ある晴れた日に
心地よい人々のざわめきが、あちらこちらで零れる園遊会。
天気にも恵まれ突き抜けるような晴天の下、着飾った貴族たちグラスを片手に優美に笑いさざめいていた。
次世代淑女はカラフルなドレスを身にまとい、所々に群がってまるでお花畑が点在しているよう。現役淑女は片隅で噂話を転がしながら、婿に相応しい青年をしっかりチェックしている。紳士はその視線を受けつつ好みの娘を物色中、そしてコネクション作りと情報収集に忙しない。
壮絶な腹の探り合いをこの上なく上品にこなす彼らの中、イワンもお花畑たちに囲まれて骨抜きスマッシュの笑顔を振りまいていた。
お付き2人に「天下一品」と評される件の愛想である。
黄色い声援を受けつつも戦前離脱したその時、後ろから声をかけられた。
振り返ったイワンは、思わず心の中で舌打ちをした。
「なんだ、来ていたのか」
木陰から現れたのは幼馴染のボレー子爵で、木の幹に手を付いて、もう片手を口に当ててウィンクをしてきた。クルクル天然カールに枯葉がくっついている。
「先程、可愛いチューリップと意気投合しましてね。こっそり手折ってきたところです」
ボレーくんの愛すべき点その1。イワン限定で報告を怠らない。
「そうか」
「誰だと思います? 麗しのルイーズ嬢ですよ。てっきり殿下の恋人だとばかり思っていましたけれどもね、いやいや情熱的な娘だ、押しが強すぎてもうびっくり仰天してしまいましたよ」
ボレー君の愛すべき点その2。ペラペラとよくしゃべるそのお口。
「それは何より。じゃ」
「あ、お、お待ちください」
くるりと踵を返すと、慌てて縋るように腕を取ってくる。
ボレーくんの愛すべき点その3。イワン限定でかまってちゃん。
つまりは昔っからイワンに対抗意識を燃やし、なにかと絡んでくる少々迷惑な御仁なのだった。
しかし、その頬にはハッキリと赤い手形が残っている。言いよったものの、手ひどく平手打ちをかまされたと見た。そんなところが憎めないボレーくんは、腕を組んで木陰に身をもたせてイワンにからかいを含めた目線を送る。
「聞きましたよ。プチトリアンに可愛い子ネコちゃんを連れ込んだそうですね?」
「……」
可愛い子ネコというより強烈な闘牛と言った方が的確だと思ったが、黙っていた。ボレーの口ときたらどんな魔法を使っているのか、あっという間に城中に噂を広めてしまう。
「それもものすごい美人なんですってね? 今度紹介してくれませんか」
「絶対に嫌だ」
心の底から言ってから、正気に戻った。
常識知らずのアーリアを知られたら、どれだけ笑いものにされるのか、考えるだけで頭が痛い。
ボレーは目を丸くしていたが、やがてニヤニヤと嫌らしく笑い始めた。
「ほーほほーう、そんなに大切なんですね? そんな顔しちゃうほどですか? ほーほー」
「ほーほーうるさい、お前はフクロウか」
かろうじて体勢を整えたイワンは、皮肉たっぷりに微笑んで見せた。
「庭園に戻るのならば、その頬の印を消してからにしろ。ルイーズ嬢も情熱の名残を公に見せつけれちゃ、さぞかし気恥ずかしい思いをするだろう」
真っ赤になったボレーを残し、さっさとその場を立ち去る。
東の林に人を待たせている。
「待たせてしまって、申し訳ない」
「聞こえません」
噂のルイーズ嬢はツンと可愛い顎を上げて、そっぽを向いた。よく手入れされた亜麻色の髪が反動で僅かに弾む。貴族の娘たちの中でも一際目立つ美貌の持ち主は、明後日を見ながらクスンと鼻を鳴らせた。
「あたくしには聞こえません。そうですとも、どこぞの馬の骨とも知れない娘をプチトリアンに住まわせている不実な方のお言葉なぞ、なにも聞こえません」
イワン、本日2度目の舌打ち(インサイドオフハート)。
「ルイーズ、君はなにか誤解をしている」
「言い訳などいりませんことよ、あたくしを1人にしてください。ただ泣くだけしか脳のないバカな女を憐れんで下さるのなら、どうか哀しみに浸る時間を与えて」
嘘こけ。
額面通りに受け止めて、ではさよならと立ち去れば、ルイーズ嬢は猛烈に怒り狂うだろう。
己を卑下すると見せかけて、謝罪と賛美を要求するテクニックに感心しつつも、あえて要求に答えるのはマナーというものだ。
ルイーズは別にイワンを愛していないし、イワンもルイーズに好意以上のものを抱いていない。形ばかりの恋愛に、もちえる教養の全てを注ぎ込んで装飾するただの遊戯。
全身全霊でイワンにぶつかってくるアーリアの方が、よっぽど健全かもしれない。
面倒くさい。
今まで楽しんできたそのゲームが、突然くだらなく思えた。
「イワンさま?」
いきなり押し黙った恋人に、不思議そうにルイーズが首を傾げる。期待している美しい言葉がなかなかやってこないのに、苛立ってきた。
「そりゃあたくしは何もとりえがありませんわ。息をしているのも申し訳ないくらいです。あなたが愛想を尽かすのも無理もないこと、このまま尼になって世間から離れてひっそりと生きていった方がふさわしい女なのだわ」
「そうだな」
「は?」
思いもよらない返事に思わず間抜けな声が出た。
「君の言うことはもっともだ。ではこれで失礼」
取り残されたルイーズ嬢は怒りに打ち震え、地団駄を踏んだ。
「何あの男! 何あの男、信じられない!!」
その様子をクルクルカールが木陰から、じっと見ていた。
(まあ、別に悪い娘じゃないんだよな。ちょっと度が過ぎるだけで)
ガタゴトとプチトリアンへもどる馬車の中で、頬をつきながらぼんやり流れる景色を見ながら、宅の暴走娘に思いをはせる。
(根は素直そうだから、教育を施したら変わるかもしれない。外見はけっこう好みだし、懐いてくるのも可愛いといえば可愛い……)
そこまで考えてイワンは頭を抱えた。
おれ、もしかしてバカの沼に片足突っ込んでいないか!?
「いやいやいやいや、あれは厄介だ」
1人パタパタ手を振って、思考を散らす。しかし不思議なことに「悪い娘じゃない」と回路は最初に戻る。以下リターン・アンド・リピート。
そうこうしている内に、馬車はプチトリアンに着いた。御者の開けたドアから降り立ったイワンの目に飛び込んできたのは
「おっかえりなさーーーい!!」
エントランスから飛び出てきたアーリアだった。
ドレスのすそを持って、わんこのように全身で喜びを表現しながら、まっすぐこちらに駆けてくる。
イワンの胸のすみが小さく跳ねた。
それがいけなかった。
「どうっふ!!」
一瞬のすきを付いて勢いよく抱きついてきたアーリアを受け止められず、よろめいたはずみでひっくり返る。そのままゴロゴロゴロと転がっていった。恋する乙女のパワー、無限大。
「イワンがいなくて寂しかった! ずっとあなたのことを考えていたのよ、イワンのおへその下にはギャランドゥ★は生えているのかって! ねえ、見せて!」
「アホかぁあああーーーー!!」
イワン怒りの鉄拳がアーリアの頭上に炸裂した。
「いったーい! あっ、もしかしてこれってツッコミ!? ツッコミなのね!」
怒りと腹立たしさで、ぐるぐると周りの景色が回っている。
こんなバカ女をちょっとでも可愛いと思ったおれがバカだった。
ああ、バカだったさ。
「1人で騒いでろ。おれは帰る」
「えー。一緒に帰りましょうよ、ダーリン」
「離せ離れろ離さんか!!」
ギャーギャーと騒ぎながらプチトリアンに向かう2人を、年老いた御者が目を細めて見送っていた。




