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月とナイフ 1

その頃のアーリアである。

光も届かない海底の洞窟の片隅で、足から強制的に戻された尾っぽをびったんびったん岩にぶつけてふてくされていた。

「いい加減、機嫌を直してくださいよ」

お懐かしやハロルドがほとほと困ったように髪をかきあげた。そんな顔も素敵とばかりにタコ魔女がうっとりと眺めている。ハート形の目に両手を組み合わせて右頬に付け、まるで昭和時代の少女漫画のようだ。

「機嫌ならすぐ直るわよ。この尾を足に変えて、陸に戻してくれたらね」

びったんびったんはますます強くなって、ハロルドの眉の皺もますます深くなり、タコ魔女のハート光線はますます妖しくなる。

「だいたい、なんなのよ。浜辺を歩いてる所をいきなり拉致るなんて卑怯じゃないの。契約期限はどうしたのよ、ねえ西の魔女さん」

「彼女は今、ほくの支配下にあります」

びったんが止まった。うっすらと冷笑を浮かべてハロルドはタコ魔女に視線を向ける。

「なあ、メス豚」

「ああんわたしはあなたの忠実なメス豚ですゥ。ブヒブヒ」

節子……それブタやない、タコや。

心の中でアーリアはひっそりと突っ込んだ。

いつの間にか、ハロルドは西の魔女とそういう関係になったらしい。なんというか……まあ、本人たちは楽しそうだし、いっか!(放棄)。

「とにかく! この件を知った海王はひどくご立腹で」

掟を破ったばかりか、人間に恋をして人間のふりをして陸に上がる。その大罪を犯したのか愛してやまない末娘だと知ると、海の神様はショックでぶっ倒れた。そして

「あなた自身がケリをつけるようにと、これを預かってまいりました」

ハロルドが懐から出したのは、短剣だった。うす暗い海底でも自ら光を発光しているのか、朧に光る。アーリアは声を出せない。

何を意味しているのか理解したからだ。

「……できないわ」

声はほどんど掠れていた。

「これでイワンを殺せというの? できるわけないじゃない、そんな……」

「できないじゃない、するんです」

ちらりとタコ魔女に目配せをして続ける。

「これを見ても、そう言えますか?」

巨大な水晶に映った光景を見て、アーリアは思わず声を上げた。

夜の浜辺、イワンが海を眺めている。横にいるのはジェシカだった。

仲睦まじく、2人だけしか世界に存在しないように、まるで消えた自分のことなど、これっぽっちも気にしていないように。

いきなり冷や水を浴びせられたように、体の芯が冷えた。

身体中がマヒしているような、でもどこか一角だけが妙に冴えている。その部分が叫ぶ。

どれだけ焦がれても、しょせんイワンはジェシカのものなのだ。

だったら、いっそこの手で――。

ちらりと差し出された短剣を見やった。それは誘うようにゆらゆらと光り輝いている。


草木も眠りについた夜更け。

プチトリアンの一室では、この小城の主が静かな寝息を立てている。隣にいるはずの彼の妻はなぜか不在で、ただ一人、大きなベッドに横たわっている。

開けっぱなしの窓から風が吹いて、カーテンがめくれた。外には巨大な満月が気だるそうに鎮座している。

月明かりに照らされて眠るイワンに、ふと影が重なった。バルコニーから這い上がったと思われるその人物はしばらくイワンを眺めていたが、一息つくと手にしていた短剣を振りかざした。両眼を閉じて、全ての勇気を絞るように。

しかし、そのままの状態から動かない。動けないのか、カタカタと小さく震えている。

と、眠っているはずのイワンから突然口を開いた。


「殺さないのか?」



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