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16話 フライトテスト

「念の為に、アレを確認しておかないと」


 わたしは逸る気持ちを抑え、懐から小さな青い水晶を取り出した。

 ドクロのマスク越しに、手のひらで淡く光るその石――【魔力測定晶】を見つめる。


 これから命綱となるURブーツの起動には、魔力が必須だ。万が一にも「ガス欠」で墜落なんてことになったら、お笑い種じゃ済まない。


「……うーん、やっぱり、あるんだよねぇ、魔力」


 水晶の光り具合を見て、わたしは不思議そうに首をかしげた。


 この世界――『Gnosis Online』のスキルシステムにおいて、すべての基礎となる二つの「加護」が存在する。

 わたしが「最強スキル」の代償として失った、【戦士の加護】と【魔術師の加護】のことだ。


 この二つは、いわば幹のようなものだとわたしは思っている。

 ほとんどのプレイヤーは、まずこのどちらか、あるいは両方を取得し、そこから枝分かれするように様々な上位職や派生スキルへと進化していく。


 まず、【戦士の加護】。

 これは冒険者や兵士なら持っていて当たり前の、ありふれたスキルだ。剣を振り、体を鍛えれば自然と身につく。

 効果はシンプルで、自身のレベルに応じて「身体能力」が強化されるというもの。

 具体的には、【筋力】と【敏捷】の二つの隠しパラメータが上昇する――と、わたしは睨んでいる。


 そして、【魔術師の加護】。

 こちらは、体内で魔力を「生成」し、「循環」させるためには必ず持っていなければならない。

 この加護を持たない者は、基本的に体内で魔力を練り上げることができない。つまり、魔術をいっさい扱えないというわけだ。

 この加護は【戦士の加護】のように「誰でも努力すれば手に入る」ものではない。

 先天的に持っている「才能ある者」か、あるいは幼少期から高価な魔導書を読み解き、座学と瞑想の修行を積んだ一部の「エリート」だけが習得できる。

 ちなみに、わたしは前者だ。

 生まれた瞬間から呼吸するように魔力を扱えた。いわゆる、選ばれし天才ってやつだね。まぁ、せっかく一生懸命鍛えていた【魔術師の加護】は失ってしまったわけだけど。


 さて、ここでわたしの現状だ。

 今のわたしにあるのは、忌まわしき【殺人鬼の加護】のみ。


 身体能力に関して言えば、レベルアップに伴って順当に強くなっているのを感じる。

 背丈よりも軽く飛び上がれる脚力、風を切る疾走速度。

 おそらく、この【殺人鬼の加護】は、【戦士の加護】から派生した亜種なのだろう。


 ただし、補正値はそこまで高くない。

 もしこれが【剣聖】といった上位レアスキルなら、同じレベル27でももっと爆発的な身体能力を得られていたはずだ。

 体感的に、上昇率はノーマルの【戦士の加護】とほぼ同等。「人殺し」なんて大層な名前の割に、フィジカル面は平凡な「戦士並み」ってわけ。


 ――問題は、魔力の方だ。


 わたしは、手の中で淡く光る水晶を見つめ直した。


「ここが一番の謎なんだよね」


 本来、【戦士の加護】系統のスキルしか持たない者は、魔力を持たない。

 魔力を得るには、【魔術師の加護】系統のスキルを併せ持つ必要があるはずだ。


 なのに、わたしには魔力がある。

【殺人鬼】なんて、いかにも物理一辺倒で血なまぐさい名前のくせに、なぜか「魔力の生成・保有」が可能になっているのだ。

 以前、これに気づいた時は本当に驚いた。


 とはいえ。

 水晶の輝きは「平均未満」。

 魔力はある。あるけれど、【魔術師の加護】を持っている本職と比べると、魔力量は少ない。


「……まあ、ないよりはマシ、なんだろうけど」


 わたしは水晶を握りしめ、小さく苦笑した。

 本来、魔力を持たない戦士系は、強力な魔道具を使いたくても使えない。

 けど、多くないとはいえ魔力があるおかげで、こうしてUR装備【空踏みの革靴エアリアル・ウォーカー】を使うことができるってこと。


「よし、確認終わり」


 わたしは測定晶を懐にしまうと、部屋の窓を大きく開け放ち、その縁に立った。

 眼下には、眠りについた屋敷の庭園。高さは10メートル。普通なら足がすくむ高さだ。


 問題は……燃費なんだよね。


 一般的に、強力な効果を持つ魔道具ほど、要求される魔力消費量も桁違いに跳ね上がるのがゲームの常識だ。

 URなんて規格外の代物、本来なら熟練の魔術師が使うようなもの。

 わたしの「平均未満」の魔力タンクで、果たしてどれだけの時間稼働できるのか。

 もし、一度の跳躍で魔力量が空っぽになるようなら、この靴はただの宝の持ち腐れ。最悪の場合、空中でガス欠を起こして墜落なんて結末もありえるかも。


「……まあ、なんとかなるでしょ」


 わたしは唇を釣り上げては、迷わず夜の虚空へと身を躍らせた。


 ヒュンッ、と風が鳴る。

 重力に捕まり、落下する体。石畳が猛スピードで迫ってくる。

 わたしは意識を集中し、足先に体内の魔力を送り込んだ。


 瞬間。


 ――ドォンッ!


 足裏から爆発的な風が噴き出し、落下の勢いを強引に殺した。まるで目に見えないエアクッションが展開されたかのような感覚。

 わたしはその反動を膝で柔らかく吸収し、ふわりと地面へと着地した。


 ……音はない。

【完全消音】の効果で、着地の衝撃音すらも消し去られている。


「よし、着地成功。で、魔力の残量は……?」


 わたしはすぐさま、自分の体内の魔力量を確認した。

 あれだけの風圧を生み出したんだ。魔力の半分くらいは持っていかれてもおかしくない――。


「……え?」


 わたしは思わず、自分の手のひらを見つめた。


「全然、減ってない……?」


 いや、正確には微量には減っている。

 けれど、体感的には「誤差」レベルだ。あんな爆発的な風の噴射を行ったのに、消費魔力は初級魔法一発分にも満たない。

 わたしが送り込むわずかな魔力をブーツに宿る『風の精霊王の加護』がそれを何倍、何十倍ものエネルギーに増幅・変換しているんだ。


「……ふふっ、最高じゃない」


 これなら、わたしの心許ない魔力量でも、ガス欠を気にせず一晩中だって走り回れる!

 魔力切れの心配もないとなれば、あとは思う存分、獲物を狩るだけだ。


 タァンッ!


 地面を蹴ると同時に、ブーツが風を巻き込み、身体を前方へと押し出す。わたしは闇夜を切り裂く疾風となって、獲物が待つ街へと走り出した。









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