抱いてくれたらいいのに
フィンネル国の第一王子、イワンの住まいは城から少し離れた小宮だ。小さいながらも三階建ての立派な屋敷、玄関までのアプローチには色とりどりの草花に飾られ、専用のバス、キッチンもついた10LDK。ちなみにホールは吹き抜けになっており、ロココ調の大階段が優美に存在をアピールしている。いつでもヅカごっこができるというオプション付きだ。
「そんなオプション、いらないから!」
家の主の声が聞こえてきそうである。
さて、身元不明の若い女を連れ帰ったと聞いて、この小宮の召使たちは上から下の大騒ぎになった。しかも、三階の自室に連れ込んだようである。
真っ昼間から何をする気だあの王子。てゆうかあの女素っ裸だったぞ。ちょ、王子、マジ獣!
野次馬根性を出した召使たちは押すな押すなの勢いで自室の前に集まり
「何を騒いでる、窓からほりだすぞ!」
の王子の怒鳴り声で蜘蛛の子を散らすように、一気に霧散した。
「こりゃ面白いもんが転がり込んできたねぇ」
台所の主、ハンナは顔から垂れ下がるくらいの大きな鉤鼻をひくつかせながら不気味に笑った。
その声を聞いた召使たちはそのまま群れを成して台所へ大移動する。
ここは彼らの大切な場所だった。その中心でハンナは叫ぶ。推定年齢70とは思えない、張りのある声で。
「あんたら、命張る覚悟はあるのかい!? あの娘っ子がここに居座るか一週間以内に出て行くか? さあさあ張った張った、一口5ペリー(※1)だよ!!」
おおおおんと盛り上がった召使たちは、老いも若きも、男も女も、次々と掛け金額を口にした。さながら魚河岸の競り市のような熱気である。
一言言いたい。
お前ら、仕事しろ、と。
さて、その頃のイワンである。ただっぴろい彼のベッドですやすや眠る少女を、脇の椅子に座って腕を組みながら忌々しげに見ていた。
燃えるような紅い髪が枕に散って、それを辿れば陶磁器のような白い肌に行き着く。閉じたまぶたの裏には深海のごとく蒼い瞳が隠れている。シーツを押し上げている膨らみは男を誘うには十分だった。
が、しかし。
どう考えても常識をはるかに離脱した行動は、美しい容姿を崩壊するに十分なほどの破壊力を持っていた。
こんな女は見たことがない。彼を取り巻く女たちは、みな聞き訳が良く「範囲内」を楽しんでいる。マニュアル通りの恋愛を。
つまり――
「説明しよう! 王子サマとして育てられたイワンさまのスペックは、三高(死語)のハンサムボーイ、だけど心はちょっぴりガラス仕様! 人目のあるところでは爽やかにイイ人装っているけど、反動でわたし達おつき二人にはかなりハードなツン展開! いつかデレることを期待して、涙を堪える日々を送っているNO!」
「つまりは人様に心を見せないチキン野郎ってことだネ☆ 想定外の人間はブルって追い出したくなるんだYO!」
イワンはたいそう無礼な女戦士と道化師の襟首を引っつかみ、そのまま無言で窓際までひきずっていった。
「うそですうそですごめんなさい!!」
「ちょっといいすぎましたもうしません!!」
謝る2人を反動つけて思い切り外に放り投げる。
「落ちてるよ!?」
「誰か受け止めて!」
窓の外から叫び声がした後、しばらくしてぽちゃんぽちゃん、と水音が聞こえた。
再びどっかりと椅子に腰を下ろしたタイミングで、娘が小さく呻きながら目を覚ました。
文句の一つでも言おうかと覗き込んだイワンは、思わず声を失う。
あまりにも澄んだ蒼い瞳に飲み込まれたような気がした。透き通ったウオーターブルーの中に沈んでゆく錯覚すら抱かせる。なぜか切ない感情がこみ上げてきた瞬間、娘の手が動いた。
「え!?」
気が付いたらベッドに引きずり込まれ、組み敷かれていた。
「こんにちは、王子さま」
娘は無邪気な顔でにっこりと笑う。
「さあ、交尾をしましょう」
そのまま問答無用とばかりにぶっちゅー、とキスをかましてきた。
イワンは抗い身をよじったが、体にのしかかられ、両手首はがっちりホールドされている。
ジタバタともだえる王子、抵抗叶わず。
「……てまてまてまて! いっぺん離れろ!」
「じらしプレイね、分かったわ!」
「違うッ!」
やっと唇を開放されたイワンは息も絶え絶えである。
「いったい何を考えているんだ、君は! はしたない女だな!!」
「あら、だって」
娘はかわいらしく首をかしげた。
「繋がってみないと分かりあえないじゃない」
「分からなくていい! むしろ君とは一生分かり合えないままでいたい!!」
そのまま渾身の力をこめてベッドから這い出ようとする。娘は力ずくで阻もうとする。第三者からみれば、くんずほぐれずのあられもない格好になっていたその時。
「イワン。あの子、大丈b――……」
第三者が来てしまったーーーーー! しかも自分の父親!!
全裸の娘とベッドの中で、アンビリーバボーな姿を晒している我が息子をみた王は、しばらくドアを開けたままの格好でフリーズしていたが、
「グッドラック! マイサン!!」
ビシィッと親指を立てて、そのまま退散してしまった。
後日イワンが語ったところによると、その時の「分かるよ、同輩」みたいな目が非常にムカついたそうである。
娘っこはそれから一時間後に部屋から追い出すことに成功した。
が、ちゃっかり二階の客室に居ついたようである。
とにもかくにも、「浜で拾った娘」アーリアはこの日から小宮に居座ることになった。
※1 1ペリーは百円に該当します。一口500円は結構リスキーですね。




