灼熱舞踏会 2
華やかなワルツ奏でられる大広間。
海を回遊する熱帯魚のように踊っていた人々は、やがて一組、二組ぽつりぽつりと壁際へと下がっていった。踊りをやめて、中央に残った黒と白の二組のカップルを面白そうに見物し始める。
黒い衣装に身を包み、自信に満ち溢れた笑みとドヤ顔を浮かべ、星屑でもまき散らしそうな勢いなのが、ボレー&ルイーズペア。
流れる大河の如く雄大なステップを踏みつつも、観客へのアピール及びサービスショットも忘れない。
ボレーの口から白い歯がキラリーン☆と零れると、「ボレー君の天然パー(髪質を指すのか頭脳なのかは不明)を愛でる会」のマダムたちは恍惚のため息を漏らした。
ルイーズの黒いドレスの裾から、時たまかいま見える白いすねは「ルイーズ嬢にふまれ隊(若手貴族による親衛隊)」はじめ紳士諸君の鼻の下を伸ばす。
イワンとアーリアは逆に浮世離れているようだった。
白を基調としたイワンの衣装と、レモン色のアーリアのドレスがそう見せるのかもしれないし、お互いの目線を僅かにも反らせず見つめ合っていたからなのかもしれない。
ただ立ち上る気配がこの上なく青く甘く、何人たりとも立ち入れない雰囲気が人々の視線を引きつけた。
どこか遠くに置き忘れた記憶のようなワルツだったとある老紳士は目を細め、儚く美しい夢を見ているみたいだったとある婦人は頬を染め、あんなトロ甘顔したイワン様なんてイワン様じゃないあの女いつかぶっ殺すとある令嬢は憤慨した。
最後の旋律が空気に溶けて消え、2組のカップルが王と王妃に向かって礼をすると、貴族たちは絶賛の拍手を送った。敵愾心を抱いた娘に対しても同じように褒め称えた。
美しいものを素直に美しいと認める、無邪気さを彼らは持っている。
しかしどうも治まらなかったのがボレールイーズの黒カップル。
「いやいや、お見事でした」
わざとらしくパンパンパンと音を立てて手を叩くボレーを胡散臭そうに眺めるイワン。
「息もぴったりでまだまだ拝見し足りないくらいです。どうです? もう一曲」
ボレー君、ここでにやりと笑う。
「サロッカを」
おお、と声が上がった。
サロッカはフィンネル国に古くから伝わる民俗舞踊である。
元々は海王ポセイドンに捧げる踊りが変形したものだが、基本的には同じメロディにのせて同じダンスを繰り返す。感謝祭などで庶民が真っ先に踊るのが、このサロッカだ。
しかし、上流階級ではまた異なる進化を遂げた。
11部に構成され、それぞれステップが異なる。次第に速度を上げてゆくメロディに合わせてダンスはしごく複雑に、スピードアップしてゆく。その難解たるや最後まで踊りきった者は数十年前に一組だけで、踊りの名手と謳われたルイーズ嬢と組んだイワンも9楽部止まりだった。
というわけで
「いかがです?」
得意げに上げるボレー君の顎先には、そんな娘に俺らのサロッカが踊れるはずがねえ、という嘲りが込められている。
「いいだろう」
不敵に笑い、頷いたイワンにボレーは一瞬ひるんだような表情を浮かべたが、果敢にも睨みかえしてきた。再度火花散らせる双方の横でアーリアとルイーズも同じく牙をむく。
「あなたごときに踊れるのかしら。せいぜい恥をかけばいいわ」
「ああら、分かってないのね。恥はかき捨てるものよ!」
「だから、お前は黙ってろ」
くるりとアーリアに向きあったイワンは、闘志をにじませた声で囁いた。
「飛ばすぞ」
「ええ」
アーリアも鼻息荒く頷いた。
ボレーとルイーズの企みなんぞ、先刻ご承知である。
競技性の高いダンスで勝負を挑んでくことを見込んで、アーリアに猛特訓を課した。
音楽隊の指揮者が高々と降りあげたタクトを下ろした瞬間、高らかな音が会場に鳴り響いた。同時に中心の白と黒のカップルが嵐を巻き起こす。
ギャラリーと化した人々は、息を止めてその光景を見守っていた。
2組のカップルはシンクロしたように、雄々しく力強く、それでいて華やかに辺りを圧巻する。先程のワルツとは全く違った躍動感で、会場を縦横無尽に駆け巡る。
もつれ合うようにターンをしたかと思えば、飛びさすってステップを踏む。再び手を絡みつかせて複雑な足さばきを至近距離で繰りだす。
怒涛の勢いで踊る黒白をけしかけるように、速度を速めアップテンポになる音楽、全てを包み込む人々の熱気が、異様なボルテージを上げた。華麗なる技が繰り出される度に空間を揺らすさざめきが上がる。
が、8楽部目で黒が脱落した。ボレーが高速ステップに付いていけず、ルイーズに足を取られてこけたのである。
「足を捻りました。すみません」
「この……役立たず!!」
ルイーズ嬢は高く結いあげた先端から噴火するんじゃないかというほど怒り狂ったが、パートナーが負傷してはどうにもならない。呪詛の言葉を吐きながらその役立たずの襟首を引っ掴んで退場した。
イワンとアーリアは気が付かなかった。
極度に集中しすぎて周りが見えなかった。トランス状態に入っていたといっていい。
見えるのはお互いだけ、それも己の一部となり一体化して、意識すらもどこに行ったか分からない。
9楽部、10楽部、さらには最終楽部まで到達した彼らは、フィナーレで会場の真ん中で、白い炎を出現させた。抱き合ったまま目に見えぬ速さでの回転は、たしかに白い炎に見え、見る者の息をのませた。
一際高いシンバルを最後に音楽が止む。
打ったような静寂の中で、イワンとアーリアは見つめ合ったまま、肩で息をしていた。
全身に水を浴びたような汗をかいている。
魔法にかけられたが如く動かないギャラリーの中から、ぽつんと拍手が起こった。
それは次第に感染して広がっていき、やがて割れるような拍手喝采に変わる。
「ブラボー! ブラボー!」
轟く歓声と熱気の渦の中で、イワンはアーリアに微笑みかけた。
「よくやった」
アーリアは嬉しそうにヘニャリと笑った後、いきなり崩れるように倒れた。歓声が悲鳴に変わる。
真っ先に動いたのはイワンだった。アーリアを抱き上げて、父と母に向かって一礼をした後、自然と割れた人々の間を通って大広間の外に出る。
「変わりましょうか」
「いや、いい」
影のように付き添った女剣士に首を振ると、気を失っている娘を抱きなおした。
信じられないほど軽い。やつれている気もする。
「バカだ」
ガタゴトゆられる馬車で、目を覚まさない腕の中のアーリアに向かって悪態をつく。
「お前は本当にバカだ」
そのくせイワンの手の甲は優しげに白い頬を撫で、汗に濡れた髪を拭っている。しばらくしてから、そっと頬に唇を落とした。
「ふん」
自分の行動を誤魔化すように、不貞腐れた態度で窓の外を見る。
遠くに月が煌めいていた。イワンの乗る馬車を見守るようにどこまでも付いてきた。




