44話 降臨
「で、ですが! さっき怪力で頭を潰されても平気そうでしたし……!」
「いいから見てなよ。今、タネを明かしてあげるから」
ネネムーは、少しムッとしていた。
自分の完璧な理論を、部下ごときに疑われたのが気に食わなかったのだ。
彼女は白衣を翻すと、魔法陣を構築する。
「錬成・質量弾」
床の石材が瞬時に変形し、バレーボールほどの大きさの鉄球へと変わる。
それを勢いよく射出する。
狙いは、先頭を行く大柄な鎧――ヨルグと呼ばれていたほうの頭部。
――ガァァンッ!!
凄まじい金属音が響き渡る。
不意をつかれたヨルグは、反応すらできなかった。
鉄球の直撃を受けた兜は、留め具を引きちぎり、勢いよく宙を舞った。
「あはっ、兜を外そうとしたんだけど、勢いありすぎて頭がちぎれちゃったかも」
ネネムーは、勝ち誇った笑みを浮かべ、転がっていく兜と、その主の首元へと視線を向けた。
――コロン、カラン……。
兜が、乾いた音を立てて石畳を転がる。
そして。
「……え?」
ネネムーの笑顔が、凍りついた。
首から上を失ったはずの騎士の体。
そこには、鮮血の噴水もなければ、切断された首の断片もなかった。
あるのは、虚無。
兜の下にあったのは、空っぽの空間だけ。
鎧の内側の革ベルトと、暗い闇だけが、ぽっかりと口を開けていた。
「あーあ。取れちゃったじゃねぇか」
首のない騎士が、腹の底から響くような声で喋った。
いや、声は腹から聞こえていたのではない。
鎧そのものが、震えるようにして声を発している……?
「ま、涼しくていいけどよぉ」
「おいおいヨルグ、お前顔色が悪いぞ? って、顔ねぇんだった! ギャハハハ!」
もう一人の騎士が、腹を抱えて爆笑している。
「な……」
ネネムーは、目を見開いたまま硬直した。
ありえない。
中身がない?
空っぽの鎧が、意思を持って、喋って、笑っている?
そんな高度な自律稼働が可能なアンデッドなど、存在しないはずだ。
「う、嘘……でしょ……?」
彼女の脳裏に、一つの可能性が過ぎる。
もし、これを操っている術者がいるとしたら。
そいつは、自分など、児戯に思えるほどの『死と魂の理解者』だということになる。
冷たい汗が、ネネムーの背筋を伝った。
異常なのは、あの二体の鎧だけなのか。
彼女は、恐る恐る視線を戦場の他の場所へと巡らせた。
そして、見てしまった。
腐肉を撒き散らしながら群がるゾンビたちが、信じられない「声」を発しているのを。
「オラオラァ! もっと気合入れろよテメェら! アリス様が見てんだぞ!」
「へへっ、わかってやすよ! にしてもこいつらの肉、硬くて切り応えがありますねぇ!」
ゾンビたちが、笑っていた。
本来なら「あー」とか「うー」しか言えないはずの彼らが、腐り落ちた喉で明確な言語を操り、あろうことか軽口を叩き合いながら、ネネムーの可愛いホムンクルスたちを剣で切り刻んだり、拳でタコ殴りにしていたりする。
ホムンクルスが剛腕を振るい、ゾンビの腕を引きちぎる。
だが、ゾンビは怯むどころか、ニヤリと笑った。
「おっと、片腕持ってかれちまったか。ま、後でくっつけりゃいいか!」
「隙だらけだぜ、オラァ! このウドの大木がよぉ!」
別のゾンビが背後から飛びつき、指をホムンクルスの眼球に突き刺す。
さらに別の個体が、足元に滑り込んでアキレス腱をナイフで切り裂いた。
そこへ、カカカッ、と乾いた足音が響く。
骨だけの身体に、擦り切れたマントを羽織った一体のスケルトンだ。
「どけぇザコ共ッ! このヴァグ様の獲物がなくなっちまうだろうがぁッ!」
ステルトンは、手にした大剣を雑にフルスイングし、ホムンクルスの頭部に鈍器のように叩きつける。
血と体液が混ざった液体を浴び、髑髏の眼窩に青白い炎を燃え上がらせて、彼は高笑いする。
「ヒャハハハ! どうしたどうした! 自慢の巨体が泣いているぜぇ!?」
アンデッドたちは正面から正々堂々と挑むような真似はしなかった。
集団リンチ、急所潰し、背後からの闇討ちと汚い手ばかりを尽くして知能のないホムンクルスたちを翻弄しては、確実に死体へと還元していく。
「な……ッ!?」
ネネムーは、喉の奥から引きつった声を漏らした。
リビングアーマーだけでなく、ゾンビやスケルトンに至るまで「自我」がある? 一体どんな手を使えば、こんなことができるのか……。
「ありえない……ありえないありえないッ!」
ネネムーは頭を抱え、髪を振り乱した。
そんな神の御業が、人間に可能なはずがない。
自分は「生命の創造」という神の領域に片足を突っ込んでいる自負があった。けれど、敵の術者は、すでにその領域のど真ん中で胡座をかいているようなものだ。
格が違う。
次元が違う。
そして何より――。
「わたしの『子供』たちが……あんな薄汚いアンデッドごときに、負けるなんてぇぇッ!」
プライドの崩壊。
それが、ネネムーの理性を焼き切った。
「クソッ! もういい! おい、アレを出せ!」
ネネムーは、血走った目で部下を振り返った。
「『地下第三層』の封印を解け! 『ギガント』を出すんだよ!」
その命令に、部下の魔術師たちが凍りついた。
「なッ……!? し、正気ですかマスター! あれは、制御が不能です。解き放てば、敵どころか我々も、屋敷ごと吹き飛びますぞ!」
「うるさいうるさいうるさーいッ!」
ネネムーは近くにあったフラスコを部下に投げつけた。
「わたしの邪魔をするのが悪いんだよ! あいつら全員、ぐちゃぐちゃの挽き肉にしてやるんだから!」
彼女の癇癪に、部下たちは顔を見合わせ、絶望的な表情で頷くしかなかった。
やがて、重々しいレバーが引かれる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
先ほどまでの振動とは比較にならない、直下型地震のような衝撃が屋敷を揺さぶった。
エントランスホールの床石が、爆発したかのように弾け飛ぶ。
――グオオオオオオオオオオオオオオッ!!!
噴き上がった土煙の中から現れたのは、悪夢を煮詰めたような巨体だった。
大きさは、屋敷の二階部分まで届こうかというほど。人間だけではなく、いろんな魔物の細胞を混ぜることで、巨大な怪物へと膨れ上がった。
実験体『ギガント』。
それは、ネネムーが作り出した中で、最も醜く、最も強力な破壊の権化だった。
「ひゃはははははっ! いけぇ! やっちゃえ! 全部壊しちゃえ!」
ネネムーの絶叫に応えるように、ギガントが腕を振るう。
ただの力任せの裏拳。
だが、その質量と速度は、攻城兵器の一撃に等しい。
ドゴォォォォォンッ!!
前線で戦っていたリビングアーマーのヨルグとモラが、紙くずのように吹き飛ばされ、壁に激突して瓦礫に埋もれた。
さらにギガントは、足元にいたゾンゾたちを味方のホムンクルスごと踏み潰し、肉塊へと変えていく。
「ちっ、デカブツが……ッ! 野郎ども、一旦引けッ!」
ヴァグが叫ぶが、暴風のような暴力の前では、撤退すらままならない。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ! すごいよ! すごいっすごいっ! なにもかもめちゃくちゃにしちゃえギガント! あひゃひゃ! やっぱりボクこそが、世界で一番の天才なんだぁ!」
アンデッド共がどんな手を使おうと、ギガントという圧倒的な暴力には通じない。
これなら勝てる。
ボクの研究は、やっぱり正しかったんだ……!!
ネネムーが勝利の余韻に浸ろうとした、その時だった。
――パリンッ。
頭上で、何かが割れるような澄んだ音が響いた。
屋敷の天窓が砕け散り、キラキラと輝くガラスの破片と共に、一筋の月光がホールへと差し込む。
その光の道を、ゆっくりと降りてくる影があった。
重力を無視してふわりと舞い降りたのは、漆黒の外套を羽織った、一人の少女だった。
その両脇には、生意気そうな金髪のビスクドールと、黒いベストを着たクマのぬいぐるみが、まるで忠実な従者のように浮遊している。
少女は、瓦礫の山の上に音もなく着地すると、芝居がかった仕草でスカートの裾をつまみ、優雅にカーテシーをして見せた。
その瞬間、戦場の時間が止まっていたように見えた。
「あ、え……」
ネネムーは、ぽかんと口を開けたまま、その少女に見入っていた。
かわいい。
あまりにも、かわいすぎた。
月光を浴びて輝く糸のような髪。
宝石よりも深く、吸い込まれそうな瞳。
陶磁器のように白く、滑らかな肌。
そして、全てを見下すかのような、可憐な微笑み。
ドクン、とネネムーの心臓が早鐘を打つ。
ああ、これだ……。
彼女の脳裏に、幼き日の記憶が蘇る。
鏡に映る自分を見て、あるいは病に伏して死んでいく隣人を見て、幼い彼女が抱いたのは――明確な「軽蔑」だった。
人間って、なんて脆くて、不合理で、汚いデザインなんだろう……。
すぐに腐る肉。
病原菌に侵される脆弱な免疫系。
わずか数十年で稼働停止する低品質な寿命。
神様って、なんて不器用で、センスがないんだろう。
だから、彼女は錬金術にのめり込んだ。
神が作った人間という名の失敗作を解体し、より優れた素材と混ぜ合わせ、機能的で美しい「完全なる生命」へと修正するために。
彼女がホムンクルスを作り続けてきたのは、神という無能な創造主を嘲笑い、その鼻先に「正解」を突きつけてやるためだった。
そして今、その「答え」が目の前に現れた。
一切の不純物がない、完成された造形美。
神が手掛けた最高傑作。
「……完璧、だ……」
ネネムーは、その場に崩れ落ちるように膝をついた。
あまりにも圧倒的な「正解」を突きつけられたことによる、魂の敗北宣言。
自分が積み上げてきた全ては、この少女という奇跡の前では、あまりにも無意味で愚かな徒労でしかなかったのだ。
――グオオオオオオッ……!
その時、空気を読めない怪物が吼えた。
ギガントが、新たな侵入者に対して敵意を剥き出しにし、その巨大な腕を振り上げた。
――パチンッ。
乾いた音が、響いた。
少女が、にこやかな笑顔のまま、人差し指と親指を閉じただけだった。
直後。
ズパパパパパパパパパパッ――!!
ギガントの巨体が、一瞬で数百のブロックに解体された。
断末魔を上げる暇すらなかった。
まるで、見えない刃の檻に閉じ込められたかのように、その肉体はサイコロステーキのように細切れになり、重力に従ってドサドサと崩れ落ちる。
そんなグロテスクな肉塊さえ、少女のかわいさを際立たせる舞台上の演出に見えてくる。
血の雨が降り注ぐ中、少女はゆっくりとこちらを振り向く。
そして、ニコリ、と笑みを向けた。
「……あぁ」
ネネムーは、恍惚とした吐息を漏らした。
――女神は、ここにいたんだ。
――――――――
※あとがき
なんか目覚めたとか言いそうなキャラが笑
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