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55話 賢者の講座

「……いいか、よく聞け」


 ルスラは杖の先で、空中に光の図形を描いた。

 人体を模した光の線画が浮かび上がる。


「戦士のような脳筋連中ならば、レベルは重要じゃ。レベルが上がれば、単純に全身の身体能力が向上する。技量がなくとも、力任せに敵を叩き潰すことができるからの」


 光の人体模型の筋肉が、ムクムクと膨れ上がる。

 わかりやすい図解だ。


「しかし、魔術師は違う」


 ルスラが杖を一振りすると、筋肉がしぼみ、代わりに胸のあたりに青い光の球体が表示された。


「魔術師にとって、レベルの上昇が意味するのは、あくまで『魔力タンク』の拡張に過ぎん。……タンクが大きければ、たくさんの水を溜めておける。それだけじゃ」


 ルスラは、アリスの目をじっと見据えた。


「だがな、どれだけ巨大なタンクを持っていても、蛇口のひねり方を知らなければ、水は一滴も出ん。あるいは、ホースの握り方を知らなければ、水はあらぬ方向へ飛び散るだけじゃ」


 それは、魔術師として生きる者が最初にぶち当たる壁であり、真理だ。

 世の中には、レベルだけを上げて偉そうにしている三流魔術師がごまんといる。彼らは魔力の無駄遣いをするだけで、繊細な術式一つ組めやしない。


「レベルなど、あくまで器の大きさに過ぎん。重要なのは、その中身をどう扱うかじゃよ」


 ルスラは、少し熱くなって語ってしまった自分に気づき、咳払いをした。

 いかんいかん。子供相手に、講義をするつもりなどなかったのに。

 だが、アリスは退屈するどころか、身を乗り出して聞いていた。その瞳はキラキラと輝き、まるで砂漠が水を吸い込むように、ルスラの言葉を吸収している。


「そうなんですね……! タンクと、蛇口……すごくわかりやすいです!」


 アリスは感嘆の声を上げた。


「じゃあ、『レベルは力』で、『スキルは技』……ということなんですね?」


「……いや、少し異なる。スキルは技というよりかは、その力をどう運用するかという『熟練度』の証じゃな」


「熟練度の……証?」


 アリスがオウム返しに呟く。


「そうじゃ。いいか、よく考えろ。……『戦士の加護』のスキルを持っていたから、その者は戦士になったのか? 違うじゃろう」


 ルスラは、遠い昔を思い出すように目を細めた。


「血を吐くような特訓をし、剣を振り続け、死線をくぐり抜けた……。その結果として、世界がその者を『戦士』と認めた。だからこそ、スキルが与えられたのじゃ」


 スキルとは、天から降ってくる幸運ではない。

 その人間が、どう生き、何を行い、何を積み重ねてきたか。その足跡が結晶化したものこそが、スキルレベルなのだ。


「つまり、お主が『戦士の加護』レベル3を持っておるということは……お主が6年間の人生において、戦士として剣を振るってきたという証明に他ならん」


 ルスラは、目を細めてアリスを見た。

 貴族の令嬢として生まれながら、剣を振り、魔道を志す。その道の厳しさを想像して、改めてこの令嬢がいかに優秀かを実感する。


「ほとんどのスキルは、後天的な結果じゃ。生き様が、力になる。……それが、この世界の理じゃよ」


 ルスラの言葉を聞いて、アリスはぽかんと口を開けていた。

 そして、何かを噛み締めるように、ゆっくりと頷いた。


「……生き様が、力になる」


 彼女は、まるでその言葉を心に刻み込むように繰り返した。

 そして、アリスは顔を上げ、真剣な眼差しでルスラを見つめた。


「じゃあ、ルスラ様。……ルスラ様は、『死霊術師』なんですよね?」


「いかにも」


「ということは、ルスラ様にも……『死霊術師の加護』があるんですか?」


 その問いに、ルスラはニヤリと笑った。

 口の端を吊り上げ、魔女らしい、不敵で傲岸な笑みを浮かべる。


「あるとも。……伊達に『死の賢者』などと呼ばれてはおらんよ」


 彼女の背後で、飾られていた髑髏の標本が、カタカタと音を立てて笑った気がした。

 だが、アリスは怯まなかった。

 それどころか、彼女の笑顔はますます輝きを増していく。


「じゃあ、どうすれば、『死霊術師の加護』が手に入るんですか?」


 アリスは、身を乗り出すようにしてルスラを真っ直ぐに見つめていた。その瞳は期待に満ち溢れ、まるでキラキラと輝く星が閉じ込められているかのようだ。


 ルスラは、そんな少女の純粋すぎる熱視線を浴びて、思わずたじろいだ。

 これほどまでに直球で、濁りのない「尊敬」を向けられたのは、一体いつ以来のことだろうか。


 死を弄び、腐敗を愛でる『死の賢者』。

 世間から浴びせられるのは、畏怖か、嫌悪か、あるいは気味の悪いものを見るような蔑みの視線ばかり。そんな自分が、この国で最も清らかなはずの公爵令嬢から、まるでお伽話の勇者でも見るかのような目で見られているのだ。


 ルスラは、柄にもなくむず痒さを感じ、居心地悪そうに杖を握り直した。


「……ふん。手に入るかだと? 当然じゃ。ワシの元で、死の深淵を覗き、魂の構造を解き明かす術を学べば……世界は自ずとお主を『死霊術師』と認めるじゃろうよ」


 売り言葉に買い言葉。

 つい、尊大な態度で答えてしまった。


 すると、アリスの表情がパァァッと明るくなった。


「本当ですか!? じゃあ、ルスラ様! アリスに、その『死霊術』を教えてくださいっ!」


 アリスは、ソファから飛び降りる勢いで詰め寄った。

 両手を合わせ、上目遣いで懇願する。


「わたし、ルスラ様みたいにかっこいい『賢者様』になりたいんです! がんばって、一生懸命勉強しますから! ……だめ、ですか?」


 その言葉に、ルスラはハッとして我に返った。

 あろうことか、幼子の無垢な瞳に乗せられ、得意げに魔道の講釈を垂れてしまっていたとは。

 己の迂闊さと、まんまとペースを乱された気恥ずかしさが同時に込み上げ、ルスラは杖で床を叩いた。


「……戯れ言を抜かすな。貴様のような小娘に教えることなど何ひとつないわ!」


 これ以上ここにいては調子が狂う。ルスラは逃げるように立ち上がるとこう口にした。


「ほれ、そろそろ帰ってくれ。ワシは忙しいんじゃ」


 有無を言わせぬ剣幕に、アリスはシュンとした様子で一礼すると、心配そうに寄り添うセーラや騎士たちと共に、静かに部屋を退室していったのだった。



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