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40話 完璧完全最強美少女、その名は――

 わたし、アリス・フォン・クライネルトは、世界でもっとも完璧でかわいい美少女である。


 鏡の前で、くるりと一回転してみせる。

 ふわりと広がるスカート。窓から差し込む朝陽に透ける、絹糸のような淡い色の髪。宝石のアメジストを溶かしたような、深く澄んだ瞳。

 そして、頬をほんのりと桜色に染めて、小首をコテンと傾けるその仕草。


 うん。


 完璧。

 パーフェクト。

 100点満点中、少なく見積もっても四千兆点ってところかな。


 ああ、アリス。わたしってなんて罪な女の子なんだろう。こんなにかわいい女の子がこの世に存在するなんて……。わたしのせかいで、この世の万物が醜くなってしまうじゃない。

 でも、大丈夫。

 アリスはかわいすぎるのがいけないんだけで、あなたも十分魅力的だよ。

 ああ、我ながら、あまりの愛らしさに鏡の中の自分に恋をしてしまいそう。


 この世界が『Gnosis Online』というデスゲームに変貌してから、およそ半年が経つ。


 わたしは、この屋敷の中で、それはそれは優雅で、平和で、そしてかわいい「お嬢様ライフ」を満喫していた。


「アリスお嬢様、本日もお美しいですね! まさに地上に舞い降りた天使のようです!」


 専属メイドのセーラが、うっとりとした表情で頬を染めて言った。

 うん、知っている。

 わたしは、計算された角度でニッコリと微笑み返す。


「えへへっ、ありがとう。セーラもわたしほどじゃないけど、とってもとっても素敵だよ」 


「はうぅッ……! も、もったいないお言葉……! 今日も一日、死ぬ気で働けます!」


 うん、チョロい。

 相変わらず、わたしの周囲の人間はチョロすぎる。

 まあ、無理もない。なんせ、わたしがかわいすぎるのがいけないんだからね。 



 ◆◇◆



 ある日の座学の時間。


「素晴らしい……! 実に素晴らしいです、アリス様!」


 白髪の老教師が、涙を流して震えていた。

 彼が握りしめているのは、わたしがサラサラと書き上げた答案用紙だ。


「アリス様は、単に大陸全土の歴史を記憶されているだけではなく、文化や地形的要因がいかにして国家間の軋轢を生むか……そうした『歴史の因果』そのものを、完全に掌握されていると!」

 

 老教師は天を仰ぎ、礼拝堂にいるかのように叫んだ。


「神童だ! 我が国の長い歴史において、これほどの知性を持った幼子がかつて存在しただろうか! いや、いない! アリス様こそ、知の女神の再来に違いないッ!!」


「褒めすぎですよ、先生。先生の教え方がお上手なだけですよー」

 

 わたしは困ったように眉を下げて謙遜して見せるが、内心では盛大に鼻で笑っていた。 


 ふふんっ、当たり前だ。

 そもそもここに、搭載されているスペックが違うんだよね、スペックが。

 なんせアリスちゃんは、前世の記憶持ちだ。そのときの知識を応用すれば、このぐらい余裕ってわけだよ。


 わたしは、感動のあまり床に突っ伏して泣いている先生を見下ろしながら、心の中にかわいいドヤ顔をした。

 うんうん、やっぱりアリスちゃんは、頭の出来も世界一なんだね!


 それから、芸術の時間。


「ブラボー! ブラボーですわアリスお嬢様!」


 ダンスホールの床で、わたしがつま先立ちでポーズを決めると、バレエの先生が感極まって拍手喝采を送ってきた。


「その指先の所作、足の運び……優雅にして繊細! まるで妖精が水面を舞っているかのよう! これほどの才能、王宮の舞踏会でも見たことがありませんわ!」


 まあね。

 こちとら、どれだけのダイブ式のゲームをやっていると思っているんだ。体の動かし方なんて、隅々まで理解しているってわけ。

 やだなー、アリスちゃんったら、どこまでも完璧すぎるよー。


 また、ある日の剣術の稽古。


「――ハッ!」


 中庭に、可愛らしい掛け声が響く。

 わたしは、子供用の小さな木剣を振り下ろした。


 ブンッ。


 風を切る音。

 綺麗な軌道を描いて、木剣が止まる。

 それを見て、剣術指南役の騎士をしてくれているグオークさんが、岩のような顔をくしゃくしゃにして頷いた。


「お見事……! まだ6歳だというのに、これほど綺麗な太刀筋を描けるとは……!」


 彼は、感動に打ち震えながら、わたしの小さな手を包み込んだ。


「一般的に、6歳の子供といえばレベル2あるかないか。剣を握ることすらままならぬのが普通です。それなのにアリスお嬢様は、すでにレベル6! あまつさえ、【剣術】スキルもレベル2に到達しているとは……! 末恐ろしい才能を感じますぞ!」


「ありがとうございます、グオーク先生。もっと強くなれるように、がんばります!」


「うむうむ! その意気ですぞ! この歳でゴブリンとも渡り合えるほどの力をお持ちとは……これは将来、国一番の剣士になられるかもしれませぬな!」


 そう。

 彼らの目には、わたしのステータスは「レベル6」に映っている。


 これは、わたしが常に装備しているSRアイテム【欺瞞の首飾りネックレス・オブ・ライアー】の効果だ。

 他者からの【鑑定】を妨害し、偽のステータス情報を表示させる優れもの。


 グオーク先生は、慈愛に満ちた目でわたしを見下ろしている。

 きっと彼は、わたしを「守ってあげなければならない、か弱い雛鳥」だと思っているんだろうな。


 ふふっ、笑っちゃうよね。

 だって、今のわたしの本当のレベルは「68」。

 そこらの騎士団長クラスに匹敵する、化け物じみたステータスだ。

 本気だせば、グオークさんなんて余裕で殺れる。

 まあ、やんないけどね。

 だって、今のわたしは「か弱くて愛らしい公爵令嬢」なんだから。



 それから魔術の時間。


「魔術の方も、順調のようですね」


 隣で見ていた魔法家庭教師の女性も、眼鏡の位置を直しながら感心したように言った。

 

「先ほどの火球(ファイアボール)の制御……六歳とは思えないほど、安定していましたわ。普通の子なら、火種を作るのが精一杯だというのに」


「えへへ、難しいけど、楽しいです!」


 わたしは無邪気に笑ってみせる。


 そもそも、この世界に来てから努力して習得した【魔術師の加護】レベル3は、あのムカつくピュピュアに押し付けられた【殺人鬼の加護】のせいで、きれいさっぱり消えてしまった。

 けれど、不思議なことに【殺人鬼】のスキルでも、魔力を扱うことは可能みたいだ。まあ、専門職に比べれば効率は悪いし、最低限の初級魔術しか使えないけれど。


 ちまちまと魔力を練り上げて火の玉を作るなんて、まどろっこしいかも。

 こんな面倒なことをするくらいなら、手に入れたスキル『邪竜の加護』を使えば、庭ごと消し飛ばせるんだけどね。


 まあ、でも仕方ないか。

 わたしは表向きでは才能のあるかわいいお嬢様を演じなければいけないのだから。

 その裏では、誰しも恐れる悪行に手を染めてるなんてバレるわけにいかないもんね。





◆◇◆


 


 ――カタッ。


 日が落ち、屋敷が静寂に包まれた頃。

 わたしの部屋の片隅で、乾いた音が響いた。


 ――カタカタカタッ……。


 音は次第に大きくなる。

 それは、アンティーク家具が軋むような、あるいは無機物が無理やり生命を宿そうとしているかのような、不気味な胎動の音。


「……ふふっ」


 わたしは、読んでいた新聞をパサリと閉じた。

 窓の外はすでに漆黒の闇。

 カーテンの隙間から差し込む月明かりが、部屋の中央をスポットライトのように照らし出している。 


 ――ギギィ……。


 部屋の隅で、床板が軋むような乾いた音がした。

 そこにある濃い影が、まるで生き物のように蠢き、カタカタと震えながら盛り上がってくる。

 影の中からぬるりと現れたのは、愛らしい茶色のテディベア。


「主殿、ターゲットが見つかったようです」


 クマのぬいぐるみの腹から、その見た目には不釣り合いなほど渋く、忠実なバリトンボイスが響いた。


「ご苦労さま、ナガク」


 わたしはソファから立ち上がり、彼を労った。


 彼――ナガク・アインベル。

 かつてはこの国の裏社会でも最強と謳われたレベル64の剣鬼であり、今はわたしの忠実なる眷属にして「ナイト様」だ。

 その体は綿の詰まったぬいぐるみだが、中身は歴戦の戦士。

 わたしの近くに潜み、いつでも護衛として、あるいは暗殺者として牙を剥く頼もしい手下である。


 ――カタカタ、カツン。


 すると今度は、反対側の部屋の隅から、また別の影がカタカタと音を立ててやってきた。

 フリルたっぷりのドレスを揺らし、小さな陶器の足で床を鳴らして歩いてくるのは、金髪のビスクドール。


「アリス様、早くいくわよ! ちんたらしてないで!」


 透き通るような碧眼でわたしを見上げ、腰に手を当ててプリプリと怒っている。

 中身は権力欲の塊だった元第三王子、ドゴルゴン。

 今はこんな愛らしい少女の人形に魂を定着させられ、本人の意思とは裏腹に、強制的に「お嬢様口調」になってしまう仕様のようだな。


「もう、そんなに怒らなくたっていいじゃない。あいかわらず、ドゴルゴンちゃんはかわいいなー」


「なっ……! からかわないでよ! もう、早くしないと獲物が逃げちゃうわよ!」


 ドゴルゴンちゃんは顔を真っ赤にして、地団駄を踏んだ。

 うんうん、やる気満々でよろしい。


 彼女の言う通りだ。

 わたしが彼らに命じて、この街のどこかに潜んでいるというある魔術師を探していた。もし、この魔術師を手下にできたら、今よりずっと戦力がパワーアップできるはずだ。 


 わたしはクローゼットから漆黒の外套を取り出し、羽織った。

 最後に、ドクロの仮面を顔に装着する。

 カチリ、と留め具がはまる音が聞こえる。


「それじゃあ、殺しに行こうか」


 わたしは窓を大きく開け放ち、闇夜へと身を躍らせる。

 さあ、人間狩りの時間だ。






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― 新着の感想 ―
初コメ失礼します!いつも楽しく読ませて頂いています♪*。今2週目です! 本題?なのですが、「それじゃあ、殺しに行こっか」のところ、殺しではなく殺りのほうがかっこいいと思いました、 あとは殺る気だけだと…
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