13 導師とエルメス
導師ペンタスはにたにたと笑いながら、部屋の隅にある椅子にエルメスをいざなった。
二脚の椅子の間には小さなテーブルがあるのだが、その上にも書物が積み重なっている。
客が来てももてなすということなどしないペンタスにとっては、それで充分なのだ。
むしろ椅子の上にまで書物が置かれていないことを、感謝すべきなのだろう。
ペンタスはご機嫌だった。
「それで、何の用だ?」
時候の挨拶も前置きもない、率直な質問だった。
だがこの対人関係に問題のある男を、エルメスは嫌いではない。
いや、嫌いではあるのだが、自分にとっては問題ないと考えている。
「導師の専門は古代魔術でしたね?」
エルメスの問いにペンタスは頷いたが、その組み合わせた指はせかせかと動いている。
自分の興味のないことには、全く関心を抱かない男だ。早く本題に入るべきだろう。
「先日冒険者ギルドの依頼で、魔境の調査に行ったのですが、そこで未発見のダンジョンの発生を確認しました」
「ほう! どこだ!? 明日にでも行こうではないか!」
「話には続きがあります。ダンジョンの内部をある程度調査しようとして侵入したのですが、そこでダンジョンの入り口が閉ざされてしまったのです」
「うん? 聞いたことのない現象だな」
ペンタスの高揚がすぐに鎮まる。
「やはりそうですか。まあ仕方がないので奥を探索したのですが、そこで迷宮の主と戦うことになったのです」
ペンタスは首を傾げた。
「なぜ生きておる?」
「単純に主よりこちらが強かったわけです」
ペンタスは沈黙した。
しかしそれはエルメスの言葉を疑ったからではない。
この男は数多くの欠点を抱えているが、その中の一つには美点ともなるものがある。
人の言葉を疑わないのだ。
冗談を冗談として流すことは出来るのだが、よほど摂理に反していない限りは、受けた情報を事実だと判断してしまう。
「詳しく話せ」
「いや、一撃必殺で他言無用の技を使ったので、話せません」
「ならばどうしてここへ来た」
「そうそう、そちらが主題でして」
そしてエルメスは悪魔との対話の内容を話して聞かせた。
「素晴らしい!」
立ち上がって手を広げたペンタスは、まさに高揚し絶叫していた。
「神と呼ばれる存在は、確かに存在している。それはお前の持っているギフトからも確かであるが、神と対話したという確実な記録はない」
神話にまで遡ればあるのだが、それは歴史とは言えないものである。脚色された物語だ。
「対して悪魔の存在は、過去の実験からも明らかであり、個体との接触と対話に成功した例もある」
ペンタスの言葉にエルメスも頷いた。だが一応確認しなければいけない。
「神の託宣を受けたと称する人間もいましたけどね」
「なんだお前は! そんな戯言を信じてるのか! ちょっとでも頭を使えばそんなもの嘘だと分かるだろう」
まあ論理的思考をもってそれらの証言をしらべれば、確かに全てが嘘か、一つ以外の全てが嘘という結論にいきつくのだが。
覚悟はしていたがペンタスの物言いはきつい。
貴族だから許されるが、そうでなければ学会から追放されていただろう。
エルメスはもっと歪んだ悪意に晒されたことがあるので、ペンタスの言葉は率直で好ましいとまで感じた。
しかし困ったことにペンタスは知的好奇心を刺激されたのか、次々とエルメスに一方的な質問を繰り返す。
もっともぶつぶつと独り言を呟いていることも多いので、その思考がたどれないことはないのだが。
少なくとも定番の学説を羅列するばかりの書籍よりは、エルメスの得るものは多い。
「導師、神というのは本当に人間を守るものなのでしょうか」
「そんなわけがなかろう。比較的人間に友好的な神と、敵対的な神がいるだけだ」
「では悪魔というのはなんでしょう」
「敵対的な神の中の、分かりやすい部分だろうな」
「分かりにくい部分は?」
「いるだろうが、試練とか称して人間に無理難題をふっかけたり、生贄を要求するのが」
正直エルメスは驚いた。
「導師の意見だと、友好的という神と敵対的な神が混在しませんか?」
「お前は頭はいいが使っておらんな。人間だってある条件では善人だが、ある条件では悪人というのがいるだろう。裏社会の人間でも、身内だけは守ろうとするのがいる。あと王や貴族なども、自分の利益にならない人間は虫以下だと思っておる」
うわ~、とエルメスは軽く引いていた。
だが確かに歴史を紐解いても、名君と呼ばれた君主が他国では悪魔のように言われていることは多い。
征服王は英雄であるが、被征服者から見たら侵略者以外の何者でもない。
エルメスはこの際、自分の気になっていることも訊いてみたいと思った。
「導師からすると、このスキルに依存した世界はどう見えますか?」
ペンタスは鼻で笑いながらも、エルメスの望んだ答えを返した。
「依存しているのは世界ではなく、社会であろう。スキルなしのお前には、生き辛いだろうなあ」
その嘲弄含みの答えは、社会に振り回されているエルメスをも笑っているようであった。
「そんなに生きるのが難しいなら、もっと単純な社会に行けばいいだろう。スキルなどクソほどの役にも立たない社会が、すぐ近くにはあるだろう?」
それは、考えたことがある。
裏社会だ。
純粋に実力と実績がものを言う裏社会では、エルメスのような人間でも評価されるだろう。
そう、考えたことはあるのだ。
そして考えた結果、裏社会とは一定の距離を置くエルメスである。
「裏社会に属するのは、デメリットが多すぎませんか?」
「お前のような人間には、メリットの方が多いと思うが?」
貴族であるペンタス。そして研究者であるペンタスは、法や社会常識など無視した、実用的な人間にも価値を求めるのだろう。
だがそれはあくまでもその人間の能力を認めるもので、人格を信頼するものではない。
エルメスは悪意に対してあまり強くないのだ。
相互不信で成り立っている裏社会とは、ある程度の距離を置きたい。何度も誘惑にかられるが、その誘惑には屈しない。
思っていたよりも長く、しかし実りのある対話であった。
しかしそろそろ辞去すべき時間である。窓のない部屋だが、時計はもう夜だと示している。
「今日のところはこれで失礼します」
「俺の暇な時ならいつでも来い。お前は優秀だ。視点がいい」
これほどの社会的立場を持つ人間から評価されたのは、エルメスにとって人生で二度目のことであった。
人間性に問題があると言われるペンタスだが、今のエルメスなら対応できなくはない。
「最後に、私がスキルを得ることは可能でしょうか?」
結論としては、そこに行き着くのだ。
エルメスがスキルを得られれば、彼の可能性は全て開ける。
「お前はもうスキルを持っていると思うがな」
ペンタスはそう言った。
「悪魔の言っていた呪いというのが、その正体だろう。スキルを他人に悟られないというのは、本来であれば有利なものだ」
情報戦という点で見れば、例えば対人戦闘など、スキルで相手の技術を測るのは初歩の初歩であろう。
特異な戦法は、スキルに表れる。それが一切分からないエルメスは、初見の相手には圧倒的なアドバンテージがあるのだ。
そう、たとえばこれが戦争の最前線などであれば、エルメスのスキルがないことなどどうでもいい。
だがそういった殺伐とした日常は、エルメスにとっては好ましいものではない。
エルメスはペンタスに感謝の意を抱きながらも、根本的な解決には至らなかったことに溜め息をつくしかなかった。




