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67話 復讐者

 ゴオォォォォッ、とスラムの広場に局地的な暴風が吹き荒れた。


 おばあちゃん――死の賢者ルスラが最期に遺した莫大な怨念を取り込み、ヴィンセントの細身の身体からどす黒い紫色の魔力が天を突くように立ち上っている。

 その顔は深い絶望と怒りに歪み、両目からは血の涙が止めどなく流れ落ちていた。

 第十座、怨念の老婆(グラッジ・ハグ)。その名の通り、濃密な呪いと怨嗟が物理的な圧力を持って周囲の空間を軋ませている。


「アリス様、お下がりください! ここは我らが盾となります!」


「オラァッ! アリス様に近づくんじゃねェ!」


 クマのぬいぐるみであるナガクやスケルトンのヴァグがわたしの前に立ち塞がる。

 それに続くように、リビングアーマーのヨルグたちといった他の眷属たちも、一斉に武器を構えてヴィンセントへ殺気を向けた。

 頼もしい忠誠心だ。感心しちゃうね。

 けれど、今はいいかな。


「みんな、ストーップ。手出し無用だよ」


 わたしは純白のドレスの裾を揺らし、眷属たちを制して一歩前へ出た。


 ヴィンセントから放たれる魔力は、確かに凄まじい。おばあちゃんの遺産を丸ごと受け継いだのだ、そこらの冒険者なんかじゃ束になっても敵わないだろう。

 まるでRPGのイベントで強制的にパワーアップした第二形態ボスみたいだ。あはっ、倒したらすっごく美味しい経験値がもらえそう。

 そんな俗っぽい計算をしながら、わたしは内心で密かに舌舐めずりをした。


「死ねぇぇぇッ! 悪魔めぇぇぇッ!」


 ヴィンセントが血を吐くような絶叫と共に、両手を天へと掲げた。

 彼の背後に渦巻いていたどす黒い紫色の魔力が、家屋よりも巨大な化物の姿へと変貌を遂げた。  それはスラムの空間そのものを削り取るような、圧倒的な質量を持った怨念の塊だ。

 怨嗟の絶叫と共に、幻影から無数の干からびた巨大な腕が這い出す。それが一切の逃げ場を塞ぐように全方位から伸び、わたしを握り潰さんと殺到してきた。


 うん、すごい迫力。

 ちょっと前までのわたしなら、この理不尽なまでの呪いの圧力に押し潰されて、確実に負けていたかもしれない。

 けれど。


「――邪竜の加護(ドラゴンズ・シャドウ)、レベル2」


 わたしが鈴を転がすような声で小さく呟いた瞬間。


 足元の影が意思を持ったように蠢き、わたしの小さな身体を包み込むように這い上がってきた。

 これまでの影の支配は、外部に武器を形成して操るものだった。だが、レベル2に進化したことで、その力はより精密に、より強固に、そしてわたし自身の肉体と深く結びつく形へと変貌を遂げたのだ。

 極限まで圧縮された漆黒の影が、純白のドレスの上に重なり、全身へとぴたりと纏わりついていく。

 両腕からは鋭く禍々しい影の爪が伸び、脚もまた影を纏って獣のようにしなやかに、長く伸びる。

 鋼を遥かに凌駕する硬度。わたしの肉体と完全に融合した。

 まさに、影の装甲。


 ズドガァァァァァァァァァァンッ!!


 ヴィンセントにより放たれた無数の巨大な怨念の腕が、全方位から殺到してきては、ついにわたしを完全に包み込み、圧殺せんとした――その瞬間。


 わたしが軽く足に力を込めると、足元の石畳が爆発音を立ててすり鉢状に粉砕された。

 同時に、わたしの視界はコマ送りのようにゆっくりと流れ始める。

 レベルアップと影の装甲による、圧倒的な敏捷ステータスの暴力。

 四方八方から迫る怨念の腕の群れが、わたしの眼の前で、まるで空中にピタリと静止しているかのように見えた。


「おっそーい♡」


 わたしは鼻歌交じりに跳躍し、両腕から伸びる漆黒の爪を一閃した。


 ズバァァァァンッ!!


 鋼の強度を誇るはずの呪いの腕が、わたしの爪に触れた端から、まるで薄い紙屑のようにあっけなく切り裂かれ、黒い霧となって消し飛んでいく。

 一本、十本、百本。

 迫りくる腕の数がどれだけあろうと関係ない。わたしのスピードと手数は、その何倍も、何十倍も上回っているのだから。


 残像すら置き去りにする神速の連撃。

 右の爪で五本まとめて両断し、左の回し蹴りで十本を粉砕する。

 隙間を縫って迫る腕には、真っ向から影を纏った拳を叩き込み、呪いの質量ごと理不尽にカチ割ってやる。


「なっ……!?」


 絶対の自信を持っていた攻撃を一瞬で全滅させられ、驚愕に見開かれたヴィンセントの目の前に、わたしはふわりと舞い降りた。

 そして、そのまま無邪気なステップを踏み込み、影を纏った小さな拳を彼の腹部へと深く叩き込む。


「ガ、ハァァァァッ!?」


「あれ? こんなもん?」


 わたしは小首を傾げて、くの字に折れ曲がって吹き飛んでいく彼を、さらに上のスピードで追いかける。

 ヴィンセントが慌てて空中で体勢を立て直し、至近距離からさらなる怨念の塊を乱れ撃ちにしてきた。


「がはッ……! ま、まだまだぁッ! ルスラ様の怨念はこんなものではないッ!」


 血反吐を吐きながら、ヴィンセントは半狂乱で叫んだ。

 彼の全身から、先ほどよりもさらに悍ましい呪いのオーラが噴出する。それが巨大な骸骨の顔の形となり、わたしを丸呑みにせんと急降下してきた。


「いっくよー、えいっ!」


 ドゴォォォォンッ!!


 わたしは一切避けることなく、真っ向から右ストレートを叩き込んだ。

 影をまとった拳。だが、それだけで、おばあちゃんの無念が詰まった巨大な呪いの顔が、爆発するように粉々に砕け散る。


「うそだろ……ッ!? ば、馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ! ならば、これはどうだァァァッ!」


 ヴィンセントはもう、なりふり構っていなかった。

 周囲の建物を破壊しながら、次々と極大の死霊魔術と、ありったけの怨念の腕をわたしにぶつけてくる。

 でも、全部同じだ。

 魔法の構築も、怨念の圧力も、すべてがわたしの影の爪と拳の射程に入った瞬間に、圧倒的な手数によって容赦なく粉砕されていく。

 殴って、蹴って、切り裂いて。

 敵の攻撃をすべて正面から叩き潰す、理不尽なまでのインファイト。


「あれ? もう終わり?」


「う、おおおおおおッ!」


「あはははははっ、ほら、もっとがんばらないとー。その程度じゃ、全然効かないよ?」


 何度繰り返しただろうか。

 わたしは一切のダメージを受けることなく、完全に無傷のまま、ヴィンセントのすべてを物理で叩き潰し続けた。

 彼がどれだけ出力を上げようと、どれだけ絶望と怒りをぶつけてこようと、わたしはそのさらに上を行く暴力で、彼の希望を根こそぎ粉砕していく。


 そして、ついに魔力も怨念も底を突いたヴィンセントの首根っこを掴み、わたしは至近距離で冷酷に真実を言い放った。


「あのね、ヴィンセント。おばあちゃん本人が相手なら、わたしももっと対等に戦えていたかもしれない。……でもね、その力を借りてるだけの君じゃ、おばあちゃんには遠く及ばない。君は完全に『格落ち』だね」


「あ、あぁ……っ」


 ヴィンセントの絶望しきった瞳から、最期の光が消える。

 わたしは飽きたように彼を地面へと放り捨てた。 


「おお……っ! 我が主殿、なんという神々しくも圧倒的な暴力……ッ!」


 背後から、ナガクが震える声で感嘆を漏らした。

 振り返らなくてもわかる。眷属たちがみんな、わたしの強さにうっとりしているのが。


「ギャハハハッ! 見ろよ、なんだあのデタラメな強さ! アリス様は怨念だろうがなんだろうが、全部拳で殴り殺してやがるぜェッ!」


「ア、アリス様ぁ……♡ 素敵です、最高ですぅ! あの圧倒的な蹂躙、ネネムーも踏み潰されたいですぅーッ!」


「当然ですわ! わたくしの主である以上、この程度の敵、圧倒的に蹂躙してもらわないと困りますわ」


 ヴァグのけたたましい笑い声と、ネネムーやドゴルゴンの危ない歓声がスラムの広場に響き渡る。


「へっ、あんなの見せられたら俺たちの鎧が紙屑に見えるぜ……ッ!」


「まったくだ。まあ、俺達の鎧は、中身がないから紙屑でももんだいないけどなあ!!」


 リビングアーマーのヨルグとモラが、感極まったように自らの鉄の兜を叩いて吠えている。


 うんうん、いいね。

 これが圧倒的な実力だ。

 おばあちゃんの怨念を借りた程度じゃ、今のわたしには傷一つつけられない。

 わたしは、魔力も底を突いてついに膝から崩れ落ちたヴィンセントを見下ろしながら――極上のドヤ顔をキメてやった。

 どやぁ。

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