灼熱舞踏会 1
星降る夜に、城内を駆け抜ける暴走馬車が一両。
まるで地方に伝わる首なし馬の引く黒馬車、もしくはカボチャの馬車で王子の元に乗り込むシンデレラのような趣で。
「急げ! とにかく急げ!!」
こっちの王子、イワンは窓から身を乗り出して叱咤した後、怒りもあらわにどっかりとコーチに身を沈めた。向かいにはアーリアが座っている。
紅い髪は高く結われて、髪飾りが振動でチリチリ鳴っている。両肩をむき出しにしたレモン色のドレスは、可愛らしさと可憐さを同時に引き出していたが、当の本人は真っ青になってずっと口に手を当てていた。
「おい、大丈夫か」
アーリア、まさかの車酔い。
だいたい、遅刻した理由がいただけない。出掛ける直前、アーリアはエントランスで豪快にすっ転び、盛られた頭もこの日の為のドレスもすべて台無しに。メイドたちがピットインする車に群がるように駆けより、整備および修正したものの大幅に時間をくってしまった。
「ごめんなさい」
さすがに申し訳ないと思ったのか、アーリアが小さな声で言った。
「そう思うんだったら、身体で返せ」
「思い切りそうしたいけど、今は無理です」
「なんでそっちに行くんだ、お前の思考は。いいか、アーリア」
力強く見つめられて、アーリアの心臓がトンと跳ねる。
「今まで、よくがんばった。ダンスのダの字も知らなかったお前が、たいしたもんだ。だからな、今日はそれを見せつけてやれ。絶賛の嵐がどんなに心地いいか、じっくり味あわせてやるよ」
言い含めるように、片頬に手を添えられて高らかに宣言されたアーリアは、体の深い所からジーンとした何かがこみ上げてくるのを感じた。その熱で目が潤み始める。
「……イワン」
「ん?」
「吐く」
お城に向かって全力疾走する馬車から、イワンの甲高い絶叫が聞こえた。
**
「イワンは遅いねぇ」
定時を過ぎてもなかなかやってこない息子に焦れたのか、王様は貴族たちの挨拶を受けながら、先程からソワソワしている。隣の王妃の顔が曇っているのを気にしているのかもしれない。
「ジークや、何か聞いてないかい?」
王座の隣に立つジークは黙って首を振った。まだ13歳、ここに立つことは義務付けられてもデビューしていない身、ダンスを踊ることは許されない。
別にダンスなんてどうでもいい。社交界も舞踏会も、とにかく大人の世界はジークにとって憂鬱の対象にしかならなく、できることなら全てをうっちゃって部屋で一人、物語の中で遊んでいたかった。
はあ、とついたため息の半分は、最近ぱったりと見かけなくなった「薔薇の君(勝手に命名)」への思慕も含まれる。彼女ときたら、ジークの心を激しくかき乱すだけかき乱して、煙のように消えてしまった。
もしかしたら、嫌われてしまったのかな。
他人の評価は気にならないはずなのに、彼女に対しては驚くほど臆病になる自分がいる。
もう一度、ため息をついた時、第一王子の来訪を告げるファンファーレが鳴り響いた。
ざわめきが一瞬止み、それから驚いたような空気が会場を包んだ。
ジークも驚いた。
その「薔薇の君」がいたからだ。差し出されたイワンの腕に軽く手を乗せ、自然と割れた王座への道を歩き始めた。
以前、見せたような儚い笑みではなく涼やかな微笑みを見て、胸の中がジリジリと痛む。初めてはっきりと兄が憎いと思った。
ちょっと前まで馬車の中で修羅場を繰り広げた2人は、そんな様子も微塵に感じさせず、しかもアーリアは出せる物全部出してすっきり爽快、イワンはといえば場慣れしている分、ポーカーフェイスを装って堂々と足を進める。
「父上、母上、おめでたき日を心から祝福申し上げます。そのような日に礼を欠いた愚かな息子をお許しください」
腰を折った我が子よりも、その隣でドレスのすそを持ち優雅に一礼する娘の方を見て、王妃は花のように笑って頷いた。
会場の人々はどちらかといえば、悪意に満ちた眼差しで娘を眺めている。血統に誇りを持つ彼らは、どこの馬とも知れぬ者がこの場にいることがすでに不快だった。
その筆頭がルイーズ嬢である。イワンの横に当然のように立つ女を睨みつける目は血走り、口からは「エロイムエッサエム」とかなんとか不穏な呪詛の言葉が漏れ出ている。
「そんな顔するなって」
何気なくその肩を叩いたボレー君は、ルイーズ光線を受けて危うく石化するところだった。
王様のご機嫌な声をきっかけに音楽隊がワルツを奏で、さわさわと衣擦れの音を立てて、人々は移動を始めた。壁際に後退する者たち、ご婦人の手を取って中央に躍り出る者たち、その中にはイワンとアーリア、ボレーとルイーズの組み合わせも混じっている。
両者、会場の中心でドンと睨み合った。
「ずいぶん遅いご来場だったじゃないですか。尻尾巻いて逃げだしたのかと思いましたよ」
ボレーの皮肉にイワンも皮肉で打ち返す。
「なに、人気者は遅れて登場すると相場が決まっている」
合の手のように若いご婦人方の黄色い声援が上がった。
火花を散らす男たちの横で、女2人も威嚇し合う。
「せいぜいイワン様の足を引っ張らないよう、お気をつけ遊ばせ」
ルイーズのせせら笑いの挑発にアーリアが吠える。
「なによ、ワルツくらい屁のカッパよ」
「お前はちょっと黙ってろ」
はたして河童が中世ヨーロッパに存在するのかどうかは置いといて、イワンは曲のタイミングを見計らって左手を上げた。吸い込まれるようにアーリアが寄り添い、手を絡める。
同時に視線も絡まった。
「いくそ」
アーリアが大きく頷いたのを合図に、2人は流れるように一歩を踏み出す。
後に語り継がれる灼熱舞踏会の夜が、始まった。




