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41話 アート活動

 タァンッ!


 UR装備【空踏みの革靴エアリアル・ウォーカー】のソールが、レンガ造りの屋根を軽やかに蹴り飛ばす。

 圧縮された風が足裏で炸裂し、わたしの身体を砲弾のように前方へと加速させた。


 速い。

 視界がブレるほどの高速機動。

 けれど、わたしの隣を並走する「茶色い影」は、涼しい顔でついてきていた。


「主殿、少しペースが速いのでは?」


 低く、渋いバリトンボイス。

 声の主は、黒いベストを着たテディベア――ナガクだ。

 彼はその短い足を器用に動かし、屋根の上を跳ね回っている。中身が綿とは思えない、凄まじい躍動感だね。


「これくらい平気だよ。他の眷属のみんなは、もう目的地に向かってるんでしょ?」


「ハッ。ヴァグやモラたちは、すでに包囲網を敷いている頃かと」


 頼もしい限りだね。

 わたしはチラリと、ナガクの方を見た。

 正確には、そのフカフカの頭の上に乗っかっている、不機嫌そうな「お荷物」の方を。


「それにしてもドゴルゴンちゃん。クマさんの頭に乗って移動なんて、絵本の世界みたいでメルヘンかわいいねぇ」


 わたしがニヤニヤしながら言うと、ナガクの頭頂部にしがみついていた金髪のビスクドールが、キーッと金切り声を上げた。


「う、うるさいわねっ! 好きで乗ってるわけじゃないわよ!」


 フリルたっぷりのドレスを風になびかせながら、ドゴルゴンちゃんが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「なんでわたくしが、こんな綿の塊にしがみつかなきゃいけないのよ! 屈辱だわ! 王族としての尊厳に関わる問題よ!」


「仕方ないでしょ。ドゴルゴンちゃん、まだ器用に飛べないんでしょ」


 わたしの眷属として蘇ったナガクとドゴルゴンは、種族的には【ポルターガイスト】に分類される。

 そのおかけで自分自身に念動力を作用させて動くことができるのだが、これにはコツがいるらしい。


 戦士として身体感覚に優れていたナガクは、すぐに無意識レベルで習得したけれど、ドゴルゴンちゃんには、まだ荷が重かったみたい。

 自分で飛ぼうとすると、クルクルときりもみ回転して墜落しちゃうんだもん。


「うぅ……っ! 見てなさいよ! すぐにコツを掴んで、優雅に空を舞ってみせるわ!」


「はいはい、期待してるよ~。がんばれ~」


 わたしは気の抜けたエールを送る。

 うんうん、ドゴルゴンちゃんはわかってないんだー。そういった反抗的な態度をとればとるほど、ますますかわいいってことに。

 まあ、そんなことわざわざ教えてあげないけどね。


 わたしは、夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。


「そういえばさ、知ってる? わたしが、新聞でなんて呼ばれてるか」


 ナガクは、屋根から屋根へ飛び移りながら、器用に首をかしげた。


「いえ、知りません。いったい、なんて呼ばれておるのですか?」


「『オーベニールの怪人』だってさ」


 わたしは、歌うようにその名を口にした。

 怪人。

 いいね。悪くないセンスかも。

 正体不明、神出鬼没。街の人々を恐怖のどん底に叩き落とす、夜の支配者。


「ほぅ……。なかなか、風情のある呼び名ですな」


 ナガクも、まんざらではなさそうだ。


「ここ最近、がんばってたしね」


 ここ数日、わたしたちは毎晩のように「狩り」を続けてきた。

 ターゲットは、闇ギルド『パンドラ』の構成員たち。

 彼らのアジトを急襲しては皆殺しにしてきた。


 ――ただし。

 殺したのは、悪党だけじゃない。


 わたしは、数日前のとある酒場での光景を思い出した。

 パンドラが経営する、違法な賭博場。

 そこには、構成員だけでなく、給仕をするお姉さん方や、ただ掃除をしていただけのお爺さん、帳簿をつけていた雇われの事務員もいた。


 彼らは、悪党じゃない。

 ただ生活のために、少しだけ危ない場所で働いていただけの一般市民だ。


 でも。


『み、見なかったことにします! だからどうか命だけは……!』


 そう泣き叫ぶかわいいドレスをきたお姉さんの首を、わたしは躊躇なく刎ね飛ばした。


 罪悪感?

 そんなもの、とっくにどこかに置き忘れてきちゃったよ。

 だって、「目撃者」を生かしておいたら、わたしの正体がバレるリスクがあるでしょ?

 わたしはもうこの殺人という方法で進み続けるしかないんだから。


 そして、殺した後、すぐにわたしの【死霊の傀儡(ネクロ・マリオネット)】で眷属化の申請を送る。


『おめでとうございます! 再ログインの権利が当たりました! アリスちゃんの眷属として、第二の人生を楽しみませんか?』


 みたいなメッセージと共にね。

 だいたいの人は、形容しづらい好奇心と退屈に対する恐怖で、『YES』を押してくれる。

 そうすれば、晴れて彼らはわたしの忠実な下僕として蘇り、死体はアンデットの素材に活用される。


 ――だけど。


「……やっぱり、二割くらいは『拒否』されちゃうんだよねぇ」


 わたしは少しだけ残念そうに呟いた。

 中には、このクソみたいなデスゲームの世界に戻ってくるくらいなら、退屈を我慢して現実に戻ることを選ぶ人もいる。

 賢明な判断だとは思うけど、なんだか嫌われちゃったみたいで悲しい。


 そして、『拒否』された場合。

 あとに残るのは、魂の抜けた冷たい「死体」だけだ。


 以前、パンドラの残党を狩ったとき、蘇生した元・幹部のヴァグが言ったことがある。


『へへっ、姐さん。この死体、俺らが始末しておきやしょうか? 酸で溶かすなり、豚の餌にするなり、痕跡を消す方法はいくらでもありやすぜ』


 元プロの提案だ。

 普通の犯罪者なら、喜んでお願いしただろう。


 でも、わたしは首を横に振った。


『ううん。残しておいて』


『へ? 残す……んで?』


『うん。それも、とびきり目立つように。……そうね、広場の噴水に、飾り付けておいてくれる?』


 わたしは、とびきりの笑顔で演出プランを語った。


『手足をパズルのように組み合わせて、前衛的なオブジェみたいに飾り付けておいて。……ああ、最後に壁に血文字でメッセージを残すのも忘れないでね』


 そう。

 わたしはあえて、死体を「作品」として展示することにしたのだ。

 第一発見者が腰を抜かし、一生のトラウマになるくらい、残酷で、猟奇的で、そして芸術的な死体アートとして。


 狙いは一つ。

 恐怖の拡散だ。


 ただ人が消えるだけじゃ、「行方不明」で終わっちゃう。

 でも、無惨な死体が街のど真ん中に晒されていれば、人々は震え上がる。


「オーベニールの怪人が出たぞ!」


「次は誰が殺されるんだ!」


 そんな恐怖と猜疑心が街を包み込めば、そこから生まれる負の感情は、わたしの第二のスキル【邪竜の加護(ドラゴンズ・シャドウ)】の最上のエサになる。

 あとは、恨みを募らせば募らせるほど、わたしを殺そうと経験値の餌が向こうからやってきてくれるかもしれないし。


「悪名を力に変える。……我ながら、効率的すぎて惚れ惚れしちゃうね」


 わたしは屋根の上で、小さくステップを踏んだ。


 おかげで、街は大パニックだ。

 そして、そのとばっちりを一番受けているのが――。


「ふふっ。お父様、今朝も目の下にすごいクマを作ってたなぁ」


 わたしは、今朝の食堂での会話を思い出した。

 久しぶりに食卓に現れたお父様は、げっそりと頬がこけ、魂が半分抜けたような顔をしていた。


『アリス……。最近、街で物騒な事件が多発していてね……。お父様は、その対応で少し忙しいんだ』


 コーヒーを啜る手も震えていたっけ。

 そんなお父様に、わたしは最高に可愛く、小首をかしげて見せたのだ。


『たいへんですね、お父様。……その「怪人」さんって、そんなに悪い人なんですか?』


『ああ……とんでもない悪党だよ。人の命をなんと心得るか……許しておけない大罪人だ』


 お父様は、拳を震わせて怒っていた。

 まさか、その「とんでもない大罪人」が、目の前でニコニコしながらパンケーキにハチミツをかけている愛娘だなんて、夢にも思っていないだろうな。


『お父様、無理しないでくださいね? アリス、いい子にして応援してますから!』


『おお……っ! アリスぅ……! お前だけが私の癒やしだ……!』


 泣きついてくるお父様の頭を撫でながら、わたしは内心で舌を出していた。

 ごめんね、パパ。

 パパの仕事が増えているのは全部わたしのアート活動のせいなんだけど、まあ、公爵家の威信にかけて頑張って働いてね。


「さーて、そろそろ現場に到着かな」


 わたしは思考を切り替え、前方を睨み据えた。

 視線の先に見えてきたのは、無数の墓標が荒涼と広がる墓地の近くに、ひっそりと、けれど傲慢に佇む巨大な石造りの屋敷だ。

 その姿は、隠れ家と呼ぶにはあまりにも豪奢で、そして不気味なほどに静まり返っている。

 あそこだ。

 今夜のターゲットが潜んでいるという秘密基地は。


「行くよ、ナガク、ドゴルゴンちゃん」


「ハッ!」


「命令しなくてもわかってるわよ!」


 わたしは、ドクロの仮面の位置を直し、口元を三日月形に歪めた。











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