると、必ず税務署に怪しまれる。特にエルメスのようにある程度収入が低いことを知られている者は。
いくらなんでも税務署の尋問から悪魔への協力がばれては、縛り首である。そんな情けない死に方はしたくない。
まこと、税務署というのは恐ろしい存在なのだ。
結局エルメスの蓄えたそれなりに大量の金銭は、裏社会で使うぐらいしか用がないのだ。
金はある。ただ使える金がないのだ!
おのれ税務署!
「ん~、じゃあエルメスにはどういう報酬だったらほしいわけ?」
「つっても金塊とか見つけても、なんだか無理やり理由付けて奪われそうだしな~」
「形あるものじゃなくていいなら、地獄にある本とかいいんじゃない?」
「あ……」
悪魔の寿命は、彼らの言葉を信じるなら十万年単位である。
それだけの寿命を持つ悪魔なら、人間の間では失伝している知識も、まだ保有しているかもしれない。
これはエルメスには魅力的な提案であった。
「でも逆に、悪魔の頼みってあんまり受けたくないんだけど?」
「じゃあこうしようぜ。俺が幾つか依頼を出す。その中で受けてもいいと思うものだけ、受けてくれ」
「なるほど」
そして二人は握手した。
エルメスにとっては珍しく依頼を選べるという上体で、ゴンベスにとっては受けてもらえないことを覚悟の約束である。
悪魔と取引したエルメスであるが、まさか悪魔が報酬を出す側であるとはお笑いである。
「さて、じゃあまずはこれなんかどうかな?」
ゴンベスは即座にエルメスの前に紙を出した。
随分といい紙だ。地獄というのはそんなに発展しているのだろうか。
「いい紙だな」
「これ人間製だぞ?」
沈黙するエルメスである。
まるで冒険者ギルドに貼られているような依頼書であるが、おそらくはわざわざ真似したのだろう。
エルメスはそれに目を通していくが、内容がかなりどれも似ている。
「なんか殺人依頼ばかり多いんだけど?」
「ああ、それ悪魔と取引してるやつだから。あんまり地獄の情報を、地上に出すわけにはいかないんだよな」
エルメスはうんざりした。
殺人依頼などというのは、裏社会に行けばいくらでもあるものだ。
エルメスの場合は逆に狙われたこともあるが、依頼主を殺害することで依頼を消滅させたこともある。
「悪魔といっても殺すことばっかりか」
「他には地獄からの流出品を、処分するというのもあるけど?」
「窃盗かよ」
エルメスは犯罪者にはなりたくない。
いや、いざとなれば犯罪者になることも辞さないつもりではあるのだが、今はそこまで切羽詰った状況ではない。
「ちょっとこの中ではないな」
「どういう傾向の依頼なら受けやすい?」
「う~ん、そうだなあ」
エルメスは考えた挙句、悪魔に笑われそうなことを口にした。
「人助けとか」
「悪魔が人助けを依頼するのかよ」
突っ込んだゴンベスであるが、それを否定はしなかった。
エルメスという人間がどういうものなのかは分かったし、それならそれで適した役割があるというものだ。
「じゃあちょっと地獄で調べてみるわ。またな」
「おう」
連絡先も交換しなかったエルメスであるが、その点は心配していない。
悪魔というのはしたたかで、陰から忍び寄るものなのだ。
おそらくそのうちまた現れるだろう。
薬草採取の続きをして、エルメスは街に戻るのであった。
友達いないエルメスは、実はかなり喜んでいます。




