11 困るエルメス
「うほ」
思わず変な声が出てしまったエルメスである。
「悪魔の魔力結晶! キタコレ!」
それは学院において研究していた時にさえ、扱うことの出来なかった貴重品である。
牛鬼の肉体が消滅した後、その甲冑や武器は残った。
もちろんこのままでは使いようのない大きさであったが、素材としては一級品だ。
だがエルメスのような研究者にとっては、この巨大な魔力結晶こそが最も価値のある物だ。
エルメスは珍しくご機嫌な気分になって、クソミソな状態のリックたちを思い出すのには時間がかかった。
困った。
やらかしている最中は他に色々と考えていたので、事態の収束後のことは考えていなかった。
ダンジョンを発見した。これはいい。
少しは中を見ようとして侵入した。これもまあいい。
そしてダンジョンに閉じ込められた。ここらあたりからまずい。
そして悪魔との対話。悪魔と対話したこと自体がまずいし、その内容もまずい。
どうしよう。
悩んでいるエルメスであるが、とりあえずリックたちには頭から水を被ってもらって、クソミソな状態を洗い流してもらった。
広間から出たところでは魔術が使えるので、その火で乾かしてもらう。
時間がかかるので、このあたりで口裏を合わせておこう。
……どういう風に?
まず事態を整理してみよう。
ダンジョン発見、調査のために侵入、退路を閉ざされ、主と対話した後、戦い、勝利。
これだけを考えるなら、特におかしくはない。対話という部分が少しおかしいが、まあ情報収集だと考えれば許容範囲内だろう。
問題は対話の内容と、主と戦い勝利した事実だ。
常識的に考えて、エルメスたちでは不可能なことだ。
それも実際に戦ったのはエルメスだけだ。誰も信用してくれないだろう。
信用してくれそうな人間もいないではないが、その信用してくれる人間自体が、あまり信用出来るような者ではない。
ならばどうするか。
「口裏を合わせよう」
エルメスの提案に、服を乾かしながらリックたちは頷いた。
正直なところ、リックたちには事態が正確に把握出来ていなかった。
分かるのは自分たちの頭のはるか上で、何事かが交わされ、決着がついたということだ。
それはこの世界の神秘につながることかもしれないし、ただエルメスの渇望を癒すだけのものだったのかもしれない。
だがエルメスの提案は、なんとなく納得するものだった。
貴族の怒りに触れた平民が、無残に殺されるか、あるいは足跡も残さず消えてしまうように。
この事件からは距離を置いた方がいい。それだけは分かった。
エルメスは目の前で起こったことを、大枠だけは説明した。
もちろん彼らの知識で理解出来るまで、エルメスが単純化したものだ。
その説明をリックたちは、ただ頷いて聞くだけしかなかった。
ワールの街へ戻ると、リックたちはギルドへの報告を行った。
ダンジョンの誕生。
その内部へ侵入したところ、出口が塞がれたこと。
仕方なく奥へいったところ、ダンジョンの主らしき悪魔に遭遇。
同行していた魔術師が対話したが、いまいち自分たちには分からなかった。
最終的に悪魔は退治されたのか、それとも消えたのか、よく分からないが自分たちは助かった。
これ以上のことは魔術師に聞いてくれ。こんな感じである。
ギルドの受付は困惑し、リックたちに更なる説明を求めた。
受付だけではなく、もう少し上の人間まで出てきた。ダンジョンの誕生とはそれぐらい重要なことなのだ。同時に追跡調査の冒険者も派遣された。
だが結局分かったのは、リックたちにもよく意味が分かっていない、ということだった。
ならば同行した魔術師ならば分かるのかという話だが、ギルド職員はその人物の名を聞いて眉をひそめた。
ある意味有名だ。スキルなしのエルメス。
あらゆるスキルを身につけていない、神の恩寵を得られない男。しかしながらエルクレントのギフトを持ち、依頼の達成率は100%に近い。
改めてその個人情報を見て、ギルド長は乾いた笑みを浮かべた。
「なんじゃこりゃ」
「あ~、エルメスさんですからねえ」
ギルド長に呼び出されたのは、比較的エルメスと話すことが多いメイズである。
エルメスをいいように扱う男ではあるが、根本的に人格が腐っているとかではない。
「スキルを持ってないって、今どき10歳の子供でも何か一つぐらいは持ってるだろ」
「今も昔も、それぐらいでしょうね」
エルメスが有能であるということを疑う人間は、実のところ少ない。
だが人間は基本的にマウントを取りたがる生物であり、どうしようもなく優れた人間相手にマウントが取れるとなれば、けっこう残酷になれる生物なのである。
「神殿で医療行為というか、奉仕を行っていますね」
「医療と奉仕がどうつながるんだ?」
「医療系スキルを持たない者が医療を行えば違法ですが、奉仕として金銭を得ずに治療すれば、違法になりませんから」
ひどい詭弁だが、全てはエルメスにスキルを授けない神が悪い。
「今までにスキルを一つも持ってない人間なんていたのかな?」
ギルド長の疑問に、メイズも首を傾げた。
「どうでしょう? いたとしてもそんな人間、すぐに単純な肉体労働に回されて死んでしまうのでは?」
なるほど、とギルド長が頷くくらいに、この世界は――人間社会はスキルの有無で回っている。
いずれにしろ確かなことは一つだ。
「今回の件については、直接話をせんとな。まあダンジョンの跡を確認してからだが」
かくしてエルメスにはわずかな時間が与えられることになる。
エルメスは隠蔽にかかった。
と言っても隠蔽するのには限度があるので、苦しい言い訳を考えるのが主であった。
何よりまずいのは、悪魔の巨大な魔力結晶である。
強い魔物に発生するという魔力結晶だが、そもそも魔素から直接肉体を形成しているような悪魔は、それはもう高純度で巨大な魔力結晶を持っているわけだ。
これは非常に貴重な物であるが、同時に扱いに困るものである。
ギルドに売ることは、とりあえず保留だ。悪目立ちが過ぎる。
闇で売るのも問題だ。何に扱われるか分からないし、その出所をを万一調べられたら、エルメスは社会的にではなく肉体的に抹殺されかねない。
とりあえずは魔法の袋の中に入れておく。
牛鬼の装備である甲冑などは、リックに渡した。
あれも相当に貴重なものであるので、後でエルメスに分け前はもらえることになっている。
税金は販売時点で引かれているので、やはり冒険者というのは、実力だけで食べていける職業である。
リックたちの証言を封じることは難しい。
そもそも彼らは正直者だし、下手に辻褄を合わせようとすると、何かを隠しているのかと思われかねない。
いや、確かに隠してはいるのだが、罪でもないのに犯罪にされそうだ。
まこと、スキルがないというのは困り者である。
それにしても、とエルメスは考える。
魔境にダンジョンが発生するというのは、確かに過去にも起こった現象である。
しかしダンジョンが人を食うというのは、これで初めて明らかになったことだ。この事実がどう伝わるのか。
いや、無視される可能性も高いのだが。
なにせまだ新人のリックたちとスキルなしのエルメスの報告である。
しかしあまりにも常識に反していれば、虚言感知の魔術を使って面倒な尋問がされかねない。
エルメスは迷った。
こういうとき下手に動くと、事態が悪化するのがエルメスである。
だが情報収集はするべきであろう。
ギルドにある情報は、あくまでも表向きのものだ。
裏の情報はどこにあるか? 裏社会ではない。
それは高等な学問を行う場所にて、厳重に管理されている。
よってエルメスは過去に在籍していた学院に向かうことにした。
彼はこの国でも七つしかない最高学府の中の一つを卒業した者である。
卒業生は学院の図書館を扱うことが出来る。それがたとえ、スキルがなかったとしても、
そんなわけで普段どおりに早起きしたエルメスは、図書館の開館に合わせて、かつての母校へと向かうのであった。
次話「学院のエルメス」




