50話 よりよい器のために
一夜明けて、正午。
クライネルト公爵家の屋敷にあるわたしの部屋は、いつものように柔らかな陽光に包まれていた。
テーブルの上には、セーラが淹れてくれた極上のアールグレイと、焼き立てのスコーン。
平和で、優雅なティータイム。
ただ一つ、わたしの足元に、昨晩、新しく眷属にしたホムンクルスが侍っていることを除けば。
「はぁ、はぁ……アリス様ぁ……♡ アリス様の匂い、最高ですぅ……」
わたしの膝に頬を擦り付けているのは、元・錬金術師のネネムーちゃんだ。
自分自身の死体を取り込んだおかげで、今の彼女は以前よりも透明感を増した、雪のように白い肌を持つ美少女の姿で安定している。
昨夜のようなスライム状のベトつきはなく、その肌は高級なシルクのようにスベスベとしていて、触り心地は悪くない。
「……ねえ、ネネムーちゃん。くっつきすぎじゃない?」
「えへへ、すみません! でも、この新しい体が『アリス様のそばにいたい』って本能レベルで求めてるんですぅ! ほら、見てくださいこのフィット感! まるでアリス様専用の抱き枕みたいでしょう?」
ネネムーは嬉々として頬ずりしてくる。
まあ、不快ではないし、かわいいから許してあげよう。これぞ主人の度量ってやつだ。
わたしはティーカップを置き、空中にウィンドウを展開した。
表示させているのは、死霊の傀儡の管理画面だ。
「へぇ……。まさか、全員『承認』だなんてね」
リストには、昨晩「処理」した研究員たち十数名の名前が並んでいる。
ステータスは全員『待機中』。
今まで、何人かには「拒否」されることがあったけれど、まさか100%の承認率は初めてだ。
やっぱり、日頃から危ない研究をしていた人たちだからかな? こういう狂った状況への親和性が高いのかもしれないね。
まあ、優秀な仲間が増えるに越したことはない。わたしとしては大歓迎だ。
「あいつらの死体は、ヴァグたちが回収してくれたんだよね?」
わたしが尋ねると、部屋の隅で直立不動の姿勢をとっていたクマのぬいぐるみ――ナガクが頷いた。
「ハッ。パンドラの連中に運ばせております。全員、冷やしておりますので、腐敗の心配はありません」
「ありがとう。手際が良くて助かるよ」
まあ、彼らの死体を器として使うかどうかはまだわからないんだけどね。
わたしはチラリと、足元のネネムーに視線を落とした。
「ねえ、ネネムーちゃん。わたしがあなたをスカウトした理由、わかってる?」
「えっ? それはもちろん、ネネム―のかわいさにアリス様がメロメロになったから……」
「違うよ」
わたしは即答で切り捨てた。
「わたしが欲しかったのは、あなたの錬金術……もっと言えば、『ホムンクルス』を作る技術だよ」
そう。
今までわたしは、手近な死体や骨、あるいは鎧なんかを器にしてきた。
でも、それらはあくまで「ありあわせ」だ。死体で作るゾンビも骨でつくるスケルトンも、最適かどうかはわからない。
けれど、ネネムーが作る『人工生命体』なら。
今までにはなかったタイプの器も作ることができる。
「その技術があれば、筋肉ムキムキの戦士のようなホムンクルスを作るなんてこともできるんだよね」
「もちろんですぅ! ネネムーに任せてもらえば、腕を4本に増やしたり、昆虫の羽を生やして飛べるようにしたり、なんでもござれです!」
ネネムーは胸を張って、頼もしいことを言ってくれる。
……いや、そんなモンスターみたいなのは想定していなかったけど……。まあ、機能拡張のオプションがあるのはいいことなのかな?
「そういうことなら、ネネムーちゃんの部下たちも、ホムンクルスを器にしてあげたいんだけど……」
わたしは言葉を切り、ふと、疑問を感じた。
そもそも、器ってなんでもいいのだろうか?
わたしは部屋の隅にいる眷属たちに視線を向けた。
クマのぬいぐるみのナガク。
ビスクドールのドゴルゴン。
今となっては妙に馴染んで様になってきているけれど……。果たして、ぬいぐるみの体が彼らにとって『最適』だったとは限らない。
「ねえ、ネネムーちゃん」
「はいっ?」
「『器』ってさ……その『器』にいれる魂との相性とかってあるのかな?」
わたしの漠然とした問いに、ネネムーは小首をかしげた。
「相性、ですかぁ?」
「うん。例えばさ、魔法使いの魂を、脳みそ筋肉な戦士タイプのホムンクルスに入れたりしたら……どうなると思う?」
「うーん……。理論上は動くとは思いますけどぉ……」
ネネムーは、むにゅむにゅと自分の頬をつつきながら考え込んだ。
「ネネムーは『肉体』を作る専門家なんで、魂のことは詳しくないんですけど……。でも、やっぱり『ちぐはぐ』にはなるんじゃないですかねぇ? せっかく高性能な体を作っても、中身がそれを使いこなせなかったり……最悪、拒絶反応で魂が弾かれちゃったりするかも?」
んー、そういう可能性もあるにはあるよねー
今のネネムーちゃんは、自分の最高傑作である『白』という器に入っている。
見たところ、すごく安定しているし、以前よりも強そうだ。それは彼女自身が作った器だから、彼女の魂と相性がいいなんてこともあるのかもしれない。
でも、他の人たちはどうだ? 今回手に入れた研究員たち。彼らはどんな性格で、どんな才能を持っていて、どんな器を望んでいるのか。
わたしは何も知らない。
もし、適当なホムンクルスを作って、適当に魂を突っ込んで……それが原因で「失敗作」ができちゃったら? せっかくの貴重な「魂」が無駄になってしまう。
「……困ったね」
わたしはスコーンを齧りながら、深いため息をついた。
「わたし、今まで深く考えずに『器』を選んできたけど……。これからの軍団作りには、『適材適所』が必要なのかも」
最強の軍団を作るなら、妥協はしたくない。
その人の魂の形を見極めて、それに一番似合う「器」をあてがってあげる。そうしてこそ、真の力を発揮できるんじゃないだろうか。
「でもぉ、アリス様」
ネネムーが申し訳無さそうに言った。
「ネネムーは、肉体を作るのは天才的ですけど、魂の解析とかはサッパリでしてー。アリス様も、魂と器の『相性』まではわからないんですよね?」
その通りだ。
わたしにあるのは、ゲーム的なシステムとしての「蘇生権限」だけ。死霊術の深い理論や、魂の構造なんてちんぷんかんぷんなのだ。
つまり、今のわたしたちには足りないもの、それは――。
「……誰か、いないかなぁ」
わたしは天井を仰いだ。
「魂のことに詳しくて、死体のプロフェッショナルで、わたしの軍団作りに協力してくれそうな……都合のいい人材」
そんな独り言に、反応した者がいた。
「……一人、心当たりがございます」
ナガクだった。
彼は短い足で一歩前に出ると、恭しく礼をした。
「大陸随一の『死霊魔術師』と呼ばれる人物が、この街に滞在しております」
「……あ」
その肩書きに、わたしはピクリと反応した。
聞き覚えがある。いや、貴族社会にいれば、嫌でも耳に入ってくる名前だ。
「もしかして……『死の賢者』、ルスラ・フォン・ナディガル侯爵夫人のこと?」
「御意」
ナガクが頷く。
ルスラ・フォン・ナディガル。
国内の魔術師を育成する最高学府『レインアーク王立魔導学院』の終身名誉顧問。
さらには、大陸全土の魔術師を統べる最高意思決定機関『大陸魔導連盟・最高評議会、十賢者』の『第九席』も務めている。
まさに、生きる伝説。
わたしは直接会ったことはないけれど、お父様が苦々しい顔で「あの老婆は融通が利かん」と愚痴っていたのを聞いたことがある。
「しかし、今までのように簡単な相手ではないかと」
わたしの内心を知ってか知らずか、ナガクは冷静に分析を続けた。
「彼女は全盛期を過ぎたとはいえ、数々の修羅場を潜り抜けてきた古強者。正面からぶつかり合えば、今の我々をもってしても互角……。勝てたとしても、タダでは済みません。こちらの被害も甚大になるかと」
「それにー、あの人のお屋敷は街の一等地にありますよねー。ネネムーの隠れ家みたいに、ド派手に暴れても誰にもバレないってわけにはいかないですよねー」
ネネムーも口を挟む。
そう。彼女の拠点は街のど真ん中。
あんな場所で戦闘になれば、騎士団がすっ飛んでくるし、お父様にもバレる。
正面突破で拉致するのは、リスクが高すぎる。
かといって、夜陰に乗じて暗殺……というのも、相手が死霊術のプロだと、霊的な感知能力が高そうで分が悪い。
「……うーん」
わたしはスコーンをかじりながら、数秒ほど考え込んだ。
そして、コクリと紅茶を飲み込むと、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。
「だったら、正攻法で行くしかないね」
「正攻法……ですか?」
「うん。奇襲も、暗殺もナシ」
わたしは、とびきり優雅に、スカートの裾をつまんで見せた。
「公爵家令嬢として、正式に『お茶会』にご招待するの。……お客様として招き入れて、屋敷の中でとっ捕まえちゃえば、簡単でしょ?」
これぞ、権力の有効活用。
相手が公爵家との繋がりを大事にする重鎮だからこそ、断れない招待状を送ってあげるのだ。
そして、お婆ちゃんがお茶を飲んでいる間に、後ろからサクッとね。




