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15話 したたかな補給計画

「ふふっ。やっぱり、思った通りだね」


 深夜、一人きりになった寝室。

 わたしは「難しくて読めなーい」と放り出したばかりの新聞を、ベッドの上で再び広げていた。


 一面を飾っているのは、扇情的な見出しだ。


『路地裏で怪死事件発生! 変死体、二体発見!』


 記事によれば、被害者は街で悪名高いチンピラたち。

 目撃者は皆無。凶器も見つからず、犯人の痕跡はなし。まるで幽霊にでも襲われたかのような、不可解な死に様だった――と書かれている。


 わたしは、あえて声に出さずに口元だけで笑った。

 この世界では【自動書記】という便利な魔術を用いた印刷技術があるおかげで、新聞は一般市民たちにまで当たり前のように普及している。

 おかげで、こうして自分の成果もといキルログを確認できるってわけ。


「さてと……」


 わたしは新聞を丁寧にたたみ、サイドテーブルに置いた。

 現状の確認は終わり。次は、今後の対策だ。


 昨日の「迷子騒動」のおかげで、屋敷の警備レベルが上がってしまった。

 以前のように、お父様に「またお外に行きたいです!」と懇願しても許してもらえないだろうなあ。


 つまり、物理的に「玄関から出て街へ行く」のは不可能に近い。


 それに、もっと深刻な問題がある。

 6歳児の割に、わたしのレベルが上がりすぎているってことだ。もし今、【鑑定】スキルを使われたら?


『レベル27? スキル【殺人鬼の加護】? ……お嬢様、これは一体?』


 なんてことになったら、即座にゲームオーバーだ。

 だからこそ、今のわたしに必要なのは、この異常なステータスを隠し通すための「防具」と、誰にもバレずに街へ向かうための「足」が必要なんだ。


「よし、行こうか」


 わたしはベッドから音もなく滑り降りると、クローゼットの奥に隠しておいた「ある物」を取り出した。

 以前、ダガーナイフを拝借した際に、ついでに管理室からくすねておいた「武器庫のスペアキー」だ。

 あの時は、地下へと続く狭い通気口を芋虫みたいに這いずり回って侵入したせいで、全身が煤と埃でドロドロになっちゃって……セーラにバレないよう、お風呂で証拠隠滅するのが本当に大変だったんだよね。

 今はこのスペアキーのおかげで、もう汚れる必要はないんだけどね。


 わたしは足音を殺し、廊下へと躍り出た。

 巡回している警備兵に見つからないように慎重に進みつつ、屋敷の地下にある武器庫までたどり着く。


 ――カチリ。


 重厚な鉄扉の前で、鍵が回る小さな音が響く。

 わたしは扉の隙間から、影のように武器庫の中へと滑り込んだ。


 ひんやりとした冷気。

 そして、鼻をつく機械油と鉄錆、古い革の匂い。

 わたしは懐から、明るさを最小限に絞った魔石の入ったランタンを取り出した。そして、左目には愛用の【鑑定の片眼鏡(アプレイザル・グラス)】を装着する。


「さーてと、宝探しと行きますか!」


 わたしは棚の間を縫うように歩き、目ぼしいアイテムを片っ端から鑑定していく。

 公爵家の武器庫というだけあって、そこらに転がっている剣一本ですら、店で買えば金貨数枚は下らない業物ばかりだ。


 だけど、今日の目当ては武器じゃない。

 わたしの「異常」を隠し、自由を手に入れるための防具。

 棚の小箱を漁ること数分。わたしのセンサーが、一つのペンダントに反応した。


 銀色の台座に、黒い宝石が埋め込まれたシンプルなペンダントだ。


欺瞞の首飾りネックレス・オブ・ライアー

・レア度:SR

・効果:ステータス偽装

・備考:着用者が念じた通りのステータスを相手に見せる。


「よし、まずはこれで一安心」


 わたしはペンダントを首にかけた。

 これなら「可愛いアクセサリー」として通るし、お風呂以外の時間はつけっぱなしにできる。  公爵家の令嬢がペンダントの一つもしていても、誰も文句は言わないはずだ。


「それにしても、こんな便利な魔道具が眠っているなんて、流石公爵家!」


 今だけは自分の生まれに感謝しないとねー、とか思いながら、さらに奥に進む。

 棚の奥、埃をかぶった木箱の中で、ちょうど欲しかったのを見つけた。


 真っ白な骨で作られた、不気味な髑髏のマスク。

 目の部分は黒いガラスのような素材で覆われている。


亡霊の仮面(ファントム・マスク)

・レア度:SSSR

・効果:暗視、気配遮断

・備考:着用者の存在そのものを希薄化させ、他者の意識から滑り落ちるように隠蔽する。また、深闇すら昼間のように見通せるようになる。


「おぉー! すごい! これは便利かも」


 デザインの趣味は最悪だけど、性能は文句なし。

 これなら街灯のない路地裏でも真昼のように戦える。それに、気配の遮断までできるなんて、なんて便利な魔道具!


 さて、防具はこれで十分かな。

 あとは、自由に窓から出入りできるような魔道具があればいいんだけど……。


 わたしは武器庫の最深部、厳重な封印が施された一角へ向かった。

 棚の下段、埃を被った木箱の陰に、一足の黒い編み上げブーツがひっそりと置かれていた。


 艶やかな黒革で作られた、シックなデザインのショートブーツだ。

 これといった装飾もない。そこらへんの靴屋で売っていそうな、地味なデザインだ。


「んー? ただの靴にしか見えないけど……」


 軽い気持ちで、わたしは片眼鏡の焦点を合わせ、鑑定スキルを発動する。


空踏みの革靴エアリアル・ウォーカー

・レア度:UR

・効果:風噴射による跳躍・加速、完全消音、サイズ自動調整

・備考:風の精霊王の加護が宿った革で作られており、着用者の魔力を風の推進力へと変換する。


「……ふぁ?」


 わたしは我が目を疑い、二度見、いや三度見した。


「う、UR(ウルトラレア)ァッ!!??」


 思わず叫びそうになり、慌てて両手で口を押さえる。

 心臓が早鐘を打つ。

 UR。それはSSRやSSSRすらも凌駕する、正真正銘の最強レアリティ。

 この世界に数個しか存在しないような、いわゆる「国宝」とか「神話級」に分類されるぶっ壊れアイテムだ。


「嘘でしょ……こんな国宝級の代物が、なんでこんな場所に無造作に転がってるのよ……ウチの家、どうなってるの……」


 恐るべし、公爵家の武器庫。

 わたしは震える手でそのブーツを持ち上げた。見た目はどう見ても、量産品のようなただの革靴なのに。


「……あ、でも逆にそれがいいかも」


 わたしはハッとして、ニヤリと笑みを浮かべた。

 性能はぶっ飛んでいるけれど、見た目は「ちょっといい革靴」の範疇に収まっている。

 これなら、普段から履いていても、気にされることはないだろう。


「よし、わたしのための最強装備、完成!」


 わたしは、このとんでもないお宝たちを胸に抱きしめた。

 さあ、自分の部屋に戻って、ファッションショーを始めなきゃ!




 ◆◇◆




 自室に戻ったわたしは、早速アイテムを装備し、ファッションショーを開始した。


 クローゼットの奥から引っ張り出した、黒い厚手の外套を羽織る。

 フードを目深にかぶり、さっき手に入れた【亡霊の仮面(ファントム・マスク)】を装着する。目を覆う構造になっているが、不思議なことに、視界は違和感なく見える。

 そして、首元には【欺瞞の首飾りネックレス・オブ・ライアー】。


 そして足元には、闇に溶ける黒革の【空踏みの革靴エアリアル・ウォーカー】。

 足を通した瞬間、キュッという小さな音と共に革が収縮し、わたしの小さな足に吸い付くようにフィットした。オーダーメイドのような完璧な履き心地だ。


 鏡の前に立つ。

 そこに映っていたのは、もはや可憐な公爵令嬢の面影など微塵もない。

 漆黒の外套に身を包み、ドクロの仮面で顔を隠した、まさに死神。その佇まいは、飾り気がなく、ただ効率的に命を刈り取るためだけの機能美に溢れている。


「……くっ、くくくっ」


 わたしは、鏡の中の自分に向かって、肩を震わせて笑った。


「我は影。光が強ければ強いほど、その足元で濃く、深く澱む断罪の闇……」


 ポーズを決める。

 右手を顔の前にかざし、指の隙間から虚空を睨む。

 かっこいい。

 かっこよすぎるな、わたし!

 これよこれ! 最強のプレイヤーキラーといえば、こういう不気味なスキンがなくちゃ始まらない!

 この姿を見た者は、まさか中身が6歳の幼女だなんて夢にも思わないだろうな!


「ふふん。震えて眠るがいい、悪党ども……って」


 そこまで言って、わたしはふと我に返った。

 鏡の中の自分を見つめる。ドクロの仮面に、黒マント。そしてキメキメのポーズ。


 ……あれ? これ、客観的に見るとヤバくない?

 厨二病をこじらせた黒歴史ノートの登場人物をただコスプレした変人の誕生だよ!


「うぅ……っ! は、恥ずかしい……ッ!」


 カァァッ、と顔から火が出るのがわかる。

 誰も見てないとはいえ、ノリノリで「断罪の闇」とか言っちゃったよ、わたし!


「で、でもっ! これは必要な装備だから! 別にわたしがこういうのが好きでやってるわけじゃないから! あくまでスペック重視だから!」


 誰もいない部屋で、必死に言い訳を並べる。

 うん、そう、そう。この世界を攻略するための、最適解を選んだらこうなってしまっただけ。


「コホン」


 わたしはわざとらしい咳払いをして、気を取り直した。

 最後に、クローゼットの隠し場所から、以前から手入れしておいた「黒塗りのダガーナイフ」を取り出し、外套の下のベルトに装着する。


 これで、準備は万端。

 普段使いの首飾り、隠密用の仮面、武器のダガー、そして機動力の要となる魔法の靴。


 鏡の中に映る黒い影。

 もはやそこに、愛らしい公爵令嬢の面影は欠片も残っていない。ただ純粋に、効率的に、命を刈り取るための機能だけが詰め込まれている。


 その姿は、紛れもなく――闇夜を支配する『死神』そのものだった。





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