私とワルツを
「舞踏会、ですか」
「そ。1ヶ月後に開くから、よろぴく」
いつもの家族朝食。
王様はデザートのイチゴのタルトを、王妃にあーんさせてもらいながら、頷いた。
「王妃ちゃんのお誕生会だもの、盛大にやるよー」
「やだもう、王様ったら! 大好き!!」
大量のハートをまき散らしながら、朝っぱらからいちゃこく両親に、手にしているティースプーンを投げつけたい衝動を抑え、代わりに静かに息を吐く。
隣に座るジークはといえば心ここにあらぬようすで、タルトの切れ端を掲げてぼんやりと見入っていた。
「……兄上」
めったに話しかけてこない弟に声をかけられ、イワンは目を点にした。
「イチゴって女の人みたい……。まるで女の人のように可憐で、食べると甘くて酸っぱくて、切ない……」
「ぶっは!」
思わず紅茶を吹いたイワンなどお構いなしに、ジークはしみじみとため息をつくと、そのイチゴを口に入れ、またフォークにとってぼんやり見入っている。
どうした、こいつ。何が起こったんだ、弟よ。
「で、イワンや。ダンスのお相手は誰にするのかな? いつものルイーズちゃんかい?」
「あら、王様。今回はあの子、ボレー子爵と踊るそうよ」
なんだとう!?
「それは本当ですか?」
「ええ、間違いありませんわ。本人の口から聞きましたもの」
まずい。非常にまずい。
ルイーズ嬢の性格はアレだが、ダンスの腕前は天下一品。これまでイワンの相手役を務め、人々の称賛と絶賛を独占してきた。そのルイーズがボレーと手を組んだということは、強烈な当てつけである。どんな娘もあの技術と華やかさには敵わない。
かといって、理由を付けて舞踏会を欠席すれば、敗北とみなされるに違いない。
ああ、ルイーズとボレーの勝ち誇ったような高笑いが聞こえてきそうである。
「じゃあさ、あの子はどうなの。ほら、プチトリアンにいる浜辺の娘……」
イワンは仰天した。
「アーリアですか!? とんでもない、彼女は人前に出せるほどの教養もないし、笑いものにされるのがオチですよ!」
「えー。とか言いつつ、独り占めしたいだけなんじゃないのー?」
「ねー」
父と母はニヤニヤと笑いながら、息子を見つめている。
この……! 全てが恋愛に直結する色ぼけ夫婦が……!!
「冗談はさておき、イワンがそうやって隠しているから、変な噂ばっかり流れるんだよね。昼間から裸同然で歩き回っているとか、所構わず走り廻っているとか」
父上。それは変な噂ではなく、真実です。
「まあ、人って隠されていると余計知りたくなっちゃうもんだからさ。いいんじゃないの、この際ぱあっとデビューさせてみれば?」
「いや、その、あの」
「イワン」
静かに微笑む母の後ろには、特大サタンが御鎮座。幻覚か吹き荒れる青白い炎さえ見えてきそうである。
「アタイ(死語)のお願いが聞けないってぇのか?」
「……分かりましたよ」
両手に白旗を掲げて、イワンは降参した。
「おっかりなさーーーーい!」
帰宅したイワンに向かって突進してきたアーリアを、まるで闘牛士のように華麗にスルーするのがお約束になった今日この頃。
「パ・ソ・ドブレ!」
合の手を入れる道化師ジャックも無視して、勢い余って馬車に激突し、頭を抱えているアーリアを振りかえった。
「おい、話がある」
「えっ!? やだ、そんな待って、まだ心の準備が……」
盛大に勘違いしたらしいアーリアはしばらくモジモジしていたが、いきなりスカートをたくしあげ
「こんなお日様の下でちょっと恥ずかしいけれど……受け止めるわ、あなたの愛!! さあ! カモンイン!」
「このばかちんがーーーー!!」
こいつの思考回路がどうなっているのか、本気で知りたいと思った。きっと4割方壊死しているのに違いない。
「ダンス?」
連行されたイワンの部屋で、アーリアは目をぱちくりさせた。
「そうだ。君も収穫祭とかで踊った経験くらいあるだろう?」
「うふふ」
嬉しそうにアーリアは笑うと、ピョコンと椅子から飛び降りた。
「任せて、ダンスは得意よ! これでも宮殿一の腕前だったんだから!」
「宮殿?」
訝しげに聞き返すイワンに、慌てて言葉を濁す。
「きゅ……キューデンっていうお店よ。まあ、見てて」
かつて鯛や平目を従えて、やんやの大喝采を浴びた、そのダンスを踊り始めた。ゆらりゆらりと手足を動かすアーリアに、イワンは声が出なかった。
これは……なんというか……非常に前衛的というか……ぶっちゃけ訳分からん。
一通り、クネクネと摩訶不思議ダンスを踊り終えたアーリアは、ふう、と満足げに息をつき、
「どうかしら?」
「どうかしら? じゃねえよ、このすっとこどっこい!!」
ものすごい勢いでアーリアに駆け寄り、跳躍一転、華麗な叩き突っ込みを喰らわす。
「いいか、ダンスってもんはな、こうするんだ!」
ぐい、とその細い腰を引きよせるとアーリアが感極まった声を出した。
「エクスタシー!!」
「……おい、なに昇天してやがる、もどってこい、ぱーぷー娘!!」
「……特訓ですなあ」
「……間に合うのかしらねえ」
気を失った娘を半乱狂でガクガク揺さぶっている主を、部屋の片隅で頬を突きながら見物しているお付き2人はそう呟いて、同時にため息をついた。




