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66話 スマートな戦術

 んーっ、と。

 わたしは大きく両腕を上に伸ばして、凝り固まった背筋をほぐした。


 いやー、大仕事だったなあ。

 大変だったけれど、すっごく楽しかった。

 なにより、今回のアリスちゃんも最高にかわいくて完璧だったしね! ふふんっ。

 泥だらけになって無邪気に遊ぶ天使からの、絶望のどん底に突き落とす無慈悲な怪人への見事なギャップ。

 あのおばあちゃんの前で見せたドヤ顔なんて、まさに国宝級のかわいさ。うんうん、我ながら自分に惚れてしまいかも。


 とはいえ。

 足元に転がる凄惨な死体の山と、それを使って作られたおぞましい肉のオブジェを横目で見て、わたしは内心で密かに冷や汗を拭った。


 いやー、流石に、やりすぎでしょ……。

 いくらなんでも、趣味が悪すぎる。わたし、別に猟奇的なスプラッター趣味なんて持ち合わせてないんだけど。

 ナガクやヴァグたち眷属の連中が、しっぽをちぎれんばかりに振る犬みたいな顔でやってきて。


「ご主人様! こんな感じでどうですかー!」


 なんて、満面の笑みでこの血みどろの光景をお披露目してきたときは、流石のわたしもひえっと思った。

 でも、あんなにキラキラした瞳で褒めて褒めてとすり寄られたら、主人の器として否定なんてできないよね。

 えらいえらい、よくやったねって、頭を撫でてあげるしかなかったのだ。


 まあ、悪趣味なのは認めるけれど、これは必要な工程だった。


 死の賢者、ルスラ・フォン・ナディガル。

 あのおばあちゃんは、最強だった。


 事前にナガクたち眷属をこき使って、おばあちゃんの戦力を詳しく調べさせたんだけど……調べれば調べるほど、ふざけたチートっぷりが浮き彫りになった。

 流石、大陸に十人しかいない賢者の一人。

 具体的なレベルは『80』前後と推測。

 まあ、この世界のレベルの仕様を考えれば、それ自体は大した問題じゃない。本当に厄介なのは、レベルという枠に収まらないぶっ壊れたスキルの数々。

 メインとなる【死霊術師の加護】のスキルレベルは、なんと最大値であるレベル10とカンストしているというふざけた仕様。

 普通の才能ある人間が一生をかけてもレベル5で頭打ちになるこの世界で、本当に冗談じゃない。

 おまけに、基礎となる【魔術師の加護】のスキルレベルまで当然のようにレベル10に到達している。

 これに加えて、歴代の師匠たちを強力なアンデッドとして使役する規格外の固有スキル【円環の秘儀ウロボロス・ミステリウム】なんていう、運営に直接クレームを入れたくなるような反則スキルまで隠し持っているのだ。


 過去には、街を一瞬で消し飛ばすだけの力を持ったドラゴンを相手に、一人で十時間ぶっ通しで戦い続けて勝利したなんていう、ドン引きするようなエピソードまであるらしい。

 腕利きの冒険者が十人、いや百人同時にかかっていっても、手持ちのアンデッドをいくつか出されるだけで一瞬で溶かされるんじゃないかな。

 あの自称天才錬金術師のネネムーなんて、ルスラに比べたら、子供の泥んこ遊びレベルの超絶雑魚だよ。


 わたしは、察したね。

 ああ、今のわたしとルスラで一対一で戦っても、絶対に勝てない、と。

 たぶん、眷属を総動員して袋叩きにしても負けていたかもしれない。

 いや、わたしのプレイヤースキルでなんとかギリギリ勝てたとしても、こちらの被害は甚大だ。可愛い眷属たちのほとんどが生き残れなかっただろう。


 だから、わたしは確実に、それも被害ゼロで勝つ方法を選択した。

 まあ、ゲーマーとしては、勝つか負けるかわからないヒリヒリするような死闘も嫌いじゃないよ。むしろ大好物だ。

 けれど、今回はリスクをとるべきタイミングではないと判断した。

 だからこそ、ルスラの心を最も効率的にへし折るアプローチをとったのだ。



 狂気の演出は、立派な戦術だ。

 かつての現実世界でも、かの有名な軍略家である孫子は、戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり、とか言ったしね。

 敵の精神を恐怖で支配し、戦意を根こそぎ奪い去るのは、歴史上の名だたる将軍や軍師たちが用いてきた極めて真っ当な定石。

 たとえば、ヴラド三世の串刺し刑は、圧倒的な兵力を持つオスマン帝国軍の士気をくじき、恐怖で撤退に追い込むための立派な心理戦だった。

 チンギス・カンだってそうだ。

 抵抗した都市の住民を皆殺しにして巨大な頭骨の山を築き上げることで、逆らえばああなるという絶対的な恐怖を周辺諸国に植え付けた。

 織田信長も、比叡山を徹底的に焼き払うことで、反抗勢力の士気を根本から萎縮させた。

 一見するとただの狂気や猟奇的な趣味に見える惨劇も、その本質は、自軍の損耗を避けるための最もコストパフォーマンスの良い心理戦に過ぎない。


 だから、わたしがスラムの住人を使ってやったあの悪趣味なオブジェ作りも、最強の死の賢者の心を確実にへし折るための、大局的に見ればとても理にかなったスマートな戦術でしかない。


 それに、もう一つ大きな理由があった。

 わたしの目の前に、半透明のシステムウィンドウが浮かび上がる。


【条件達成を確認。スキル『邪竜の加護』がレベル2に到達しました】

【新たな権能の解放条件を達成しました】


【LvUP条件】

・『悪意ポイント』を一定量蓄積する。

【※悪意ポイントは、他者から向けられる殺意、恐怖、憎悪の総量、およびその質によって算出されます】


 このレベルアップの通知を見て、わたしは思わず口元を引きつらせた。

 街一つを恐怖のどん底に叩き落とし、さらに大陸最高峰の賢者にこれでもかというほどの絶望と特大の憎悪を抱かせて、それでやっとレベル2への到達だ。

 いくらなんでも、要求される経験値のテーブルがシビアすぎないかな。ここまでやらないと上がらないなんて……。想像以上に使いづらかい加護だこと。


 まあ、文句を言っても仕方ない。

 わたしはウィンドウを消去し、くるりと踵を返した。

 血だまりを踏む音が、静寂に包まれたスラムの広場に響く。


「さて。まだ残っている仕事を終わらせないとね」


 視線の先には、一人の男が立っていた。

 執事のヴィンセント。

 わたしの無邪気な笑顔に骨抜きにされ、恍惚とした表情を浮かべていた彼の顔に、もはやあの甘ったるい熱の色はない。

 敬愛する主を目の前で惨殺され、信じていた天使の皮を被った悪魔の正体を突きつけられたその瞳。

 そこにあるのは、底なしの暗い憎悪と、わたしを八つ裂きにせんと燃え盛る純粋な殺意だけだった。


 ううんうん、すごくいい目だ。

 わざわざ先に師匠であるおばあちゃんの方を殺した甲斐があるというもんだ。


 ……と、彼の絶望にうっとりしている自分を、わたしは頭の片隅でどこか冷静に俯瞰していた。  ああ、今のわたし、完全にこの状況を楽しんじゃってるなぁ。

 我ながら、絵に描いたような悪役ムーブだと思う。

 けれど、そんな異常な自分への自覚すらも、どこかたまらなく心地いい。


「この悪魔め……ッ! 絶対に、絶対に許さないッッッ!!」


 血を吐くようなヴィンセントの絶叫が、静まり返ったスラムの広場に木霊した。

 彼は血だまりに倒れ伏すルスラの遺体に向かって手をかざし、ギリッと奥歯を噛み締めて呪文を紡いだ。


「開け、始祖たる『第一座』よ! 我が魂に師を刻み円環を繋げ! 継承せよ、円環の秘儀ウロボロス・ミステリウムッ!」


 その瞬間、ゴオォォォッ! と凄まじい風が巻き起こった。


「我が身に宿れ、新たなる『第十座』ッ! ――怨念の老婆(グラッジ・ハグ)ッ!!」


 ヴィンセントの悲痛な叫びと共に、事切れたはずのおばあちゃん――ルスラの遺体から、どす黒い紫色の魔力が、まるで間欠泉のように爆発的に噴き出したのだ。

 それは単なる魔力ではない。

 無念、怒り、絶望。そして、愛弟子へと託す最期の願い。

 それらが渦を巻きながら、弟子のヴィンセントの身体へと吸い込まれていく。魔力の奔流の中、一瞬だけ、おばあちゃんの幻影が背後から彼を優しく抱きしめ、そのまま彼自身の魂と深く、温かく溶け合っていくのが見えた。

 脈々と受け継がれてきた死霊術師の系譜。そのすべてが今、ヴィンセントの内に宿ったのだ。


 へー。

 わたしは目を丸くして、その光景を見上げた。

 ヴィンセントの細身の身体から、先ほどまでとは比べ物にならないほどの、圧倒的で濃密な死の気配が立ち上っている。


 なるほど。あれがおばあちゃんが得意にしていた、歴代の師匠から弟子へ力を継承していく死霊魔術の秘儀か。

 この秘儀を開発した始祖たる『第一座』から始まり、その弟子が第二座となり、脈々と魂と魔術を受け継いでいくシステム。

 ヴィンセントは始祖の術理を起動して自らにおばあちゃんの魂を新たな座――記念すべき『第十座』として宿らせたってところかな。


 いいね!

 これから戦う相手として、申し分ないね!


 師匠の死を乗り越えて覚醒する弟子とか、まさに王道ファンタジーの激アツ展開間違いなしだよ。

 わたしは思わず、くすくすと笑ってしまった。


 今回の大仕事の締めを飾るラストバトルとして、これほど悪くないシチュエーションはないに違いない。

 ただ無抵抗な雑魚をいじめるだけじゃ、単なる趣味の悪い悪役で終わっちゃうもんね。

 こうやって悲劇を背負ってパワーアップした主人公っぽい敵を、圧倒的な実力差で華麗に叩き潰してこそ、絶対的ヒロインであるアリスちゃんの魅力がますますパワーアーップ間違いなし。


 憎悪に染まった血走った目でこちらを睨みつけるヴィンセントへ、わたしは純白のドレスの裾をふわりと揺らし、とびきり愛らしい極上のスマイルを向けてあげた。


「いいよ、ヴィンセント。その熱い展開、わたしがぜーんぶ、かわいく踏みにじってあげる!」

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