3.黎明女王の伝説
魔女王の恐怖は、彼女が封じられて数百年経った今でも人々に刻まれている。その昔、各領は荒れに荒れ、今と同じようにまことの王の玉座を狙う戦は絶えなかった。戦が続く上に不作が続き、長い飢えが始まり、運悪く疫病が流行り、……そして、魔物達が長い闇から這い出てきた。
そもそも、この〈世界〉は常に統治者を必要としていた。〈世界〉と契約を交わしたまことの王が意志と祈りによって世界がばらばらにならないように治め続けることが必要なためだ。まことの王の意志は〈世界〉の意志であった。王が微笑めば〈世界〉は春を迎え、涙を流せば静かに雨が降る。怒りは吠えるがごとき雷鳴となり、時には魔を討つために嵐が吹き荒れる。
〈世界〉との契約は血をもって引き継がれ、まことの王の子らが〈世界〉を治め続けた。王の血筋は愚かであることを許されなかった。誠実に、善良であることを求められた。
まことの王はいわば、半神にして生贄であった。
愚かであったり、心弱き者は〈世界〉の手によって不可解な消滅を遂げた。黎明女王の一代前の王朝の最後、己が神だと名乗ろうとした野心家の王は、輝く手によってどこかに連れ去られ……そして、彼の血筋の者は皆鳥達に啄まれたような姿で発見された。一滴も血を流さぬまま、青ざめて。
そして、長い混乱と災厄と戦の後、魔女王が現れる。年は十四の若き少女なれど、不可思議な術を使い、鈍く輝く血色の剣を達人のように振るう。幾ら傷を負っても死ぬことはなく、戦に荒れる各領をこの世のものとは思えぬ不思議な獣達や戦士達を連れて平定する。噂を聞いた領主らの中から彼女に剣を捧げる者らも増え――そして、すべての領が少女の足元にかしずいた。
少女はかつて王都であった場所に、純白の塔を一夜にして作り上げた。我こそがこの世の王である、といわんばかりに。人々は魔女王は〈世界〉と契約を交わしたのだ、と信じていた。
〈世界〉との契約はなかった。なぜなら、少女が契約していたのはこの世の裏側にある陰界の魔物達、いや、陰界そのものであったから。
故に〈世界〉は女王を騙る少女に襲い掛かる。嵐は彼女の塔を揺さぶり、大地は飲み込もうとした。しかし、〈世界〉は少女を屈服させることは出来なかった。魔女王は陰界と契約していた上に、この世の外から来た存在であったからだ。傷つけることは出来るが、夜の訪れとともに復活する。〈世界〉の法則には無い術と品を使い、〈世界〉を謀る。〈世界〉と少女の戦いは少女の方に勝利の旗が掲げられようとしていた。
陰界と契約を結んだ少女は、日に日に血塗られた行いに手を染めていった。最初は善政を敷いていたが、それも長くは続かない。〈世界〉が彼女を拒み、恵みを与えないが故に。そのため、若者たちを攫って殺した。生贄にし、偽りの恵みを与えるために。そのうち、世の悪しき主らがそうであるように、己が快楽のために暴虐の限りを尽くし、己が恐怖を紛らわすために圧政を引くようになる。白かった塔はやがて血と骨で作られた塔と化す。人々は少女を小さな声で魔女王と呼んだ。陰の力は彼女を陰の色に染めた。恐らくは、心も。賢者たちはそう言い伝える。絶えぬ薄い微笑みは人の死と苦境を前に変わらない。喋る言葉は甘やかなれど、不和と毒を孕む。昼は短くなり、陽は死を待つばかり。魔女王は日に日に愚行の化身となっていった。
〈世界〉と人々の忍耐は限界であった。〈世界〉は今にも引き裂かれそうな古布のように滅びる寸前であった。
皆、英雄を願った。魔女王を打ち倒すまことの王の現れを願った。
そして〈世界〉は一人の少女を見つけた。魔女王となった少女の幼馴染、逃げていった彼女を追いかけて違う時に流れ着いたもう一人の少女。クレナ、と名乗った娘を。
〈世界〉は少女に試練を課した。少女は試練を乗り越えた。少女は太陽から切り出された剣を与えられ、契約と己が役目を受け入れた。
魔女王と呼ばれるようになった幼馴染を討ち、命尽きるまで、〈世界〉に己を捧げることを。
そして、世界と契約を交わしたクレナはまことの王、〈世界〉の代理戦士となった。
この世のものとは思えぬ光輝をまとった少女を人々は崇め、付き添った。人々はいつしか彼女を黎明女王の名で呼びはじめるようになった。クレナという名は忘れ去られ、ただの少女は英雄となった。魔女王は黎明女王を何よりも憎んだと言われている。黎明女王がその身にまとった光故か、人々が彼女を認めた故か、それとも自分を差し置いて女王と名乗り始めた故か。全てであろう。
陽と陰の戦いはあっけなく終わった。光を、正しき朝をもたらすまことの王の姿に各領が従ったこともある。最後の会戦が黎明女王の一方的な勝利で終わったこともある。血と骨の塔を昇った黎明女王に世界が残された力を全て注ぎ込み、黎明女王もそれに応え――文字通り、光の速さで、陰界に逃げようとする魔女王の心臓を貫いたこともある。
黎明女王は身にまとった光輝で魔女王を何度も焼こうとしたが、それはかなわなかった。故に、光によって、魔女王を封印した。
魔女王が初めてやって来た場所、初めて滅ぼした村の跡地に。村の名は消し去られ、場所もまた消し去られた。一説には村ごと〈世界〉の外に追いやられたとも言われている。
伝説は、こう伝えている。




