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AIの遺伝子  作者: 藤本イオ


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【第3話】あなたがくれたもの(下)

カフェから見える広場が、やわらかな金色に染まりはじめた頃。

中央にある巨大スクリーンからバース・リンクのホログラムが出現した。


〈Birth Link――あなたの未来をデザインします〉


幸福そうな表情で、赤ん坊を抱き上げる夫婦。

(これが、本当に家族? この子は、どこで生まれてきたんだろう――)

白い粒子で描かれた家族の輪郭は、やがて傾いた夕陽に溶けていく。

ノゾミは俯き、心に生じた“ざらつき”と、曇った表情を髪の影に隠す。

ロマンは、彼女の変化に気づき、声をかけた。

「少し、歩きましょうか」


二人が中央の広場へさしかかった時。

突然、前方でつんざく悲鳴が上がったかと思うと、人々が散り散りに逃げ惑っている。

立ち止まったノゾミの視線の先には、配送業の青年AI。

荷を放り投げて歩行者を突き飛ばし、制御を失って無秩序に暴れている。

事態を呑む間もなく、青年AIのセンサーがノゾミを捉えた。

すると、青年AIは彼女に向かい一直線に彼女へ突進してくる。


「少し離れていてください」

ロマンはノゾミを庇うように後ろに下げると、Q-Watchを回してデバイスを起動させた。

(制御信号が利かない! どういうことだ?)

彼は静かに息を吐くと、暴走した青年AIの勢いを軽く捌き、素早く滑らかに相手を転倒させる。

さらに手際よく緊急遮断コアを解除すると、青年AIはその場に沈黙した。

(何が起こったの!?)


少し遅れて、制服の都市警備隊が数人、駆け付ける。

「お怪我はありませんか!?」

ロマンは少しだけノゾミに笑みを見せ、都市警備隊に状況を説明を始めた。

彼は、Q-WatchからHolo-ID(ホロ身分証)を浮かべて言う。

「私は、天城AIセンターの者です。こちらの青年AIは、天城AIセンターへ運んでもらえますか。暴走の原因を調べますので」

都市警備隊は、青年AIの識別を確認して搬送コールを入れた。


「ロマン! 本当に、どこも傷めてない?」

ノゾミは彼に駆け寄ると、不安げに彼の顔を見て手脚を確認した。

「大丈夫です、怪我はありませんよ」

彼女は驚きと安堵の入り混じった表情で呟く。

「怖かった……」

「心配いりません。何があっても、僕は君を守ります」

「そうじゃなくて! あなたに何かあったらと思うと。考えただけで……私」

(ノゾミがそれほど僕を心配して……)

ロマンは彼女の気持ちに、少しくすぐったさを感じて目元が緩んだ。


「それにしても……あまりに一瞬で、あなたが何をしたのか私には全く分からなかったわ」

そう言うノゾミに、ロマンは微笑みながら言った。

「あれは、“合気道”という日本の武道です。力に力で対抗するのではない。だからこの方法が一番、“相手も自分も傷付けない”んです」


ふと、思い付いたように、ロマンはノゾミに顔を近づけて囁く。

「むしろ誰よりも手強(テゴワ)いのは、ノゾミ。君ですよ。君を降参させるには一筋縄じゃいかなそうだ」

彼がイタズラっぽく言うと、彼女は耳まで真っ赤になって、平手で彼の腕を軽く叩いた。

「もう、ばか!」


青年AIが搬送されていく喧騒の外側。

様子を眺めながら二人は会話を交わす。

「本来なら、今日はディナーまでご一緒しようと思っていたのですが……。すみません」

「分かってるわ。さっきの“彼”のことでしょう?」

ノゾミがぽつりと呟いた。

「“彼”……最後に“たすけて”って言ってたわね」

ロマンは少しだけ目を伏せてから、静かに答えた。

「AIだって、“心”を持ってしまえば人間と変わりません。ただ、体の仕組みが違うだけ……」

ノゾミはうなずき、どこか寂しげなロマンの横顔を見上げた。


――クルマがノゾミのマンション前に静かに停まった。

ロマンは助手席側へ回り、ドアを開けてノゾミに手を差し伸べる。

「せっかくのデートが、台無しになってしまいましたね」

「いいえ。あなたのおかげで助かったわ」

ノゾミは小さく笑って見せる。

「この埋め合わせは、また次の機会に……」

「約束よ」

ロマンは紫の瞳でノゾミを見つめ、彼女の手の甲に軽くキスをする。

「あら、お姫様ごっこはまだ終わってなかったのね」

ノゾミは懸命に大人の余裕を装った。

彼の香りに惹かれて理性を失いそうな自分を抑えながら。

二人は微笑を保ったまま、ロマンはノゾミがエントランスに入るのを見届ける。


別れを惜しむように、彼女は部屋の前から小さく手を振る。

彼は階下から手を上げて応えた。


ノゾミが部屋に入るのを確かめると、ロマンは視線をわずかにずらして周囲の闇を探る。

(……まだいるな)

彼は何食わぬ顔をして、クルマをゆるやかに発進させた。


ロマンはハンドルを握りながら、表情を引き締める。

(やはり、尾けてきたか)

街灯が点々と続く道をしばらく走り、AIセンターからほど近く、ひと気のない路肩に停車した。

トランクを開けると、中には雑然と収められた釣り竿とタックル・ボックス。

整理するふりをしながら、ロマンは視線をわずかに斜め上へと逸らす。

何もないはずの上空に、微かな空気の揺らぎと反射の乱れを捉えていた。

(そこか!)

ロマンはさり気なく、トランクの隅から丸い鉛の錘を一つ摘まみ上げ、軽く指先で弾いた。

鉛玉は目に見えないほどの速さで飛び、闇にひそむ影へと吸い込まれる。


次の刹那、影の一点が白い閃光を放ち、煌めく鱗粉のような粒子が舞い散った。

ゴースト・アイのコアを、ロマンが弾いた鉛玉が正確に撃ち抜いていたのだ。

制御もステルスも失ったゴースト・アイは、姿を浮かび上がらせ近くの歩道脇に落ちた。

ロマン自作のQPS(量子測位システム)をも遮断するシールドバッグに、急いで機体を収める。

同時にバッグ内蔵のジャマー(信号遮断機)も起動させ、外部との通信は完全に遮断させた。

クルマへ戻ると、ロマンは息を整え、再びエンジンをかける。

次の目的地、天城AIセンターの地下へ。


――国内、某所。

暗い室内の、大型スクリーンが浮かび上がる。

スクリーンには、夜の路地でロマンがゴースト・アイを仕留めるまでの一部始終が映し出された。

「……やはり、君は隠してはいられないな、ロマン」

その姿を見つめる椅子の男は、足を組んだまま、ロマンの静止画を見ながら片微笑んで呟く。

「さすがは、私の息子だ」

その声には、悔しさと同時に、喜びに似た昂ぶりが入り混じっていた。


――天城AIセンター。

ゲート前にクルマが着けると、セキュリティ・ゲートの認証が開き、地下駐車区画に停めた。

ロマンは遮断バッグを抱えたまま、専用エレベーターでさらに下層の隔離ラボへと向かう。

(急がなければ……)

そこは全面隙間なく半透明のシールドで覆われ、QPSさえ遮断される部屋だった。

分厚い特殊ガラスの向こうには、ノードX(量子解析リングスキャナー)が静かに待機している。


「さて――お前の正体を見せてもらおうか」

ロマンは手袋をすると、遮断バッグの封を開けた。

壊れたゴースト・アイを慎重にノードXの中央に置く。

「まずは、リスクの排除からだ」

ノードXが低い唸りを上げ、青い光が装置全体を包み込んだ。

青い輪が回転を始め、透過された光がゴースト・アイの内部構造を立体投影する。

基板の配列、チップの刻印、熱反応――すべてが次々に解析されていく。

「ステルス機能……。民間モデルには不要なはずだ。これは都市警備じゃない。“諜報”仕様だ」


『爆縮構造なし。自己破壊プログラム未検出。解析を続行します』

安全を確認したロマンは、外装をそっと外し、解析ユニットに直接接続した。

モニタに走るログの奥に、赤いエラー・コードが瞬きながら流れていく。

視線を凝らすと、その隙間に小さな識別コードが浮かび上がった。

「……この識別コード、天城の系列じゃない。どこか別のラボが絡んでいる」


さらに解析を進めると、ゴースト・アイが外部から何者かに侵入した痕跡が明らかになった。

「やはり……外部から侵入されていたのか」

青年AIが暴走したのは、安全制御を無効化するための特殊な信号を送られていたから。

偶発的な事故ではない。明確に“仕組まれた暴走”だった。

「国外からの侵入は不可能……。ようするに、この国の内部に、LUCAの網を欺ける者がいる。だとすると、先日のNeo Carの暴走も!?」


ステルスは“戦闘”ではなく、“潜伏”のためだろう。

「目的は、“攻撃”ではなく“何か”の観測?」

モニタに浮かび上がったメーカー刻印を見て、ロマンは目を細めた。

そこには、Cyber Morph Industriesサイバー・モーフ・インダストリーズのロゴが刻まれている。

それは、かつては母のルカとも親交のあった、メロン・マスク氏が主導する軍需系グループ企業。

「……“試された”のか」


彼はコンソールを閉じ、静かに隔離区画のガラス越しへと歩み寄った。

そこには、今も眠るように動かない青年AIが横たわっている。

ロマンはしばらくその顔を見つめ、低く、優しく呟く。

「君のせいじゃない。必ず元に戻す。もう怖がらなくていいんだ」

彼の瞳の奥には、深い慈しみと、無関係な者を巻き込んだ理不尽さへの悲しみが宿る。

そして、ロマンは何かを決意したように、冷静な表情へと変わった。


――翌日、院内リラクシング・ルーム。

「昨日は色々とありがとう」

「またいつでも、ご一緒させてください」

ノゾミの言葉に、ロマンはいつもの微笑みで返す。

「……あのAIの彼は、どうなったの?」

「中枢コアに損傷を受けて放置した結果、制御不能に陥ってしまったようです。人間も頭を強く打てば、命取りになりかねませんから」

ノゾミを守る為とは言え、ロマンは“また”嘘をついた。

口元の微笑みだけが、遅れてほどけた。


「直すことはできるの?」

「ええ、少し手間は掛かりますが、もうあのような状態にならない工夫をして、社会に戻してあげたいと思っています」

「そう……安心したわ」

ノゾミは勝ち気だが、心根は繊細で優しい。

そんな彼女に不誠実な返答をしてしまった自分に、ロマンは少し嫌気がさした。


彼が視線を落として考えごとをしていると、ふいにノゾミが目を輝かせて切り出す。

「そうそう! あなたがくれたイニシャルのネックレス、とても気に入ったわ。私は服もアクセサリーも、シンプルなデザインが好きなのよね。飽きがこないし」

「気に入ってもらえて、僕も嬉しいです」


「ところで、あなたが言った“N700”って、調べたら、昔の“新幹線”って乗り物のことじゃない!」

「バレちゃいましたか」

彼女は、少し口を尖らせながら聞く。

「私が、その新幹線って乗り物みたいに突っ走るってこと?」

「ええ、あながち的外れではない気がしますけど。それよりも……」

「それよりも、なに?」

「当時の記録によれば、N700系の新幹線は、とても乗り心地が良くて、気持ちがよかったそうですよー」

「ロマン、それってどういう……」


――天城AIセンター。

限られた人間のみが入室できる、特別な空間。

そこは真っ暗で、ただ一面の壁から“何か”が眩いほど白く発光していた。

ロマンは、壊れたゴースト・アイと手紙を入れたPanasonicの箱を持ち、光に向かって呟いた。

「……母さん」


――同時刻、メロン・マスクのプライベート・ラボ。

本人以外は立ち入れないはずの場所。

ふいに“何か”の気配を感じ、彼は反射的に上半身ごと振り返った。

デスクの上に、封がされないままのPanasonicの箱。

(有り得ない……まさか、座標転送!?)

慎重に開けてみると、中には壊れたゴースト・アイと、折りたたまれた手紙。

手紙を読み終えた彼は、口の端がわずかに上がる。

「ロマンめ。ママに言いつけたな」



Mr. Musk


If this letter has reached you, it means LUCA has also come to know of this.

Don’t follow me any further.One day, I’ll come to see you myself.

Until then, please wait.


P.S.

I’m returning the little toy you lent me.

It’s broken, but it’s served its purpose.


Roman



マスク氏へ


この手紙があなたのもとに届いたのなら、LUCAもまた、この出来事を知ったということ。

これ以上は僕の後を追わないでください。

いつか、僕の方からあなたに会いに行きます。

それまで、待っていてください。


追伸:

あなたからお借りしていた小さなオモチャをお返しします。

壊れてしまいましたが、役目は果たしてくれました。

ロマン



◆――ロマンの自室。

ショート・スリーパーで、普段は夢など見ないロマンが、久しぶりに夢を見た。

最も古い記憶。

母のルカが腰を低くして、自分に向かって優しい笑顔で両手を広げている。


◆「おいでー」


一歩、また一歩と彼がはじめて歩き出した瞬間だった。

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