断罪の幕開け
凍りついた鳳凰宮の大舞踏会。
帝国皇帝ジュリアスから放たれる、底冷えするような覇気と「戦争」という二文字に、レイナルド第二王子の顔からは一気に血の気が引いていった。
「こ、国交断絶……いや、せ、宣戦布告などと、滅相もない! 我が国はただ、不当に持ち逃げされた資産を返還するよう要求しているだけで……!」
「持ち逃げ、か」
ジュリアスは冷酷に口元を歪め、パチンと指を鳴らした。
「ならば、その『資産』とやらについて、ここで白黒はっきりつけようではないか。我がバルドル帝国は、根拠のない言いがかりで同盟国を愚弄することを許さない」
ジュリアスの合図とともに、漆黒の礼服に身を包んだ帝国の法務官たちが、ずらりと整然とした足取りで進み出てきた。彼らの手には、うずたかく積まれた分厚い書類の束が抱えられている。
「説明しろ、ハインツ」
「ハッ。これより、バルセーヌ王国第二王子レイナルド閣下、ならびに聖女マリア・ミルフィ殿に対し、我が国が独自に調査した客観的事実を提示いたします」
ハインツと呼ばれた初老の法務官は、冷徹な手つきで最初の書類を開いた。
「まず、レイナルド閣下が主張される『エリザベート様が王家から盗み出した資金』について。
――我が国の国家監査機関がアウグスト公爵家の帳簿、ならびにバルセーヌ王国の過去五年の財務諸表を照合いたしました。その結果、エリザベート様が『持ち逃げした』とされる金貨五千枚は、そもそもアウグスト公爵家が長年にわたり王家に対して『無利子・無担保』で貸し付けていた支援金であることが判明いたしました。エリザベート様は、婚約破棄に際し、その貸付金と王家が請求した不当な慰謝料を相殺処理されたに過ぎません」
「な、何だと……!?」
レイナルドが目を見開く。
「むしろ、帳簿を精査したところ、王家側には過去三年で【計三万二千枚の金貨】が使途不明金として処理されていることが発覚しました。その大半が、レイナルド閣下、ならびにマリア・ミルフィ殿の個人的な衣飾、宝飾品、そして豪華な夜会の開催費用として、国費から不正に流出していたものです。こちらがその領収書の写し、ならびに商人たちの証言書にございます」
パラパラと、法務官が客観的な証拠書類をこれ見よがしに掲げて見せる。
周囲の帝国貴族たちからは、はっきりとした「軽蔑」の失笑が漏れ聞こえた。
「まあ、国費を私物化して贅沢三昧をしていたのね」
「それを、追い出した優秀な元婚約者に擦り付けようとするなんて……。どこまで卑しい王室なのかしら」
矢のように突き刺さる罵声に、レイナルドは「ぐ、うう……!」と顔を真っ赤にして絶句した。
隣に立つマリアも、自分がねだって買わせた宝石やドレスの金額が、大衆の前で一枚一枚めくられるように暴露されていく恐怖に、ぶるぶると肩を震わせている。
「つ、次に……結界魔導具の技術だ! あの女は、我が国の国宝である結界魔導具を壊し、その維持術式を書いた一子相伝の魔導書を盗み出した! そのせいで、我が国の結界は崩壊したのだ!」
レイナルドは苦し紛れに、狂ったように叫んだ。
しかし、その哀れな足掻きに対しても、法務官は冷徹に次の書類をめくった。
「それについても調査は完了しております。
バルセーヌ王国の『大結界』は、そもそもエリザベート様個人が独自に開発した『オリジナルの魔導接続システム』によって維持されておりました。魔導具そのものは、アウグスト公爵家が全額出資して製造したものであり、王家の所有物ではございません。
さらに、エリザベート様が引き揚げられた際、魔導具には【約一ヶ月分の予備魔力】が遺されておりました。それを、マリア・ミルフィ殿が『魔力供給の手順を完全に無視し、お祈りという名の無意味な行為で魔導具を乱暴に弄り回した』結果、魔導具内部の緻密な術式回路が破壊され、魔力が漏出したことが確認されております」
法務官は、王国の魔導師団長エドワードが秘密裏に帝国に送ってきた、直筆の「魔導調査報告書」を取り出した。
「こちらが、貴国の魔導師団長エドワード閣下の署名入りの報告書です。『マリア・ミルフィには結界を維持する能力も知識もなく、ただ自己保身のために言い訳を重ね、国を崩壊に導いた』と明確に記載されております」
「エ、エドワードが……!? あの裏切り者め!!」
レイナルドは裏切りの事実に絶叫した。
しかし、裏切ったのではない。あまりの無能さに愛想を尽かした現場の人間たちが、国と民を守るために、最も信頼できるエリザベートへと真実を託しただけなのだ。
「さらに――」
ハインツ法務官は、これまでの報告書を閉じると、最後に一枚の、赤く禍々しい刻印が押された書状を掲げた。
「これは、バルセーヌ王国の国王陛下より、本日我がバルドル帝国に届いた【公式親書】にございます」
「な……父上からの……?」
レイナルドの体に、最大の衝撃が走った。ハインツ法務官は、冷徹な声でその親書を読み上げ始める。
『我が国の第二王子レイナルドは、国家の要たるエリザベート・フォン・アウグスト公爵令嬢を不当に貶め、国の防衛を危機に晒した。さらに、帝国の夜会において、国家の代表としてあまりにも非礼極まる暴挙に及んだ。
よって、バルセーヌ王家はこれより、レイナルド・ド・バルセーヌの王位継承権を完全に剥奪し、王籍から除名(廃嫡)することをここに宣言する。
また、彼に付き従う平民マリア・ミルフィを、聖女の地位から剥奪し、国家を混乱に陥れた詐欺罪および国費横領罪の容疑者として指名手配する。
帝国皇帝ジュリアス陛下におかれましては、この愚者二名をただちに拘束し、我が国へと送還していただくよう、平に平に伏してお願い申し上げる――』
静寂が、鳳凰宮を支配した。
「あ、あ、ああ……」
レイナルドの口から、魂の抜けたような掠れた声が漏れる。
王位を継ぐはずだった自分。優秀で、皆から愛されていると信じて疑わなかった自分。その自分が、実の父親から見捨てられ、一瞬にしてただの「罪人」へと叩き落とされたのだ。
「う、嘘……嘘ですぅ……!」
マリアが悲鳴を上げた。
「私、聖女様なのに……! 次の王妃様になるはずだったのに! なんで、なんで私が指名手配なんですかぁ!!」
マリアは取り乱し、レイナルドの腕に縋り付こうとした。しかし、王籍を剥奪され、己の崩壊した未来に絶望したレイナルドは、今やマリアを振り返る余裕など微塵も残っていなかった。
「……さて。レイナルド殿下、いえ、ただのレイナルド元王子」
エリザベートは、優雅に扇を閉じ、冷徹な微笑みを浮かべて彼らを見下ろした。
「これですべてが明らかになりましたわね。私を『可愛げのないお荷物』と呼び、そちらの『か弱い聖女様』を選んだ結果が、これですの。お望み通り、お二人で手を携えて、地獄の底まで落ちていかれるとよろしいわ」
「お、おのれ、エリザベートォォオオ!!」
レイナルドが半狂乱になってエリザベートに掴みかかろうとした。
「そこまでにしてもらおう」
ジュリアスが冷たく手を挙げると、即座に、完全武装した帝国の近衛兵たちが二人を取り囲み、冷たい槍先を突きつけた。
「我が国の皇后となるエリザベートに不敬を働いた罪、そしてバルセーヌ王国からの要請に基づき――この愚者どもをただちに拘束せよ」
「ひぃっ! 来ないで、来ないでぇ! 私は悪くない、全部殿下がやったことですぅ!!」
マリアはなりふり構わず、かつてあれほど愛を囁いたレイナルドに全ての罪を擦り付け、床に這いつくばって見苦しく泣き叫んだ。
しかし、その醜悪な叫び声は、帝国の華麗な楽団が奏でる、勝利を祝うかのような大音量の円舞曲にかき消されていくのだった。
(第11話へ続く)




