46話 絶対的な差
「え?」
男の生首が、意味もわからず宙を舞う。
噴き上がる鮮血。
わたしはそれを、一歩下がって優雅に回避した。服が汚れると、セーラが悲しむからね。
「ヒッ、ギャァァァァァァァッ!?」
隣にいた男が、仲間の返り血を浴びて絶叫した。
パニックになり、縛られたまま這いずって逃げようとする。
「はい、次」
わたしは事務的に、逃げる男の背中に影の槍を突き刺した。
串刺しになった男が、ビクンと痙攣して動かなくなる。
「や、やめてくれぇぇぇぇぇッ!」
「こ、殺さないでくれぇぇッ!」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
でも、わたしの耳には、それは心地よいレベルアップのファンファーレへの前奏曲にしか聞こえない。
一人、また一人。
リズムよく、テンポよく。
まるで雑草をむしるような手軽さで、わたしは彼らの命を刈り取っていく。
断末魔が響くたびに、周囲で見守る眷属たちが歓声を上げた。
「ヒャハハハッ! すげぇ! やっぱり姐さんは容赦ねぇや!」
「あの無慈悲な剣裁き……! 惚れ惚れしますなぁ!」
「命乞いを聞く耳すら持たねぇ! あれぞまさしく、我らが主だぜ!」
ドクロやゾンビたちが、手を叩いて大はしゃぎしている。
本心でそう思っているのか。それとも、アンデッドという肉体に引っ張られているのか。
まあ、どっちでもいいけど、邪魔しないでいてくれるのはありがたい。効率を考えたら、一人二人殺すのに、いちいち躊躇なんてしてられないからね。
ものの数十秒で、そこには動くものは何一つ残らなくなった。
死体の山が出来上がり、あたりは静寂に包まれる。
わたしは、ふぅ、と小さく息を吐くと、ニッコリと笑って彼女の方を振り返った。
「ごめんね、ネネムーちゃん。お待たせしたかな」
わたしは、とびきり愛らしく首を傾げてみせる。
けれど、さっきまであんなにわたしに見蕩れていた彼女の反応は、劇的に変化していた。
「あ……あ、あぁ……ッ!」
ネネムーは、腰を抜かしたまま後ずさり、壁に背中を押し付けていた。
その顔は、恐怖と絶望でぐしゃぐしゃに歪んでいる。大きな瞳からはボロボロと涙が溢れ、鼻水で顔中が汚れ、小刻みに痙攣する唇からは涎が垂れている。
あらら。せっかくのかわいいお顔が台無しじゃん。
そんことを思いつつ、わたしが一歩近づくと、ネネムーは「ひぃっ!?」と悲鳴を上げて身を縮こまらせたかと思いきや、ネネムーは、ガタガタと震える膝を無理やり動かし、その場に平伏した。
おでこを床に擦り付ける、見事なまでの土下座スタイルだ。
「い、命だけは……ッ! どうか、どうか……ッ! こ、殺さないでくださいぃぃッ!!」
床板に向かって、彼女は悲鳴のような懇願を叫ぶ。
「ボ、ボクは……ボクは、あなたの役に立ちます! あいつらとは違うんです! ボクは天才なんですッ! 錬金術だって、ホムンクルスの製造だって、誰にも負けない技術を持ってるんですぅッ!」
必死だね。
自分の価値を証明できなきゃ、さっきの肉塊たちと同じ運命を辿るって、思っているみたいだ。
「な、なんでもします! お金でも、貴重なお薬でも、猛毒でも、なんでも作ります! あなたの役に立つものなら、なんだってッ!」
ネネムーは顔を上げ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、わたしを見上げた。
「だから……ッ! お願いです、殺さないで……! 掃除でも洗濯でもします! 靴を舐めろと言われれば舐めます! 実験体になれと言われればなります! ペットでも、奴隷でも、肉壁でもなんでもいいです! だからぁぁぁッ!!」
なりふり構わない、生存への渇望。
自分のすべてを差し出し、尊厳すらもかなぐり捨てた、最高の命乞い。
まあ、だからなんだというのだ。
わたしは無言のまま、彼女の元へと歩み寄った。
そして、わたしのこの小さく華奢な両手を伸ばし、その細い首をガシッと掴んだ。
「ぐっ……!?」
そのまま、よいしょ、と持ち上げる。
といっても、今のわたしは6歳の幼女ボディだ。彼女を空中に吊るし上げるほどの背丈はない。
わたしの力に引かれる形で、ネネムーの上体が起き上がり、力なく膝立ちの状態になる。
ちょうど、視線の高さが合った。
わたしは、至近距離から彼女を見つめる。
すると、なにかを悟ったらしいネネムーの顔が、絶望で彩られる。
うん、そうだよ。
わたしは、あなたと微塵も交渉するつもりはない。
けれど、彼女の口から飛び出したのは、恨み言でも呪詛でもなく――まるで、歪んだ愛の告白のような叫びだった。
「な、なんでぇっっ! なんで殺すのぉッ!」
ネネムーは、わたしの手首を掴み、涙を流しながら絶叫した。
「ボク、君のためなら、奴隷でもなんでもなる覚悟ができているのにッ! 捧げさせてよ! ボクのすべてを君にッ! だから、殺さないでよぅ……」
後半につれて段々と力がなくなっていく彼女の言葉を聞いて、わたしはふと、思ったことを口にした。
「……あのね、ネネムーちゃん」
わたしは、怯える子犬をあやすように、優しく囁きかける。
「あなたとわたしの決定的な差って、なんだと思う?」
「え……?」
ネネムーが、涙に濡れた瞳をわずかに揺らす。
わたしは、彼女の瞳の奥にある怯えを覗き込みながら、聖女のように微笑む。
「それはね、この世界の『真理』を知っているか、いないかだよ」
「――ッ!?」
彼女が息を呑んだ、その瞬間だった。
キュッ。
わたしは、両手にほんの少しだけ力を込めた。
骨を砕くような野蛮な力じゃない。頚椎の急所を、正確に、そして慈しむように締め上げる、洗練された死の愛撫。
せっかくのこのかわいいお顔が台無しにならないように――。
優しく、丁寧に。
殺してあげなきゃね。
カクン、と。
ネネムーの身体から、糸が切れたように力が抜けた。
瞳から光が消え、その瞼がゆっくりと閉じられていった。




